『Hræsvelgr』
「ええと……、それじゃ、みんな揃ったことだし、はじめようか」
ゲームショップEDENの店内で、店長が声をかける。
空気が重い。
店長が用意したホワイトボードの前にあるテーブルの片側に俺、そしてヒル子が不機嫌な顔で座る。
俺は横目でテーブルの向かい側を見る。
テーブルに肘をつき、退屈そうな顔でマリヤが座っていた。
こちらを向いたマリヤと目が合うも、一瞬で目を反らされる。
ついさっきまで戦ってたからなのか、マリヤは俺の眼を見ようとしない。
戦いが終わった後、俺はマリヤをゲームショップEDENに誘い、マリヤは眉間に皺を寄せながらも、頷いた。
この店に来てくれたから、多少は心を開いてくれたのかと思ったが、多分勘違いなのかもしれない。
後ろを見ると、少し離れたテーブルではレグルスがブロックで遊んでいるのをエルピスが見守っている。
「ええと、エルフの女王の、マリヤ様で、よかったかな?」
「マリヤでいいわ」
ぶっきらぼうに答えるマリヤに
「ふん、生意気なのじゃ! 」
とヒル子がキレる。
「は? なんなの? 」
「なんなのとはなんなのじゃ! 生意気じゃから生意気と言っただけじゃわい! 」
ヒル子の子供じみた怒りように、俺は頭を抱える。
マリヤとの戦いで、派手に一撃を食らったせいか、ヒル子は終始、マリヤに対し、キレていた。
「あれだけ威勢よく言っておいて負けるなんて、恥ずかしいのう! 」
「あ? まだ勝負はついてないわよ。それにあんたは私の竜に負けたでしょうが」
「我は本気ではなかったからじゃ! 本気であれば、負けるわけなどないのじゃ! 」
見かねた俺は
「もういいヒル子。話が進まねえじゃねえか」
「何じゃ太陽! こやつの肩をもつんか! 」
ヒル子がぷんぷんと怒る横で、マリヤが仏頂面で前を見る。
収集がつかなくなりそうだったので、困ったような顔で見守る店長に頷き、話を進めるようお願いする。
「それじゃあ、マリヤさん。昨日、怪物と戦ったそうだけど、どんな怪物だったのか教えてくれるかい?」
俺が一番気になる話だった。
マリヤが倒せなかったほどの怪物が、どんな怪物なのか。
ヒル子もまだむすっとしていたが、気になったのか、黙る、
「まず、見た目だけで言えば人型に近いわ。二本足で二本腕。全身が黒い鎧のような硬質の皮膚に、脚まで届きそうな程長い両腕。そして手の先端にはかぎ爪が生えてるわ」
店長がマリヤから聞いた内容を、ホワイトボードに描いていく。
「人型ではあるんだな」
との俺の言葉にマリヤは
「そうよ。ああ、言い忘れたけど、大きさは私とあんたの倍以上あるわ」
「は? そんなにでけえのかよ?! 」
「めちゃめちゃ大きいのじゃ! 」
とヒル子も驚く。
以前戦った四つ腕の巨人程ではないにしろ、かなりでかい。
「素早さの方はどうなんだ? 」
「素早さでいえば私の方が上、けど、奴はそれ以上に厄介な能力がある」
ついさっき戦ったマリヤの凄まじい高速戦闘。そのマリヤですら、倒しきれなかった怪物の能力。
「その怪物はどんな力を持ってるんだい?」
店長が尋ねる。
「おそらくだけど……そいつは空間に穴を開けて、別の空間へと移動できる」
一瞬意味がわからず、ポカンとしているとマリヤが苛々して俺に顔を向けて
「あんた疑ってるわね? 」
「いや、疑ってんじゃねえよ! どんな感じかわかんなくてよ」
と俺が言うと、
「怪物と戦っている時、怪物の姿が消えたと思ったら、いつの間にか後ろにいたり、上にいたり、死角から現れることが何度もあったのよ」
「それは、その怪物がめちゃくちゃ素早いとか、そういうことじゃねえのか?」
マリヤは首を振る。
「テレポーテーションみたいなものかもしれないね」
マリヤは店長の言葉の意味が分からないのか、首を傾げる。
店長の言葉でようやくイメージがしやすくなる。
攻撃しようとしたら、姿が見えない。周囲を見るもどこにも見当たらない。
そして、いつの間にか背後にいた怪物から攻撃される。
確かにぞっとするほど、厄介な敵だ。
マリヤは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
マリヤ自身、怪物を倒しきれなかったのが相当悔しいみたいだった。
俺はエルピスのいるテーブルの方を見る。
これまでにない能力を持った怪物から、街を、そしてエルピスを守るためには、どうすればいいのか。
「そもそもの話、その怪物とやらはどうやって見つけたのじゃ?」
ヒル子が問いかけると、マリヤは素直に言いたくないのかそっぽを向く。
「なんじゃ! 我には言えぬのか!」
とまた喧嘩が起きそうだったので、仕方なく
「教えてくれよ、マリヤ」
と俺が言うと、マリヤはため息をつきながら
「仕方ないわね。ついてきなさい」
と言って、ドアを開けて、店を出ていく。
「なんじゃ、もったいぶってから」
ぶつぶつ言うヒル子。
俺達が、店の外に出ると、マリヤが空に手を伸ばす。
「なんじゃ? 」
電柱の明かりくらいしかなく、空を見上げても、星しか見えない。
「何も起こらんではないか」
と、ヒル子がぼやいた時、それは起こった。
「あれ」
エルピスが夜空の一点を指さす。
羽ばたく音が聞こえだし、それと同時に、風が吹いてくる。
そして広い駐車場につむじ風を起こしながら、突風が吹き荒れる。
「一体、なんなのじゃー!」
と飛ばされそうになるヒルコが俺の髪の毛を掴む。
「痛ええ! 髪の毛をつかむんじゃねえ!」
俺は近くの揺れる電柱を片腕で掴み、もう片方の腕と身体でエルピスを支えながら、叫ぶ。
突風の発生源が、羽ばたきながら、ゆっくりとマリヤの元へ降りてくる。
疾風を起こす巨大な翼と嘴、射るように鋭いその眼。
「鷲じゃあ! 」
ヒル子の言葉のとおり、それは鷲だった。
けれど、普通の鷲以上の大きさのある大鷲より、さらに巨大だった。
たまにトンビを見かけるが、その大きさは比にならない。
マリヤの両肩に大鷲はとまると、両翼を広げマリヤを包み込む。
青い嘴をマリヤに向け下ろし、マリヤが大鷲の嘴を撫でる。
大鷲は威風堂々と、その巨大な両翼を広げる。
マリヤが誇らしげに俺達を見る。
「彼の名はフレースヴェルグ。私の相棒よ」