『chapter end:Víðófnir』
何かが俺の体を揺らしていた。
俺は目を開けると
「おお! 起きたのじゃ!」
レグルスは俺の身体に乗り、心配そうにこちらを見るエルピスとにこにこと笑うヒル子がそこにいた。
「帰って、これたのか……」
「そうじゃ! 危うく帰ってこれないのではないかと、ひやひやしたのじゃ! のう、エルピス」
上半身を起こした俺の傍に来たエルピスは、俺をじっとみる。
「心配かけたな」
俺が頭を撫でると、エルピスは首を振る。
「ううん。信じてたから」
と微笑んで答える。
周囲を見て、ひとりいないことに気づく。
「マリヤは? 」
と言うと
「あやつは、もう行ったわ。誓約は果たしたとか言ってのう」
全く薄情な奴じゃわ、とヒル子は愚痴る。
「そうか」
最後にマリヤと一緒に戦って、どこか心が通じ合ったかと思えたから、少し寂しさを感じる。
店長が慌てたように走ってくる。
「太陽君! 無事だったかい?! もう立ち上がれるかい? 」
「平気っすよ。傷も何もないし、まあ疲れただけっす」
俺は立ち上がろうとして少しふらつくと、レグルスの大きな体に、脇から支えてもらう。
「サンキューな」
俺はゆっくりと歩きだす。
後ろを振り返り、空を見上げる。
マリヤとは、またどこかで会える、そんな気がする。
「なあ、エルピスよ」
ヒル子が隣にいるエルピスに向けて言う。
「マリヤの顔、見たじゃろ? あれは、もしや……」
「うん……」
エルピスは夜空を見上げて、静かに呟く。
「涙」
フレースヴェルグの背の上で、マリヤは胸を押さえる。
倒れたあいつを見て、あの人の最後を思い出すなんて。
揺れる心を押しつぶすように叫ぶ。
「私は、もう弱い子供なんかじゃない! 私は女王なのよ……私は……私は」
心臓が鼓動し、熱くなる。何かが沸いてでてくるような
「この……出てくるんじゃあ、ないわよ! 」
こいつだけは刺激しないようにしてたのに。
私は深呼吸をして、ゆっくりと落ち着かせる。
これは、私の誓い。
絶対に破るものかと決めたもの。
だけど……その誓いを破ってもいい、なんて思うようなことがもしあるのだとしたら……。
「そんなわけ、ないわ」
私は、心臓を焼くような何かを無理矢理押さえ込み、ペンダントに触れ、門を開く。
マリヤは振り返り、太陽達が去っている姿を見る。
前に向き直り、フレースヴェルグと一緒に門をくぐる直前に、呟く。
「本当に馬鹿ね。マリヤ」
何処か知らぬ異界にて、艶やかな声が聞こえる。
「あら、やられたみたい」
「やるじゃないか! あのガキどもは!」
楽しそうに呟く声と大声で豪放磊落そのものといった声が笑い合う。
「あなたがいったとおり、楽しめそうね。ニャルラトテップ」
目の前にいた漆黒のマントを着た、浅黒い肌の男は笑みをこぼす。
「お気に召したようでなによりでございます」
わざとらしいそのお辞儀を見て、女は笑う。
「それで、次の演目は何かしら?」
「勿論、ご用意してますよ。偉大なる太母様」
「その呼び方は、よしなさいと言ったでしょう」
「ええ。それでは、●●様。これにて失礼致します」
と言って、ニャルラトテップの姿がかき消える。
邪神は蠢動する。
次なる演目にむけて。
「人間よ。妾を飽きさせないでちょうだいね」




