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『プレゼント大作戦』


 日が暮れて薄闇が辺りを覆う頃、俺は自転車をかっとばし、海岸を訪れる。


 砂浜を歩き、声を出して呼びかける。


「おーい! 睡蓮! 」


 呼びかけても、海がさざめくだけで、何にも変わらない。


「とっておきのもの、持ってきたぜ! 」


 そう言った瞬間、ぐにゃりと目の前の空間が歪み、異界の門が現れる。


 俺はそれを潜り抜けると、紅い月が空に浮かぶ異界に立つ。


 目の前の漆黒の大岩の上に腰掛ける睡蓮が、俺を見下ろす。


「期待してもいいのかしら」


「もちろんだぜ! 」


 俺は背中のリュックを下ろす。


 睡蓮が俺を見つめているのを感じながら、俺はリュックの中から、保冷バッグを取り出す。


 そして、その中から取り出したものを、目の前に高く掲げる。


「どうだ! 」


 睡蓮がじっと、俺の手にしたものを見つめる。


「それは何かしら?」


「これはだな、ぶどうっていう果物だ! 」


 睡蓮が目を細める。


「シャインマスカットっていうぶどうの一つでこっちの世界でも最高の果物だぜ! 」


「食べ物なの? 」


「ああ! 食べてくれ! 」


 睡蓮がじーとみて、手の指を少し伸ばすと、蛸の脚がゆっくりと伸びてくる。


 伸びてきた蛸足に、俺はぶどうを手渡すように置くと、蛸足はそれを乗せたまま、睡蓮の目の前まで帰っていく。


 睡蓮は蛸足で捕まえたぶどうの房を見つめ、そっと手を伸ばす。


 房からエメラルドのように輝くぶどうの実を一つもぐと、口に入れる。


 俺はごくっと喉を鳴らし、睡蓮の様子を窺う。


 睡蓮が口を動かすと、動きが止まる。


 微動だにしなくなった睡蓮の様子に俺は心配になる。


 どうだ……。


 睡蓮がごくりと呑み込むと、もう一つ実をもいで、口に入れる。


 その繰り返しが続いていく。


 俺は呆気にとられて、睡蓮を見ていると


「すごい食べっぷりなのじゃ」


 とヒル子も驚嘆する。


 あっという間に、一房食べ終わると、伸びた舌が唇を舐める。


 その光景に俺は心臓が高鳴る。


 睡蓮が俺の方を見て


「これが、ぶどうなのね。ヒトの食べ物を口にするのは初めてだけど、この感覚は初めて味わうわ」


「だろ? 自然に生まれた植物を、人間が改良を重ねて作り出した、究極の食べ物の一つだぜ! 」


 睡蓮は名残惜しそうに実のなくなったぶどうの軸を見る。


「へえ。これ以外にも美味しい食べ物があるのかしら? 」


「もちろんだぜ! 睡蓮には想像つかないだろうけど。人間っつうのは、想像もつかない年月をかけて、どんどん美味しい食べ物や料理を作ってきたんだ」


 睡蓮の眼が怪しく光り、一瞬身構えるも


「警戒しないでちょうだい。どんな食べ物があるのか、気になっただけ」


 睡蓮に、人間の食べ物に興味を持たせることができたことに俺はほっとする。


「邪神のままじゃ味わえなかったわね」


 感心したように、睡蓮はため息をつく。


「そうだろ、そうだろ! 」


 睡蓮は俺の様子を見て、おかしかったのか、微笑むと。


「ヒントあげるわ」


「へ? 」


「謎々のヒントよ。そのために来たんでしょ」


「あ、ああ!」


 睡蓮が喜んでいることに満足してた俺は、目的をすっかりわすれていた。


「まったく、お主は」


 とヒル子が横で呆れたようにため息をつく。


 睡蓮は脚を組んだ膝に肘をつくと


「ウロボロス」


 と一言呟く。


「ウロボロス? 」


 俺は聞き返すも、睡蓮は笑みを浮かべるだけで、何も答えない。


 ウロボロスってなんだ。


 どこかアニメか映画で聞き覚えがある単語だが。


 と考えていると、目の前の空間が歪み始める。


「ちょっ、待て」


「頑張って頂戴」


 そう言って、手を軽く振る睡蓮の面白がる表情を最後に、門に引きずり込まれる。


 俺は現実世界の砂浜に弾き飛ばされ、愚痴を言って砂を払う。


「ウロボロスって言葉だけかよ、ヒントは」


 俺は暗い海を見ながらヒル子に話しかける。


「これだけじゃなんのことかわかんねえな」


「じゃが、行ってみた甲斐があったではないか! わずかではあるが、睡蓮も心を開いた証拠じゃ。なんとかなるじゃろ! 」


 とヒル子は笑う。


 確かにこれまで見ることのなかった睡蓮の表情を見れた気がする。


 ウロボロス。


 俺はその言葉を心に留め、砂浜を出る。







「ウロボロスってのは、自分の尻尾を呑み込む蛇のことさ」


 ゲームショップEDENに来た俺は、店長が開いた大判の図鑑を見る。


 そのページには、蛇が尻尾を咥えた図が載っており、その姿は円形になっている。


「ウロボロスは時を象徴するシンボルで、死と復活、果てのない繰り返し、終末は新たな始まり、といった風な『永劫回帰』を表現してるのさ」


「『永劫回帰』っすか?」


「ああ。アニメや映画でもよくあるじゃないか。物語の最後、冒険を終えた主人公が、また新たな旅立ちに出るって」


 確かにアニメ、漫画、映画でもよくある表現で、店長の言葉に納得する。


「じゃが、そのウロボロスとやらが、睡蓮の謎々にどう関わってくるのじゃ?」


 ヒル子は頭を傾げる。


「それは僕にもわからないなあ」


 店長もうーんと眼鏡を吹きながら悩む様子だった。


 俺は睡蓮の謎々を頭で整理する。


『先に出でしものが後となり、後より来たるものが先となる。さあ、私はなんでしょう?』


『ウロボロス』


 先が後になり、後が先になる。


 ウロボロスは永劫回帰。繰り返される物語。


 何かの順番を指し示しているのか……。


 それとも……。


 ヒントが増えても、何だか余計に頭がこんがらがった気がする。


「太陽。そういえば、あのぶどうじゃが、睡蓮が殆ど食べたが大丈夫じゃろうか? 」


「……まあ、何とかなる」





 家に帰った途端、玄関前で母ちゃんが待ち構えていた。


「あんた! 貰い物のぶどう、全部食べたの?!」


 と激怒する母ちゃんに説教されるも、陽芽の分だけは一応タッパーで別に残していると言い訳し、何とか許されるも、夜ご飯は抜きにされた。


 空腹のまま二階にあがり、畳に寝転がる。


 窓の外に月が見える。


 流れゆく雲のかたまりが、月を隠す。


 ふと、疑問に思ったことがあり、俺は体を起こす。


「ヒル子」


 と呼びかけると、


「なあんじゃあ」


 と欠伸をしながら、ヒル子が現れる。


「睡蓮のことだけどよ。そもそも何で謎々なんか出してきたんだろうな?」


 と聞くと


「そうじゃのう……」


 ヒル子が目をこすり


「お主を試しておるのではないか?」


「試すって……なんで?」


「それはわからぬ。じゃがそうでもなければ、こんなまだるっこしい謎々なんか出さぬじゃろ」


 ヒル子は、もう限界じゃ、と言って、姿を消す。


 俺は寝転がり、両手を頭の後ろに乗せ、睡蓮を思う。


 睡蓮と最初に出会った時、正体を尋ねるも、楽しませてちょうだいと言って、襲いかかってきた。


 形成逆転して俺が剣を突き付けても、何の抵抗もなく、むしろ死を望んでいるかのようだった。


 生きることに対して、何の執着もない睡蓮の、諦めるような瞳を見て、俺は睡蓮を殺すことができなかった。


 そして睡蓮を俺を試すかのように、謎を出した。


「何か、言っちゃならねえ秘密でもあんのか……」


 どれだけ考えても、確たる答えは出てこない。


 堂々巡りの思考を眠気が侵食してくる。


 俺は目を閉じ、意識がゆっくりと沈んでいく。









 気づくと、石畳の上に立っていた。


 先の見通せない深い地下通路。


 さっきまで俺は自分の部屋で布団に寝転がっていたはずだ。


 だから夢の中に違いない。


 なら、ここはどこだ?


「おーい、ヒル子!」


 心細くなりヒル子を呼ぶも反応がない。


 俺は地下通路を壁に手を当てゆっくりと歩いてゆく。


 どこまでも伸びる通路を歩いていくと、鉄の扉が見える。


 俺はその扉から漏れ出る冷気に身体が震える。


 開けちゃならねえ気がする。


 だけど、ここに俺がいる理由は、この扉の先にある。


 そう信じて、俺は扉に手を押し当て、ゆっくりと押す。


 目の前には開けただだっぴろい空間が広がる。


 左右に柱がならび、その奥には、祭壇のようなものが見える。


 俺はゆっくりと歩いていく。


 祭壇に近づくにしたがって、冷気が強まる。


 震えながら祭壇に通じる階段を上っていく。


 階段を登りきり、祭壇にたどり着くと、中央の台に誰かが横たわっていた。


「睡蓮? 」


 雪のように白い睡蓮が、死んだように翼を横たえ、台の上に眠っていた。


「おい、起きろよ睡蓮」


 俺は睡蓮の肩をゆするも、目覚める気配はない。


 とその時だった。


『誰だ……』


 深淵から響き渡る声に、俺は周囲を見る。


 途端、地響きと共に祭壇が大きく揺れ、俺はバランスを崩し、倒れかけるも、睡蓮の眠る台を支えに何とか立ち上がる。


『そこにいるのは、誰だ……』


 聞こえてくる声に、俺は何とか言い返す。


「てめえこそ、誰なんだよ!」


 刹那、再び地響きが起き、祭壇がひび割れ、睡蓮の横たわる台が崩れ落ちてゆく。


「睡蓮! 」


 俺は手を伸ばすも、睡蓮は深淵へと落ちてゆく。


「くそぉっ! 」


 伸ばした手が空振り、俺は後悔の中、崩れゆく祭壇から何とか逃げようとした時、祭壇が落ちた深淵から、巨大な眼が見つめてくる。


 その巨大な眼に呑み込まれ、俺の全身が金縛りにあい動けなくなる。


 深淵から巨大な両腕が伸びてくる。


 かぎ爪のついた異形の手が俺を掴もうと迫った時、声が響く。


『お前は誰だ』

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