『決着』
「おぉおおおおおおおおおおお!」
変身したと同時に両手に、俺は怪物目掛けて振り下ろす。
怪物は、その巨体を支える脚を曲げ、虫のように飛び跳ねて俺の剣を避ける。
地面にあるタイルをぶち壊しながら、俺は着地する。
「っち。だけどよぉ」
俺は顔を上げ、怪物を見て笑う。
「俺だけじゃねえんだぜ! 」
避けた怪物目掛けて、マリヤが空から急襲する。
紅の槍を突き出したマリヤの攻撃を、伸ばした両腕の鎧部分で怪物は受け止める。
怪物はマリヤの槍を受け止めたまま、足でマリヤを蹴り上げようとし、マリヤは背後に飛び避ける。
怪物を挟んで、俺とマリヤが挟み込む。
その時、怪物の背後の空間が捻じれ、歪み始める。
「逃がすものか! ノーデンス! 門を開けよ! 」
俺のすぐ傍で浮かんでいるヒル子のその言葉と同時に、地面全体が渦まき始める。
「エルピス、行け! 」
俺が言うと、エルピスは頷き、レグルスの背に乗って、渦巻の範囲から避ける。
俺とマリヤ、怪物が渦に呑み込まれていく。
どこまでも広がる無色の床。
怪物が、周囲を何度も見る。
「この異界にいる限り、ここ以外はどこにもいけねえぜ」
ノーデンスが用意したどこともつながってない、隔絶された異界
「ここが、お前の墓場だぜ! 」
俺は剣、マリヤは槍を構え、怪物を挟み込む。
「この異界はノーデンスが造りあげたものじゃ! じゃがノーデンスがいない以上、そう長くは保たぬぞ! 」
ヒル子の警告に
「「上等だ!」よ!」
怪物の目の前の空間が捻じれ歪み、怪物がそこに吸い込まれる。
「来い、ヒル子! 」
「了解じゃ! 」
ヒル子が俺の剣に宿り、刀身が赤く染まり、輝きを放つ。
マリヤが俺を見て叫ぶ。
「後ろよ!」
『後ろじゃ!』
マリヤとヒル子の警告を俺は察知し、振り向きざまに剣を薙ぐ。
何かとぶつかって、剣が止まる。
怪物がその腕で俺を押しつぶそうとする。
「くらいなさい! 」
マリヤが怪物の背後から槍を突き刺そうとする。
もう片方の腕が、それを抑える。
「おおおおおおおおおおお」
俺は敵を押し返し、そのまま相手の腹にむけて剣を突く。
怪物は両腕を引っ込め、地面に吸い込まれるように消える。
「ちょこまかと!」
俺とマリヤは背中合わせになる。
周囲を見渡し、どこにもいないことから、上を見る。
「上だ!」
頭上から怪物の巨体が落下してきて、俺とマリヤは同時に左右に飛んで、避ける。
再び怪物が消える。
「っち、どこ行ったのよ? 」
俺はマリヤを見ると、マリヤの背後の空間が捻じれ歪む。
「マリヤ!」
怪物がマリヤの後ろに現れ爪を振り下ろす。
「わかってる!」
マリヤは即座に回転し、槍を横に構え、振り下ろされた鎧の一撃を防ぐ。
「んなろおおおお」
俺は怪物の真横に回り、剣を突き刺す。
鎧のような外皮に直撃し、砕ける。
怪物がふらふらとするも、すぐに再び、次元の穴に消える。
想定以上に硬い鎧に苦しめられている。
このままじゃ埒が明かないと思った俺は、あることを思いつく。
「マリヤ!」
「何!」
マリヤが必死に周囲を見渡し、怪物の出所を探っている。
「奴に攻撃を食らわせる方法はただ一つだ! 怪物が攻撃を仕掛けて無防備になった瞬間を突いて、攻撃を受けていないもう一人が即座に攻撃するしかねえ! 」
「それをするには、相手の攻撃のタイミングが分からないと意味ないわよ!」
「だから、こうすればいい! 」
『太陽! 左じゃ! 』
ヒル子の警告どおり、俺は左に体を向ける。
怪物の長い爪が迫る。
いつもなら剣で防ぐが、敢えてそうせずにする。
俺は胸の鎧に衝撃を受け、後ろに倒れる。
「太陽?! 」
「っぐう、今だ、マリヤ! 」
マリヤが怪物の背後で、飛び上がりながら槍を脳天に振り下ろす。
怪物がマリヤの攻撃を受け、前につんのめる。
怪物が背後のマリヤをじろりと睨みつけながら、歪みへと姿を消す。
「あんた、馬鹿?! わざと攻撃受けるなんて!」
マリヤが俺の元に駆け寄ってくる。
「馬鹿でもなんでも、奴の隙をつくにはこれしかねえ! 俺の方が鎧がある分耐えれるから、奴の攻撃は俺が受ける。マリヤはその隙に攻撃するんだ!」
「ああもう! 知らないわよ、どうなっても!」
俺とマリヤは背後を取られないように、背中合わせになり、怪物の攻撃に備える。
「太陽! 」
マリヤの方に怪物が来た瞬間、俺とマリヤは位置を入れ替える。
俺はバッタの脚のような怪物の蹴りの一撃を吹き飛びながらも、鎧で受け止める。
何とか起き上がると、マリヤの槍が怪物の脚の膝あたりに突き刺さり、怪物が苦悶の声を上げる。
「よし、この調子だぜ! 」
俺は何とか攻撃を鎧で耐えつつ、マリヤの槍が何度も何度も怪物に攻撃を加える。
「くっそ、まだ倒れねえのかよ」
硬い鎧のような外皮に罅は入り、節々に傷は入れたものの、倒れそうにない怪物を見て、俺も攻撃を仕掛けようと剣を握るも、取り落とす。
「あんた、もう限界よ! あんたの鎧の方が今にも砕けそうじゃない!」
マリヤが俺に向かって言う。
度重なる攻撃で鎧を通して、ダメージが蓄積されたのは、俺自身も同じだった。
その時、周囲の空間全体がひび割れ始める。
「まさか?!」
『太陽! 時間切れじゃ! このままだと異界が崩れるのじゃ! 』
怪物の姿が再び消える。
次の攻撃が、正真正銘のラストチャンス。
マリヤだけに任せるわけにはいかねえ。
俺とマリヤ、二人の力で、怪物を倒す。
何かないか、何かないかと考えようとするも、衝撃を受け続けたせいか、頭が朦朧とする。
考えがまとまらない。
『太陽! 何を突っ立っておるのか?! 顔を上げるのじゃ! 』
下を向いていた俺は顔を上げる。
遠くにいた怪物が、目の前に聳え立つ。
横でも背後でもなく、正面に。
怪物がその長大な両腕を全開まで伸ばし、一気に振り下ろすのがスローモーションで見える。
と、その時だった。
右から何かがぶつかってきて、俺は左に転がる。
「っつ、なんだ」
地面に倒れた俺は、すぐに上半身を起こす。
さっきまで俺がいた場所に、マリヤが立って俺を見下ろしていた。
呆れたような、笑顔を浮かべて。
「ダメだ」
マリヤの顔と被さるように、莉々朱さんの顔が現れる。
「ダメだ、ダメだ、ダメだ……」
怪物の鎧を纏ったような重厚な両腕、獲物を切り裂く鉤づめが、今にもマリヤに振り下ろされそうになる。
俺はボロボロの鎧の腕と手を伸ばす。
あの日、俺は莉々朱さんを守れなかった。
伸ばしたその手をすり抜けるように、莉々朱さんの命は奪われた。
「もう二度と……」
歯を食いしばり、立ち上がる。
「失ってたまるか! 」
手を伸ばす、それだけじゃダメだ!
「絶対に、守護るんだぁあああああああああ! 」
想像しろ!
マリヤを守護るための、たった一つの冴えたやり方を!
その時、ヒル子とは違う声が、何処からか聞こえる。
『太陽君なら、きっとできる。だから、叫んで! 』
俺は声に導かれるように、叫ぶ!
「来い! 薔薇の盾よ! 」
地面に突き刺さった剣の紋章が煌めく。
怪物の振り下ろした両腕がマリヤに当たる瞬間、何かがそれを阻む。
「これ、は……?」
マリヤが顔を上げ、驚いたように言う。
中央に薔薇の花、その周囲を茨で編んだような円形の盾が、浮かんでいる。
盾は、怪物の腕を一歩たりとも通すことなく、マリヤを護っていた。
「茨よ! 」
俺が叫ぶと同時に、盾から茨が飛び出し、怪物の四肢へと巻き付く。
俺は剣を支えにして立ち上がる。
「マリヤ! とどめを刺すぞ!」
驚いたように俺を見るマリヤの瞳が輝きを放つ。
「遅れるんじゃあ、ないわよ!」
俺とマリヤは怪物めがけて駆け出す。
「「はぁあああああああああああああああああああああああ」」
薔薇色の剣と紅蓮の槍が、怪物の腹に突き刺さり、一気に天蓋へと昇ってゆく。
そして、異界が消滅すると同時に、俺の視界に光が広がった。




