『F"a"ire』
「太陽! 」
慌てたように叫ぶヒル子の言葉と同時に、マリヤが弾丸のように突撃を駆けてくる。
「イマジナシオン! 」
変身した刹那、胸に衝撃を食らい、俺は吹き飛ばされる。
「っつ。いきなり何しやがる! 」
転がりつつも、何とか立ち上がると
「悠長にしてる場合かしら」
背後から風を切る音がして、マリヤの呟きが耳に入る。
「死ね」
俺は間一髪で背中に剣を背負うように召喚し、槍を防ぐも、衝撃で前につんのめる。
「何をするのじゃ! マリヤ!」
ヒルコの声も無視して、再びマリヤが迫る。
紅い閃光が俺の喉元に向かって飛んでくる。
俺は間一髪で、頭を斜めにずらし、槍を避ける。
「上等だ!」
俺は剣を薙ぐも、マリヤは飛んで難なく避ける。
見失った刹那、背中に衝撃を食らう。
「くそっ!」
俺は攻撃を受けた方向に振り向くも、
「遅い」
地面を流れるような素早い動きに眼が追いつかない。
背後に回り込まれた、と思った瞬間、後頭部に衝撃を食らう。
矢継ぎ早に繰り出される高速攻撃に剣で防ぐことすらできず、鎧が削れていく。
翻弄されている状況で、俺は何とか勝機を見出そうとするが、それ以前にマリヤの姿を追いきれない。
気づけば鎧は破壊され、唯一残った剣を支えにして地面に片膝を突いていた。
「精霊を使う必要もなかったわね」
何もできなかった。手も足もでない。
「あんた如きじゃ、私についてこれない」
マリヤは槍を地面に突き刺し、俺を見下ろす。
「だから……」
「イマジナシオン!」
鎧が修復されて、もう一度俺は変身する。
「本当に、見苦しいわね」
「マリヤにとって、俺が期待外れってのはわかった。けどよお、俺はまだまだ戦える! 」
全身に走る痛みをこらえて、力を振り絞り立ち上がる。
「もう一度だ! 今度は俺が勝つ! 」
マリヤは目を瞬かせる。
「ふーん。なら見せてもらおうじゃない」
マリヤが槍を構える。
「太陽! このままでは、先の二の舞いなのじゃ!」
寄ってくるヒル子。
このままマリヤの攻撃を受け続けるだけじゃ、負ける。
思いだせ、あの時の戦い方を!
「あれをやる! 」
「あれって……ああ! 」
とヒル子が合点がいったように手を叩く。
「あんたらがいくら作戦練ろうが、この私に敵うとでも?」
マリヤが、今にも飛び出そうとする寸前。
「ヒル子! 」
「おうなのじゃ! 」
ヒル子の全身が輝き、光の玉となって、剣の柄の中心にある紋章に宿る。
刀身が赤く染まってゆく。
心臓目掛けて飛んできた槍を受けつつ、思いっきり払いのける。
「力が……増した?」
マリヤが目を細め、剣を凝視する。
「へえ、神を宿したのね」
「まあな」
「けれど、それだけで逆転できるなんて、思わないでよね! 」
突風が吹き荒れ、マリヤが突撃してくる。
「ヒル子、頼んだぞ!」
「任せるのじゃ!」
マリヤの槍が、眉間目指して伸びてくる。
俺は横に飛びながら、躱す。
立ち上がり際にまたもやマリヤを見失うも
『後ろじゃ!』
ヒル子の声と同時に、背後に向けて、腰を使って回転しながら、剣を薙ぎ払う。
「っつ。あんた」
再び、マリヤの槍の一撃を弾き飛ばし、俺はマリヤと相対する。
「へっ。見たかよ」
俺の言葉にイラついたように、マリヤは再び突撃を仕掛ける。
マリヤのスピードには追い付けない。
鍔迫り合いをしつつ、マリヤは空間を動き回り、俺を狙う。
けれど、今の俺なら!
「右斜め後ろ!」
ヒル子の指示通り、防ぐ。
「左じゃ!」
防ぐ。
「真上じゃ!」
何度だって、防ぐ。
例え自分の目で追いつかなくとも、もう一つの眼、剣に宿ったヒル子の眼でマリヤの動き、狙いがわかり、そしてヒル子から俺に向けて言葉を発することなく、ダイレクトに伝われば、戦える。
剣戟の果てに、俺とマリヤはお互い無傷のまま、向かい合う。
「神を自分の目として使うなんて、人間如きがやるじゃない」
マリヤが感心したように、槍を地面に突き刺し、褒める。
「どうだ。これで、お前の攻撃も」
といってマリヤを見ると、ツインテールが逆立ち、憤怒の眼が俺を見る。
「舐めんじゃ、ないわよ!」
マリヤの胸元の宝石が輝きを放ち始める。
「星幽界を統べる精霊王との誓約の下、四大元素の精霊よ! 誓約に従い、我が下へ、馳せ参ぜよ! 」
マリヤの伸ばした両手の間から、炎が吹き荒れ、形と成していく。
『あれは、不味いのじゃ! 』
燃え盛る炎が、巨大な何かとなる。
「あれは……ドラゴンか?!」
炎の牙と咢、そして炎を拭きだす、巨大なドラゴンが上から俺を見下ろす。
『やり過ぎなのじゃ!』
「くっそ、マリヤの奴、完全に頭に血が昇ってやがる⁈ 」
「獲物を喰らいなさい! 炎の竜よ! 」
竜が雄たけびを上げて、上空から俺に向かって突撃してくる。
「ヒル子! 何かねえのか!」
ヒル子はぐぬぬと唸りながら、あ、と言って
『変身を解くのじゃ、太陽! 』
「はあ?! 解くって、どういうことだよ!」
『変身を解いて、我を呼ぶのじゃ! エルピスがいないため長時間は無理じゃが、一瞬であれば、顕現できよう!』
「くっそ、それしかねえってんなら」
『我を信ぜよ! 』
「信じてやるよ、こんちくしょー! 」
俺は剣を地面に突き刺し、
「変身解除! 」
と叫び、鎧が光の粒子となって元の姿に戻る。
『太陽! 唱えよ! 神威顕現、と!』
「神威顕現! 来い! ヒル子ーーーーーー!」
イマジナイトを竜めがけて掲げ叫ぶ。
叫んだ瞬間、全身から力が抜け、俺は地面に思わず膝を突いてしまう。
何とか顔を上げると、オレンジの炎と共に、いつもの半透明でない、完全な姿で、ヒル子が現れる。
「はぁあああああああああああああああああ」
ヒル子が両手を前にし、迫りくるドラゴンの前に、光の壁を展開する。
刹那、炎の竜とヒル子が張った光の壁が激突し、巨大な爆発が起きる。
ヒル子の全身が炎に呑み込まれる。
「ヒル子ぉおお!」
俺が叫ぶと、
『我は大丈夫じゃ! 征け、太陽! 今が好機、見逃すでないわ!! 』
俺はふらつきながらもなんとか立ち上がり、唱える。
「イマジ、ナシオン! 」
騎士に変身した俺は、竜が砕け散り、拡散した炎めがけて、駆け出す。
俺は炎に飛び込む。
鎧越しでさえ、焼けるような熱さの炎を突き抜ける。
ヒル子を顕現させ力が足りないからか、鎧が段々と消えていく。
「間に合えーーーーーーーーーーーーーー!!」
炎を突き抜けた先、驚愕したマリヤめがけて、生身で俺は飛び込む。
予想外に動かなかったマリヤにぶつかる寸前、俺は慌ててマリヤの頭の後ろに手をやり、そのまま倒れ込む。
「っつう。馬鹿野郎! 何でお前抵抗しねえんだよ! 」
俺は慌てて体を起こす。
「おい、大丈夫か! 」
仰向けで倒れているマリヤと目が合う。
「……」
マリヤは無表情で俺を見る。
間近で見て、マリヤのあまりの美しさに、俺は口が開いたままになる。
炎よりもなお赤い紅蓮の髪、そしてあの人と同じ金色の瞳に、魂が吸い込まれそうな感覚に陥る。
無言で俺とマリヤは見つめ合う。
燃え盛る炎に囲まれて。
「……。熱い」