『桜の樹と乙女』
爽やかな風が吹いてくる。
気づくと俺は、草の上で寝ていた。
「また、夢かよ……」
起き上がると、小高い丘が目の前に見える。
いつも夢で見る砂浜と違い戸惑うも、じっとしていてもしょうがない。
丘をゆっくりと登っていく。
歩いているうちに、強い風が吹いてきて、顔に花びらがくっつく。
俺はそれを手に取る。
薄桃色の花びら。
「桜、か? 」
俺は顔を上げ、息を呑む。
視界いっぱいに、満開の桜の花びらが咲き誇る。
俺は日の光を浴びて、煌めく花の美しさに声を失う。
そして俺は丘を登り切ると、桜の樹の下で、女の子が立っていた。
初詣で見かける巫女さんのような白装束と緋色の袴を着た少女は、俺に背を向け、桜の樹に寄り添い、丘の向こうに連なる山々を眺めている。
俺は声をかけようとした時、その少女が振り向く。
突風が吹いてきて、枝が大きく揺れ、花びらが舞い散る。
「待っていましたわ」
俺が手を伸ばすも、桜の花びらが少女を隠していく。
「君は、誰だ? 」
「私はあなたの……」
けたたましいアラームが鳴り響き、俺は目覚める。
「ヒル子」
俺はイマジナイトに呼びかける。
「なんじゃ、太陽……まだ眠いのじゃ」
イマジナイトから返事をするヒル子。
「俺は決めたぜ」
「んーー、何をじゃ? 」
目をこすりながら、現れたヒル子に向けて、言う。
「咲耶の弟を、助けるぞ」
学校終わり、俺はいつも通り、ゲームショップEDENに向かう。
ドアを開けると、店内ではエルピスがカードの箱を持って運んでいた。
「エルピス! 遊びにきたぜ」
エルピスは俺を見て頷き、箱をケースの中にしまうと、とことこと俺の元に来る。
エルピスの頭を撫でると、エルピスは目を閉じる。
すると、レグルスが唸りながら飛んできて、俺の髪の毛を囓る。
「痛え! 離しやがれ!」
親愛の情にしては、あまりにも強すぎるスキンシップに、俺は頭に手を伸ばし。レグルスをひっ捕まえる。
「やあ、太陽君」
店長が裏手からぼさぼさの頭をかきながらやってくる。
「忙しそうっすね」
と俺が言うと
「明日、開催されるカードゲームの大会に向けて、準備をしててね。エルピスちゃんにも手伝ってもらってたんだ。どうだい、久しぶりに君も参加してみるかい? 」
忙しそうに店長が笑う。
「いやあ。流石にもうカードは持ってないっすよ」
「カードなんてこちらで用意するよ! といっても、君はそれどころじゃないか。ところで、今日は例の件かい?」
俺は頷くと、店長は
「よし、ちょっと待っててくれるかい」
店を閉めた後、店長はホワイトボードを持ってきて、俺とヒル子がテーブルの前に座る。
「それじゃ、ええと……」
「俺に助けを求めに来た、咲耶っていう高校一年生の女の子のことです。フルネームは美夜図咲耶。弟が昏睡状態で、二週間以上目覚めていない」
「そうだそうだ。咲耶さんっていったね。もう一度詳しく教えてくれるかい」
俺は咲耶のことについて時系列に沿って話す。
謎の女性の来訪、父の失踪。そして目覚めない幼い弟、夏休みの雨の日の出来事、そして二学期、俺の高校に来たこと。
「その弟、健太君だったかな。何か病気とかそういうのでもないんだったかな」
「そうっす。咲耶が言うには、病院で精密検査をしたけど、何の異常も見つからなかったって」
店長はホワイトボードに弟の横、病気と書いた文字に、×をつけた後、ヒル子に
「ヒル子様の見た印象はどうです?」
と聞く。
「そうじゃのう。我も弟を見たが、呪いといった類いがかけられてるような様子は伺えんかったのう。ただ、そうじゃのう……なんとなくじゃが、あるべき何かが無いような感じがしたのじゃ」
「何かってなんだよ? 」
「うむ。それはわからん!」
自信満々にわからないというヒル子を、俺はデコピンする。
「痛いのじゃ! 」
「うるせえ!」
ヒル子が俺の頭をげんこつで叩いてくるのを俺は防いでいると、店長は、呪い?と書く。
「ふむ。少し整理してみようか。まず夏休み、美夜図さんの神社に訪れた女性二人組が、咲耶さんのお父さんに、土地を明け渡すようにと迫り、お父さんは申し出を断った。その翌日にはお父さんは失踪。弟さんは昏睡状態に。その後、咲耶さんは女性たちの言われたとおり、雨の神社に赴き、その場で怪物に襲われかけたところを、君が助けた」
俺とヒル子が頷く。
「その女共がいたのは何という組織だったかのう? 」
ヒル子が俺を向いて聞いてくる。
そういえば、咲耶から名刺を渡されたことを思い出した俺は、財布から出す。
「星の智慧教会だ」
俺は店長に名刺を渡す。
店長がホワイトボードに書く。
「どう見ても、その星の智慧教会とやらが怪しいのじゃ!」
「ふむ。これを見る限り、正確な場所は書かれてないね」
店長が名刺を入念に見て、俺に返す。
「どこぞの新興宗教は間違いないみたいだね。その裏にもしかしたら、君の戦った邪神、ニャルラトテップの手下がいるかもしれない」
ニャルラトテップの名を聞いた瞬間、腹の奥から何かがあふれ出そうになる。
「……そいつらは何で咲耶を狙ったんだ? 」
店長が俺を見つめながら
「ふむ。それはまだわからない。彼らが狙う何かに、咲耶さんは関わりがあるのかもしれない」
「くっそ」
俺はテーブルを叩く。
「ニャルラトテップと聞いて焦る気持ちはわかるがのう。じゃが、奴らもそう簡単に尻尾は出さぬじゃろ。」
「わかってんよ、でも」
「まあまあ。ここらで、ひとつ、おやつタイムと行こうじゃないか! 」
と言って、奥に店長はお菓子を取りに行く。
俺は椅子に深く腰掛け、エルピスを見る。
星の智慧教会とやらが、咲耶を狙っている理由は何なのか、そしてそいつらは邪神ニャルラトテップの手下なのか。
俺は夏休みの記憶を思い返す。
莉々朱さんと最後に待ち合わせした時、莉々朱さんを浚った奴らと同じグループなのか。
もしそうだとしたら……。
歯ぎしりをし、拳を強く握りしめる。
「必ず、ぶっ潰してやる」
とその時、
「何だか面白そうな話してるみたいね」
俺は声をした方を見ると、窓枠に黒猫が座っていた。
「バーストじゃねえか」
バーストは窓枠から飛んで、俺のいる机の前までやってきて、俺を見上げる。
「私にも話聞かせてちょうだい」
神社の境内に、一人の少女がいた。
セーラー服姿の咲耶は、箒をはき、境内を掃除していた。
と、どこからか猫の鳴き声が聞こえる。
咲耶は箒ではく手を止め、辺りを見まわす。
すると境内のすぐ外にある林から、子猫がやってくる。
親とはぐれたのか三毛猫は鳴きながら、咲耶に近づいてくる。
「こんにちは、子猫さん」
咲耶の足元で、何かを訴えるように鳴く猫を見て
「少し待っててくださいね」
と言って咲耶は、箒を壁に立てて、玄関から社務所に入る。
少しして玄関から出てきた咲耶は、平たいお皿と牛乳パックを両手に持っていた。
咲耶はお皿を地面に置き、牛乳を注ぐ。
「こんなものしかないのですけど」
子猫はお皿に顔を近づけ、少し舐める。一口舐めた後は、そのまま牛乳をなめ続ける。
「ふふ。お腹が空いていたのですね」
咲耶は顔を上げて鳴いた子猫の頭を撫でる。
子猫を見守る咲耶の顔が曇る。
痛みに耐えるかのように咲耶は目をぎゅっと閉じる。
そして、目を開けた咲耶は前を見据える。
「取り戻してみせます。あの子を……」




