『Operation:Perseus』
「ダメだ!」
「ダメじゃ!」
俺とヒルコが同時に叫ぶ。
「エルピス、何を言うとるのじゃ! 」
ヒル子がエルピスの頭上に浮かび、諭す。
「そうだ、あまりにも危険すぎる!」
俺とヒル子は止めようとしたその時
「それが一番、確実でしょうね」
マリヤの言葉に、思わず俺は
「マリヤ! 」
と叫ぶも
「なら、他に有効な案を出してみなさいよ。ないでしょ? 」
ぐうの音も出なくなった俺の代わりに
「例えば、他に無防備で狙われそうな人間がいても、エルピスちゃんを確実に狙うと言えるのかな? 」
と店長が静かに尋ねると
「そうね。邪神とその眷属たる怪物が絶対にこいつを見逃すはずがない。その理由は、あんたが一番わかってるでしょ。それに……」
マリヤが俺を見て、その後、エルピスの方へ顔を向ける。
「あんたも覚悟を決めて、言ってるんでしょ」
マリヤに向かって、エルピスは頷く。
「けどよお」
「あんたねえ。本人がやるって言ってんのよ。」
呆れたようにマリヤは首を振る。
「あんたがそんな情けない様子じゃダメね」
とマリヤに言われるも、まだ俺は他の方法はないかと考えていると、
エルピスが俺の左手を両手で握る、
「私も戦う。太陽と一緒って……決めたから」
エルピスの表情、そしてその言葉に込められた思いに、俺は頷く。
「わかった。絶対に君を守護る。だから、やってくれるか?」
エルピスは頷くと、レグルスがエルピスの腕の中から飛び出て、テーブルの上で大きく唸る。
「そうだな。お前も一緒だもんな、レグルス」
「むむむ。我はまだ反対じゃが……腹を括るしかないというわけか! 」
ヒル子も渋々ながらも、認める。
「それじゃ、作戦の細かいところを詰めようか。」
店長が両手で叩いて、再び会議が始まる。
「エルピスちゃんは基本的には、僕の店と太陽君の家にいて、限られた人しかエルピスちゃんを知られないようにしてる。そして、仮に外に出るときは」
「俺が一緒にいる」
「そうじゃな。邪神にエルピスの居場所を知られるわけにはいかぬからの」
俺とヒル子が言う。
「こいつが外に出れば、邪神の眷属であるあの怪物は、必ず察知するわ。この店とあんたの家以外じゃないといけないってことね」
マリヤが俺に向けて言う。
「ああ。だがエルピスを外に出すにしても、俺達がすぐ助けにいける場所じゃないとだめだ」
「他の人間に危害が及んでもだめだしね」
と俺と店長が言うと
「それなら、あそこしかなかろう! 」
とヒル子が気づいたように叫ぶ。
「あそこって……」
「象さん公園じゃ! あそこは夜になれば、誰もおらぬ。人にも見られる心配もない! そしてあそこなら」
「「ノーデンスの異界だ!」よ!」
俺とマリヤが顔を合わせるも、マリヤがすぐに顔を反らす。
「となれば、あやつにも動いてもらわねばのう」
ヒル子がくっくっくと企んだような笑みを浮かべる。
三日月が空を泳いでいる。
作戦どおり、マリヤと俺はフレースヴェルグの背に乗って、公園を見下ろしていた。
俺は一瞬下を見て、唾をのみ込み、マリヤの身体を掴む。
「あんた、しがみつきすぎよ! 」
マリヤが振り向いて怒るも
「あったり前だろうが! 鷲につかまって飛ぶなんざ、こちとら初めてだっつうの!」
怪物に気取られないように、それでいて、すぐさま助けにいける場所は、空しかなかった。
高層マンションの屋上くらいの高さで、滞空し続ける。
「エルピスは大丈夫かぁ? 」
「ほんとあんた見かけによらず心配性ね。まだ現れてないわよ」
前にいるマリヤが下を見ながら、呆れたように笑う。
携帯が鳴り、俺は震える腕で何とかズボンから携帯を取り出して、出る。
「エルピスちゃんが今、車から降りて、公園に入ったよ」
「了解っす」
店長の電話が切れてすぐ、夜闇を照らす星が地面に瞬いた。
俺は双眼鏡を覗くと、エルピスがゆっくりと、公園の中央に向けて歩いている。
まだ怪物は現れていないことにほっとして、俺は顔を上げる。
「なあ、マリヤ」
「何よ?」
マリヤが振り向く。
マリヤの眉根を寄せた不機嫌そうな顔。
「何で、協力してくれる気になったんだよ?」
俺が尋ねると、マリヤはしかめっつらで
「……。仕方なくよ、仕方なく。あんたがどうしてもっていうから」
それだけ言って、マリヤは前を向いた。
俺は気づく。
マリヤの左右に伸びた両耳が、ほんの少し赤いことに。
どこかぶっきらぼうでつんけんとしたマリヤの態度の裏に隠れた、想いが見れて、嬉しくなる。
「何あんた笑ってんの? 馬鹿にしてんの?」
振り向いたマリヤが苛々して言う。
俺は口に手を当て、誤魔化すように咳をして、意識を切り替える。
「絶対、勝つぞ」
「誰に向かって言ってるのよ」
とマリヤと話していると、イマジナイトが赤く光る。
「来た! 」
エルピスが周囲を見渡し、レグルスが成体となり、唸る。
エルピスの背後のあたり、空間が歪みはじめる。
それが現れる。
闇よりも漆黒の鎧に包まれた、長大な両腕が、昆虫のような足が、そして、最後に、貌のない頭が、出てくる。
レグルスがエルピスを背にして、前に出る。
エルピスが携帯を耳に当てるのが見え、俺の携帯が鳴り、すぐに出る。
エルピスが空を見上げる。
「太陽! 」
声が聞こえると同時に、俺はフレースヴェルグから勢いよく飛び降りる。
「太陽?! この馬鹿! フレースヴェルグ! 降りて! 」
大鷲が応えるように鳴くのが、上で聞こえる。
さっきまで感じていた空の恐怖を忘れ、俺は両腕を胸の前で十字に当てて、弾丸のように地面へと落ち続ける。
怪物が、頭を空に向ける。
貌のないはずの頭に、大きな皺が広がる。
それはまるで、獲物を見つけた獣が浮かべる、嗜虐的な笑みのようだった。
それを見た瞬間、腸が煮えくり返るような怒りがマグマのように迸る。
「させっかよおぉおおおおおおおおおお!」
俺は左拳を、怪物に向かって伸ばしながら、叫ぶ。
「イマジナシオン! 」




