『九月一日』
波の音が聞える。
気が付くと、俺は砂浜に立っていた。
何気なく空を眺めると、夕焼け色に染まっていた。
俺は顔を下ろすと、波打ち際に、ワンピースを着ている一人の女性が立っていた。
海を向き、俺に背を向けたその女性の後ろ姿を見た途端、動悸が激しくなる。
「……莉々朱さん? 」
ゆっくりと俺は近づいていく。
すると、風が吹き、女性が被っていた帽子が飛んでいく。
夕焼けよりも映える薔薇色の髪が揺れる。
女性がゆっくりとこちらを振り向く。
俺が手を伸ばしかけた途端、眩い光に包まれていく。
アラームがけたたましく鳴り、俺は目が覚める。
薄暗い部屋の中の、見慣れた天井。
さっきまでの砂浜とは別の場所。
「夢、か……」
俺は頭を手で押さえ、さっきまで見た光景を振り払う。
体を起こし、枕元の時計のアラームを止める。
すると、何かが階段を慌ただしく上がってくる音が響く。
「朝だよー!! 」
という声と共に扉が勢いよく開くと、何かが勢いよく俺に向かって飛び込んでくる。
俺は体で受け止めると、嬉しそうに抱き着いてくる妹、陽芽だった。
「おー! 太兄が起きてる! すごいすごいー!」
腹に頭をぐりぐりしてくる陽芽を撫でていると、部屋のドアの外から誰かがこちらをのぞき込んでいる。
「おはようエルピス」
俺が声を掛けると、陽芽とお揃いのパジャマを着た少女がそっと入ってくる。
エルピスが俺を見ながら、
「……おはよう」
と小さな声で言う。
九月一日。
長かったような短かったような、俺にとって高校最後の夏休みが終わり、二学期の始まりの日だった。
「さあ、太陽! 早くご飯食べて頂戴! 」
「わかってんよ」
俺は欠伸をしながら、テーブルに座りみそ汁を飲む。
湯気の出るみそ汁を飲むと眼が覚め、俺は納豆をかき混ぜながらご飯を食べ始める。
「陽芽もはやく食べて。あなたも今日から小学校なんだから」
「ん! 」
と元気に返事をすると、陽芽がスプーンでご飯を食べ始める。その横で、エルピスも両手でお味噌汁のお椀を持ちゆっくりと飲む。
「エルちゃん、おかわりほしかったら、遠慮せずに言うのよ」
「はい。ありがとう、ございます」
と礼を言うと、母ちゃんはエルピスの頭を撫でる。
エルピスは少し恥ずかしそうにうなずく。
俺がその光景を何となしに見ていると
「太陽。ぼーっとしてないで、遅れるわよ! 」
と母ちゃんが俺に言う。
俺が壁にかかっている丸形の時計を見ると七時五十八分になっていた。
「あっ、まじか」
自宅から学校まで急いでも二十分近くかかる。八時半までに着かないと、二学期初日から遅刻することになる。
俺は急いでご飯をかっこみ、ご馳走様をしてテーブルから立ち上がる。
リビングを出る際、ちらりとテーブルを振り向くと、陽芽がエルピスに大きく笑いかけ、エルピスも自然に笑みを浮かべながら、仲良く二人で食事をしていた。
『無事に馴染んだようでよかったのう、太陽』
ヒル子の声に俺は頷く。
俺は、あの戦いの直後を思い返す。