『決意』
俺達は、目の前の大鷲、フレースヴェルグの迫力に圧倒されていた。
店長が風で地面に落ちた眼鏡を屈んで拾いながら、
「まさか……あの、フレースヴェルグですか……」
と驚いたように言う。
「店長、知ってるんすか?」
「いや、名前だけをね。本当にそれそのものかはわからないけれど」
「なるほどのう。怪物を見つけたのは、この大鷲のおかげというわけじゃな」
ヒル子が言うと、
「そうよ。彼にはこの街全体を見張ってもらってるわ。彼に見通せないものはない。どんな闇に隠れてようが、ね」
エルピスが物珍しそうに、フレースヴェルグを見つめていた。
エルピスの足元からレグルスが出てきて、フレースヴェルグに近づくと、唸りだす。
フレースヴェルグは、エルピスを背にして庇うレグルス、そしてエルピスに向けて頭を向けて、じっと見つめる。
「フレースヴェルグ。ありがと。それじゃあ、引き続きお願い」
マリヤの言葉を聞いた大鷲フレースヴェルグが、両翼を広げて、飛び上がり、風が再び吹き荒れる。
「それで、マリヤ。一体どういう風に、どこで戦ったんだよ?」
店内に戻った後、俺は一番聞きたかったことを聞いてみると、マリヤが思い返すように口を開く。
「はじめに怪物を見つけたのは、フレースヴェルグよ」
「女の子はどこにいたんだ?」
「四角い箱が、何段にもわたって並べられてる、奇妙な建物ね」
「四角い、箱? 」
マリヤの説明が、何を指しているのかがわからない。
「もしかして……立体駐車場のことを指しているのかな。親御さんから、塾のすぐ傍にあって、いつも迎えに行く時にそこに車を停めてるって聞いたことがある」
「そっか、立体駐車場か!」
店長の言葉に、ようやく合点が行く。
「じゃが、何故あの幼い子供は、一人でそのちゅうしゃじょう、とやらに行ったのだ?」
ヒル子が言うと、
「親御さんが迎えに行くのが遅くなったから、娘さんが先に駐車場に行ったんだろうね」
店長が答える。
「ふうん、くるまって言うのね、あの箱。まあいいわ。フレースヴェルグが見つけた時には、あの子は独りだった」
俺は固唾を飲んで、話を聞いていた。
「そして、あの子が歩いている背後に、怪物が現れた」
マリヤが脚を組みなおして話し続ける。
「フレースヴェルグはすぐに私に警告した。状況を察した私はすぐに向かったわ」
マリヤは俺達を見まわしながら、
「私が到着したとき、フレースヴェルグが怪物を足止めしているところだった。そして、私は怪物と戦い始めた。さっきもいったけど、怪物に攻撃を加えても、いつの間にか姿を消したと思えば、背後に現れたりと、防戦一方だったわ。あの子を守りながらってのもあったから」
「どれくらい戦ったんだ? 」
と俺が聞くと、
「そんなに長くなかったわ。あいつは最初は私を殺そうとしてたけど、私と戦って、すぐには勝てないと悟ったんでしょうね。攻撃が止んだと思ったら、すぐに姿を消した」
マリヤは目の前のお茶が入ったコップを少し持って匂いだけかいで、また置いた。
「ところで、マリヤよ。フレースヴェルグが見つけたのはよいが、お主はどこからその場所に向かったのじゃ? 」
ヒル子が尋ねる。
「もちろん、自分の城からよ」
俺は驚いて
「城っていうと……もしかして、神話世界のか? 」
「あったり前よ。こんな汚い人間の世界で暮らせるわけないじゃない」
マリヤがさも当然といった風に言う。
「それなら、どうやってこっちの世界に来てるんだ? 」
と俺が言うと、マリヤがマントを留めている胸のペンダントを指さす。
「太陽。あんたも見たでしょうけど、私はこのペンダントの宝石に精霊を宿しているわ。そして精霊が異界への門を開けてくれて、その門を通って私はこちら側の世界に来るのよ」
マリヤがいったいどこで寝泊まりしているのか疑問に思っていたが、そういう理屈だったのか。
「すげーな! そんなことできんのかよ! 」
「まあね。私程になれば、それぐらいできて当然よ」
マリヤが少し自慢げにいう。
「それじゃ、まとめてみたよ」
ホワイトボードに書いていた店長が俺達の方を向く。
「まず一つ目、怪物は、独りでいて無防備な人間をどこからか狙っている」
「そうっすね、俺達が見つけた犠牲者も独りだった」
俺が言うと
「狡猾な怪物じゃのう」
とヒル子も顔をしかめて言う。
「二つ目、怪物は何らかの力で、現実世界とそうでない世界を自由自在に行き来できる」
「本当に厄介な力ね。奴がどこに行ったのかどうか、追うことができない上に、いつどこから来るのか分からない」
マリヤが険しい表情で腕を組む。
「このことから、怪物の居場所を見つけだすのは、恐らく至難の業だと思う」
「じゃが、次現れてもフレースヴェルグとやらが見つけだせるのなら、そこで倒せばよいだけなのじゃ! 」
ヒル子が楽勝じゃ、と言うもマリヤは首を振る。
「そう都合よくいくとは思えないわ」
「なんでだ? 」
「どういう意味じゃ? 」
俺とヒル子が同時に尋ねると、
「なるほど、警戒させたかもしれない、ということかな? 」
店長が言うと、マリヤは頷く。
「ええ。奴は私を警戒しているに違いないわ。だから、次といっても、いつ出てくるか、わからない」
「それにもう一つ懸念が出てくる。もしその怪物がマリヤさんを警戒して、この街以外の場所に行ったら……」
店長の言葉にはっと俺は気づく。
「止められるやつがいねえってことか」
俺はマリヤを見る。
「フレースヴェルグはこの街程度ならどこにいても奴が現れたことに気づくわ。ただ、ここから遠く離れた別の街や島に行かれたら、無理ね」
「なんとかならぬのか! 」
ヒル子がマリヤに言うも
「私がノーデンスと約束したのは、この街を守るってことだけ。ここ以外の場所のことは、私の守備範囲外よ」
「っつうことは。この街に奴がいる間に、仕留めねえといけねえってことか」
と俺が言うと、
「太陽の言う通りじゃ! 何とかして、奴を引きずりださねばならぬ! 」
ヒル子も叫ぶ。
店長も頷きつつ
「こちらからその怪物の場所を特定するのは難しいのであれば、誘き寄せるしかないだろうね。だけど、怪物が警戒しているのなら、誘き寄せるのは、相当ハードルが高いかもしれない」
どうしたら、怪物を誘き寄せることができるのか。
沈黙が漂い、会議が煮詰まった時だった。
「私」
小さな、だけど確かな意思のこもったその声が聞こえ、俺は振り向く。
エルピスがレグルスを抱いて、俺の横に歩いてくる。
「私が囮になる」




