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『魂の行方』

 バーストの言葉で、俺達は茫然とし、咲耶は健太の頬を撫でる手が固まる。


「なにがしかの手段で、この子の魂は連れて行かれたようね。だけど、まだ繋がりが完全に切れたわけじゃない。魂は、どこかに閉じ込められている」


「それはどこなのじゃ!」


 ヒル子が食い気味にバーストに聞く。


「それはわからないわ」


「なんじゃ! わからんのか」


 と馬鹿にしたようなヒル子の言葉に


「役立たずは出ていってちょうだい」


 とバーストが爪でヒル子をひっかく。


「何をするのじゃ! この化け猫め! 」


 と喧嘩を始めそうだったので、俺はヒル子の首根っこを摑まえながら


「繋がりっていうなら、後は辿れるんじゃねえのか?」


「そう簡単にはいかないわ。なぜならこの子の魂を連れ去った存在は、異界へと連れ去ったはずだから」


「それじゃ。一体どうやって見つけりゃいいんだよ! 」


 と俺は言うと


「全く手がかりがないわけではないわ。咲耶」


「は、はい!」


 バーストに呼ばれ、咲耶が健太からバーストの方を見る。


「いい。魂は、その望む場所にいることを望む。肉の体を殺すことはできても、魂を滅ぼすことは、神々でさえも難しい。だから、この子の魂は、この子が望んでいる場所にいる可能性が高い」


 俺と咲耶は顔を見合わせ、ヒル子も同じだったのか、首を傾げる。


「どういう意味じゃ! わかりやすく説明せんか! 」


「はぁ。つまり、この子の魂の魂を連れ去った何者かは、この子の望みを聞き出して、そこに連れて行ったってことよ」


「それは、その……どうやって健太の望みを聞き出したのでしょうか? 」


 咲耶の問いに


「そうね、夢を見せたんでしょう。例えば、見た人の願望が叶うような夢を」


 夢と聞いて、背筋が震える。


 俺自身も、連日見ていることを話そうかと思ったが、今はやめる。


「その魂が望むことを、夢に見せる。夢を見る者は、こう思う。現実から離れたい、夢の世界に行きたい、と。魂を護る術たる自我をもたぬ、純粋無垢な幼い子供ほど純粋無垢であり、それ故に夢を餌に連れ去られやすい」


 俺はようやく理解する。


「つうことは、健太の望みがわかれば、健太の魂の居場所がわかるかもしれねえってことか」


 俺の言葉にバーストは頷き、咲耶に顔を向ける。


 咲耶は、ぽつぽつと話し始める。


「……数年前、母を病気で亡くした時、健太はまだ小学校に入ったばっかりでした」


 咲耶が健太を撫でながら、話し続ける。


「父も私も悲しかったですが、それ以上に悲しかったのは、健太だったと思います。まだ幼かったですから。元々元気いっぱいで快活な健太は、以前ほど喋らなくなりました。寂しかったのだと思います。いつも母を探しているような、そんな様子でしたわ」


 俺は胸が苦しくなる。


 鼻をすする音が横から聞こえ見ると、ヒル子が大泣きしていた。


「辛い、ひっく、思いをしてたんじゃなあ」


「あれから2年たって、ようやく健太も笑顔を見せるようになりました。けれど、心の底では、母が恋しかったんじゃないかと思います」


「絶対に許せんのじゃ!」


 とヒル子が大声をあげる。


「咲耶。あなたの話のとおりなら、この子の魂は、母親との想いでの場所にいるかもしれないわ。そして、そこを見つけ出せれば、その子の魂が閉じ込められている異界の入り口を見つけ出せるかもしれない」


 俺は横にいる咲耶の方を見て、


「咲耶。教えてくれるか」


 と言うと、咲耶は頷く。









 俺達は咲耶と一緒に、神社の近くにある商店街に来ていた。


 商店街の入り口で、先頭にいた咲耶が振り返る。


「ここは、幼い頃から、母に連れられて買い物に来た商店街なのです。健太も一緒によく来てました。今でもここで買い物してるんです」


 と言って、商店街へ入る。


「咲耶ちゃんじゃないか!」


 商店街に入った途端、近くの八百屋から、エプロン姿のおばちゃんに声をかけられる。


「おばさん、こんにちは! 」


「健太君の体調が悪いんだって? 大丈夫かい?」


「はい、ちょっと風邪が長引いてまして。でも大丈夫です」


 咲耶が大したことないです、と言って笑みを浮かべる。


「ならよかったよ。お父さんのこともあって心配だろうけど、必ず帰ってくるよ。だから、めげちゃダメだよ」


「はい!」


 おばちゃんの横から、帽子を被った旦那さんが出てきて


「ほら、これサービスしとくよ。栄養つくもの食べさせてあげな」


 と野菜がいっぱいに詰められた袋を咲耶に渡す。


「まあ、こんなにいいんですか?! おじさんおばさん、ありがとうございます!」


 と咲耶は頭を下げる。


 咲耶はそのまま隣の肉やの方に挨拶に行くと、そこの店主と話し出す。


「あの子は、ほん、っとおおうに、偉い子なんだよ」


 俺が咲耶の方を見てると、おばちゃんに話しかけられる。


「お母さんが亡くなってからは、あの子が健太君の面倒をずっと見てたのさ。母親代わりみたいなものさ。自分だって、まだ学生さんだっていうのに」


 俺は黙って頷く。


「あんたが誰かは知らないけど、あの咲耶ちゃんが一緒にいる男なんだ。悪い男じゃないんだろ。だから、どうか、咲耶ちゃんを助けてあげておくれ」


 俺は頷き、お辞儀をして、そこから去る。



 俺とヒル子は、行く先々の店で話しかけられている咲耶を見守っていると、


「太陽、気にならぬか? 」


「あ。何が? 」


「見えるじゃろ? あの娘の愛されようを」


「まあ。確かに、商店街の人全員から話しかけられてるしな。けど、小さいころからなら、可愛がられてもおかしくねえだろ」


 というと、ヒル子は腕組みをして


「むむむ、それだけではないかもしれぬ……もしかすれば咲耶は、古の女神の生まれ変わりかもしれぬ」


 俺は驚く。


「女神の生まれ変わりって、そんなことありえんのかよ! 」


「前にもちらっと言ったと思うが、咲耶は、途轍もないほど清らかな気、霊力をもっておる。その力故に、怪しい女の呪いに抗する何かをもっておったのじゃろう」


 ヒル子が言うとおりだとしたら。


「もしかして、星の智慧教会に狙われているのは、それが原因ってことか? 」


 ヒル子が頷く。


「まだそうとは限らぬがの。咲耶自身も、気づいとらんじゃろう。だが、神話世界にいる神々とは別に、この地に古き神々、その残滓たる魂が残っていてもおかしくはあるまい。そして、それを宿すに足る器が在るのであれば……。それをもし邪神共が気づいたとなれば、咲耶が己の身を守る術をもたぬのは、ちと不味いかもしれぬ」


 商店街で話しかけられる咲耶を見ながら、深刻な表情を浮かべ、ヒル子が言う。


 普段のヒル子とは思えない言葉の内容や言葉遣い、雰囲気に、俺は目を疑う。


「神々の器? 残滓? 何のこと言ってんだよ……」


 ヒル子が俺を見て、元の子供っぽい表情に戻って笑う。


「なあに、多少大げさに言ったが、我は何も心配しとらん! なぜならお主がおるからの! 」


 そういうと、ヒル子は俺の背中を思いっきり叩いて、咲耶の方へ飛んでいった。






 商店街を一通り周った後、近くにある小さな公園に行く。


「この公園はよく、健太が母と遊んでいました。幼稚園からの帰り道にありましたから」


 ベンチとブランコ、砂場だけがある小さな公園だった。


「ヒル子、バースト、どうだ? 」


 ヒル子が公園のあちこちを飛び回り、バーストも公園を一周し、戻ってくる。


「特に何にも感じないのじゃ! 」


「ここもなさそうね」


「それじゃ、ここも違うってことか」


 と俺は咲耶の方を見ると、ベンチに座った咲耶が、遠い眼で夕焼け空を眺めていた。


 俺は咲耶の隣に座る。


「疲れたか? 」


「あ、いえ。そうではありませんわ。お気遣いいただきありがとうございます」


 疲れたような笑みを浮かべる咲耶に、俺は


「咲耶、すまねえ」


 咲耶が俺を見る。


「あの雨の日……俺は咲耶のこと、何にもわかんねえくせに、偉そうに諦めるな、とか言っちまって」


 咲耶が首を横に振る。


「いいえ、謝らないでくださいな。あの日、私はもう死んでもいいと思ってました。でも……」


 咲耶が一瞬俯いて、そして顔を上げる。


「あなたが私を引き上げてくれたのです。あなたの手が、あなたの言葉が、絶望に落ちかけた私の心を」


 咲耶が微笑む。


「だから私、絶対に諦めませんわ。健太を助け出す、その時まで」


 夕日に照らされた咲耶の儚くも美しいその笑みは、まるで高校一年生とは思えないほど、大人びて見えた。


「さあ、行きましょう、太陽さん! 」


「あ、ああ」


 ぼーとしてた俺は、両手で両頬を叩き、気合を入れる。


「うっし! ヒル子、バースト、行くぞ! 」





 俺たちは公園から歩いて十分程、学校にたどり着く。


「ここは昔、私が、そして今は健太が通っている小学校です」


 白く塗られた壁、グラウンド、


 俺も小学校に通っていた頃を思い出して、懐かしくなる。


 すると、入り口で掃除をしていた帽子をかぶった作業着のおじいさんが、咲耶を見て、


「咲耶ちゃん、久しぶりじゃないか!」


 と話しかけてくる。


「用務員さん、お久しぶりです」


 丁寧にお辞儀をする咲耶に


「健太君の具合が悪いって聞いたよ。大丈夫なのかね?」


 と心配そうな顔で用務員が尋ねる。


「はい、今はだいぶ落ち着いてきました。今日は、健太の忘れ物を取りに来たのですが、入ってもよろしいでしょうか」


「そうかい、そうかい。それならどうぞ」


 俺は用務員にちらっと見られながらも咲耶と一緒だということで小学校に入るのを許される。


「ここが健太の教室です」


 と2年3組と書かれた教室の前まで来る。


「ヒル子、バースト、どうだ? 」


「入ってみんとわからんのじゃ」


 俺は廊下から外を眺めると、さっきまで赤く燃えていた夕焼け空が暗くなっていく。


 秋も深まってきたからか、だんだん日が落ちるスピードが早くなってきた。


 俺は腕時計を見ると、もうすぐ六時だった。


「あまり暗くなる前に帰ったほうがいいかもしんねえな」


 俺はこれまでの経験で言うと


「そうじゃのう、では早速入るのじゃ」


 と教室のドアを開けようとしたそのときだった。


「待ちなさい! 」


 バーストが警告すると同時に、どこかから煙が流れてくる。


「何だ、一体どこから……」


「うっ」


 咲耶が鼻と口を押さえ、膝をつく。


「咲耶、どうした⁈ 」


「わかりません。でも、何か……」


 蹲った咲耶が、廊下の先を指さす。


 廊下の端から流れてきた煙が寄り集まって、形を成していく。


 最初に四本の脚が、そして巨大な胴体が、最後に頭部が出来上がる。


 (ケモノ)は大きく唸り、飛びかかってきた。

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