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『■■■■■の呼び声』

 気づけば俺は、水の中にいた。


 呼吸ができないと慌てて水を飲み込むも、普通に呼吸ができた。


 そうか、これは夢か。


 光が射す水面に近いところから、俺はだんだんと沈んでいく。


 海の底に、何があるんだろう。


 そんな軽い好奇心で、深海まで落ちていく。




 何か、音が聞える。


 歌なのか。


 いや、違う。


 呪われたオーケストラのような、不協和音の旋律。


 耳を塞いでも聞こえてくる。


 その音が脳を揺らす。


 俺は耳を閉じるも、視線を感じる。




 何かが深海から、見つめている。


 巨大な眼が二つ、水底から俺を除いている。


 それに気づいた瞬間、俺の中で何かが狂いだす。


 頭がおかしくなりそうな不協和音に押しつぶされそうになった時、


『それ以上、行ったらダメ! 」



 誰かが俺を呼んでいる。


 上を見上げると、微かに光が射し、手が見える。


 俺はそれを頼りに、水面目指して必死に泳ぐ。


 追いかけてくる何かに、捕まえられれないように


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」


理解できないその叫びで脳が焼ききれそうになる。


頭痛に耐え、光に向かって手を伸ばす。


『早く、目覚めて! 太陽君!! 』



 俺は飛び起きる。


 全身に嫌な汗をかいていた。


 窓を開けるも、まだ明け方にもなってない。


 生暖かい潮風のような、匂いを感じる。


 俺は顔をしかめて、窓を閉めると、布団に横になる。


 その後、何度も寝ようと寝返りを打つも、眠ることはできなかった。


 明け方、ようやく眠りについた俺の頭の中で、紅い眼の女が俺を見てほくそ笑んでいた。



 週末を迎えた俺は、昼過ぎに起きてリビングに下りると、誰もいない。


 テーブルの上には、俺を除いた家族三人でショッピングモールで映画を見てくること、受験勉強ちゃんとするようにとの母ちゃんのメモがあった。


 冷蔵庫から取り出した母ちゃんの作り置きのチャーハンを食べながら、俺は録画してたアニメを見ていた。


「おい、ヒル子? 」


 俺が呼びかけると、一瞬遅れて、眠そうな声で


「なんじゃ、太陽?」


 と眼をこすりながら現れる。


「あいつのこと覚えてるか? 海で会ったあの女」


 ヒル子が冷蔵庫を物色しながら、俺を見る。


「あやつじゃろ。忘れるわけがなかろう! お主、殺される寸前じゃったのだからのう」


 手にした林檎を齧るヒル子に


「あの女が言っていた言葉の意味、わかるか?」


「ううむ。なんじゃったかのう? 」


 俺はあの時のことを思い出す。


「確か……『先に出でしものが後となり、後より来たるものが先となる。さあ、私はなんでしょう?』だ」


「そうじゃったそうじゃった!」


 ヒル子がしゃくしゃくと林檎を頬張る。


「改めて聞いても、さっぱりわからんのう。あの者の正体を表すものじゃと思うのじゃが……。我は謎解きは、そんなに得意ではないのじゃ」


 昼飯を食べ終えた俺は二階の自分の部屋に戻りながら、彼女の姿を思い返す。


 修道女のようなフードを被り、それでいて太ももまで見える妖艶な漆黒のドレスの衣装。それに、悪魔のような翼に蛸の脚。


「蛸の脚……」


「蛸ってなんじゃ? 」


 俺は本棚にあった図鑑をぱらぱらめくり、ヒル子に見せる。


「何とも奇怪な生き物じゃのう!」


「まあ刺身とかにして食べると旨いんだけどよ」


「こやつを食べるのか?!」


 ヒルコがぶつぶつと何かを言いながら、顔をしかめて、何度も図鑑を見る。



 先のものが後になり、後のものが先になる。


 そもそも、先のものってのが何を指してるんだ。


「なあなあ、ヒル子」


 と聞こうとすると、ヒル子が空中に浮かびながら、いびきを書いて寝ていた。


 俺は話しかけるのをやめ、畳に寝転ぶ。


「先のものが後になり、後のものが先に……」


 呟きながら考えるも、俺は眠気を感じ、眼を閉じる。






 その日の夕方、俺はゲームショップEDENに向かった。


 店のドアを開ける寸前、子供たちが行きおいよく飛び出していき、俺は慌てて避ける。


「やあ、太陽君! ちょうどいいところに来てくれた」


「どうしたんすか?」


 店長が俺を見て


「ちょうど大会が終わったところなんだ。で、例のことについての相談で来たのかな」


 俺は頷く。


「おっけい。それじゃ、片付け少し手伝ってくれるかい? バイト代も払うよ」


「別にいいっすよ、片付けくらい」


 と俺は机と椅子を片付け始める。





「『先のものが後になり、後のものが先になる』か……。何だか謎々みたいだねえ」


 店長が、ガラスケースを拭きながら、喋る。


 エルピスがえっちらほっちらと両手でカードの箱を運び、それをレグルスが尻尾を振りながら、後ろからついていく。


「で、その彼女はどんな姿をしてるんだい?」


「ええと。黒いドレスを着ていて、胸元ががっつり開いたドレス着てて。それででっかい悪魔のような翼を生えてたんすよ」


「ふーん。なるほど」


 店長は奥に行って戻ってくると、手にした本を開きつつ、


「お、あったあった。みてごらん」


 それは古い西洋の絵画だった。


 翼が生え、悪魔のような角が生えた女が描かれている。


「君の話を聞くと、サキュバスの特徴に似てるんだけど」


「似てる部分もありますけど、ちょっと違うっすね。角はなくて、結婚式のベールみたいなの被っていて、後。蛸みたいな脚が、何処かから出てきたんすよ」


「蛸? 」


「そうじゃ! こーんなに大きい吸盤のついた脚が、何本もあるのじゃ!」


 店長は不思議そうな顔を浮かべ、ヒルコの話を聞く。


「蛸、かあ。西洋ではクラーケンも海の悪魔として恐れられてるからねえ。蛸は神話にも登場するといえばするけれど。彼女は人魚だったりしてないかい?」


 俺は思い返すも


「普通に脚は生えてるけど、蛸足もどこかから出てきてたっすねえ」


「思いつかないね……。正体はまだ謎だけど、明らかに邪神の類ってことは君たちも身をもって知ったはずだろう」


 俺は頷く。


「それでも、君は仲間にするべきと思うのかい?」


 店長が尋ねる。


「そうっすね。ノーデンスが言ってた、運命の姫君っていう予言では誰を指してるかはわからないんすけど……」


「もしかしたら、その彼女も姫君かもしれない、そう思ったんだね?」


 店長がエルピスが持っていた箱を受け取ると、ガラスケースに入れて鍵をかける。


 エルピスはとことこと俺の傍によってくる。


 俺はエルピスの頭を撫でながら、エルピスがレグルスと一緒に遊び始めるのを見守る。


「エルピスを守護(まも)るためなら、どんな奴だろうと仲間にしますよ」


 俺の言葉に頷きながら店長は


「おそらく彼女が言ったその謎は、彼女の存在の本質を指すんだろうね。けれど、その謎の答えはわからないねえ。ごめんね、役に立てなくて」


「いや。全然大丈夫っす。話をきいてくれるだけありがたいっす」


 ふむ、と店長は


「もう一回、会いに行ってみるのはどうだい? 」


「もう一回っすか?」


「君に謎々を出すくらいだから、君を殺そうとするつもりはもうないんだろう。それなら何も会いに行っちゃだめってことはないんじゃないかな」


「確かにそうかもしれぬの! 」


 とヒル子も頷く。


 言われてみれば確かにそうだ。


「よし。なら、今夜もっかい、行ってやるぜ!」


「その意気じゃ!」


俺が叫ぶと、ヒル子も叫び、エルピスの腕の中でレグルスが吠える。












 暗闇に覆われた海。


 紅い月が怪しく照らす砂浜。


 さざめく波の音を聞きながら、銀髪の美女は、黒い卵のような岩の上で、海を眺める。


「姫……」


 どこかから聞こえてくる声に、姫と呼ばれた女は答える。


「何かしら?」


「本当にあやつのいう通りに従っていいのでしょうか?」


「ええ。それに、その時が来たら、自ずとわかるはずでしょう。」


 姫はほくそ笑む。


「それは、そうでございますが……」


「あなたたちがいるから、何の心配もしてないわ。下がりなさい」


「承知致しました」


 そういうと、岩の下にいた二つの影が消える。


 ため息をついた彼女は、先日の戦いを思い出す。


 これまで起こりえなかったことが起こった。


 これも計画の内なのか、それとも……。


 少しは退屈しのぎになるのかもしれない。


「待ってるわよ。勇者様」

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