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『愁眉不展』


「あら、また事件なんて……」


 納豆をかきまぜて、卵をぶっかけた朝ごはんを食べていると、キッチンで心配そうな顔で、母ちゃんが呟く。


 嫌な予感がした、俺は母ちゃんに


「事件って? 」


 と聞くと


「身元不明の死体が見つかったって」


 テレビを指さした母ちゃんに釣られて、俺も振り向いて、リビングにあるテレビを見る。


 そこにはテロップと共に見覚えのあるビルが映し出されていた。


「みもと、ふめいってなあに? 」


 横でスプーンを握りながら陽芽が母ちゃんに聞くも


「陽芽はまだ知らなくていいわ。学校の準備をしなさい。友達みんながもうすぐ来るんでしょう? 」


「わーーい! ごちそうさまー! 」


 と言って陽芽が駆けだす。


「ほら。あんたも早く食べて、行きなさい」


 母ちゃんが陽芽の準備を手伝いにリビングを出ていくと、険しい顔をしたヒル子が現れる。


「早く見つけねばのう」


「ああ」


 俺はテレビを見ながら、答える。



 学校が終わると、寄り道もせずゲームショップEDENに向かった。 


 お客も皆帰った後、店長に、昨日の出来事をそのまま話す。


「なるほど」


 店長はじっと顎に手をやり、考えている。


「明らかに、邪神のやつらの仕業なのじゃ」


 ヒル子の言葉に俺は頷く。


「ああ、けど、どんな怪物なのかさっぱりわかんねえ」


 と言うと、店長が


「何か怪物の痕跡みたいなものはなかったのかい?」


 と聞かれるが、俺は首を振る。


「一通り部屋を見たっすけど、殺された人間の遺体だけで、何もそれらしいものはなかったっすね」


「そうか。前回とは違って、怪物は異界ではなく、現実世界に現れて人を殺した、ということだね。それなら何か残ってもいいはずだけど……」


「敵の狙いがわからぬことには、手の打ちようがないのじゃ!」


 ヒル子が憤慨する。


 どうにかしねえと、また犠牲者が出てしまう。


「ヒル子。これから毎晩見回りするしかねえな」


 と言うと


「あてどなく歩いたとて、奴がどこを狙うかわからない以上、無駄足にしかならぬのじゃ!」


「なら、前みたいに、俺が囮になって」


「馬鹿者! どんな怪物が相手かわからぬのに、囮など無策すぎるわ! 」


「じゃあ、どうしろってんだよ!」


 とヒル子が言い合っていると、裾が引っ張られる。


 俺が顔を向けると、エルピスが俺を見上げて、


「はい」


 と言って、お盆を差し出す。そこには、ほかほかの握りたての白いおにぎりが皿にのっていた。少し形は崩れているが、美味しそうだ。


 俺は呆気に取られるも、お腹が鳴る。


 エルピスが、んっとお盆を差し出す。


「エルピスが握ったのか? 」


 エルピスは頷く。


「僕も驚いたんだけど、君のお母さんから教わったみたいでね。僕も中々料理なんてできないから、助かってるよ」


「すごいじゃねえか、エルピス」


「すごいのじゃ! 」


 と俺とヒル子が褒めると、少しだけエルピスの頬が赤くなる。


「お茶をとってくるよ」


 と店長が店の奥に行く。


 俺は椅子に座り、おにぎりを食べる。


「美味しいのじゃ! 」


 ヒル子が頬張り、大声で叫ぶ。


「ありがとな」


 エルピスは、微笑むと、近くのテーブルに座り、レグルスを抱きかかえる。


「にしても、何の痕跡もないとはね。しかも、扉をすり抜ける力を持っているとは厄介極まりないねえ」


 ウーロン茶の入ったコップを店長から受け取り、お礼を言う。


「扉をすりぬけることもできて、どこにでも現れることができるとしたら、いかに太陽君が見回りしたとしても、怪物を見つけるのは至難の業だろう」


 正体もわからない怪物の狙いなんて、わかるわけない。


 でも、このまま見過ごすなんてできねえ。


 どうすりゃいいんだ、と悩んでいると


「そういえば、あの女王は何であの場所がわかったんじゃろうな?」


 とヒル子が言う。


「我らと違って、あの猫神から居場所を聞いたわけでもあるまい」


 確かにそうだ。


 マリヤは何か異変を見つける手段を持ってるんじゃねえか。


「とはいえ、あの様子じゃ協力してくれなさおうじゃがの」


 困ったもんじゃとヒル子が浮かびながら、胡坐をかく。


「お、もう八時。太陽君もご両親が心配しているはずだろうから、帰らないと」


「けど、まだ何も対策決まってねえっすよ」


「それは僕も考えておくよ。明日、またここで話し合おう」


「……っす」


 店を出る間際にエルピスに向けて手を振り、エルピスがこくんと頷き、レグルスが唸る。


 俺は自転車を引いて歩いていると


「八剣太陽」


 と黒猫、バーストが来る。


「私の眷属たちが、見張っている。何かあれば、呼ぶわ」


 そう言い放ち、バーストは夜の闇に消え去る。


「休みなさいっつても」


 どうしようもない無力さを引きずりながら、俺は家に戻る。





 予想に反して、その週、犠牲者が出たというニュースはなかった。


 何度もバーストから呼び出しがないか、夜、窓の外を何度も見るが、静寂だけが漂っていた。


 何もしていないとの焦りもあり、俺は家を抜け出して夜の街で見回りをした。


 頭の片隅に、怪物がいる場所にいけば、もしかすればマリヤもいるかもしれない、と淡い期待もあった。


 だが怪物に出くわすこともなく、当然マリヤも見かけることはなかった。






 週末を迎え、家のリビングでは陽芽がエルピスが来るのをいまかいまかと心待ちにしていた。


「陽兄ちゃん! エル姉ちゃんと猫ちゃんもうすぐ来るかな?! 」


 エルピスと一緒にいるレグルスを猫と勘違いしている陽芽は、レグルスを猫可愛がりしている。


 嬉しそうに部屋を走り回る陽芽を見ながら


「もう少しで来るさ」


 と俺はソファに座って、欠伸をしながら、答える。


 平日の夜を殆ど寝不足で過ごしていたからか、眠すぎる。


『お主に付き合うとるから、我も眠すぎるわ』

 とヒル子がイマジナイトの中で愚痴る。


 ソファでごろごろしていると、ポケットの中で携帯が鳴る。


 開くと、店長からだった。


「もしもし」


「やあ、太陽君。その疲れた声から察するに、寝不足みたいだね」


「っすね」


「今からエルピスを君の家に送るけど、その後、少し時間あるかい? 」


「大丈夫っすけど。何かあったんすか?」


「あとで話すよ」



 三十分後、エルピスを連れた店長が家にやってきて、大喜びする陽芽に見送られ、店長の車に乗る。


「それで、店長」


「ああ」


 店長はハンドルを握りながら、話し出す。


「実はうちのゲームショップの常連さんで、いつも娘さんと一緒に来るお客さんがいるんだ。そのお父さんから今朝、電話があってね」


「まさか……」


「ああ。そのお子さんが昨日から自宅に帰っていないそうだ」


 愕然とする。


「昨日の夜、子どもは外に出かけたんすか?」


「もうすぐ中学生になる子でね。中学受験のために塾に通ってるそうだ」


「受験ってなんなのじゃ?」


 とヒル子が俺の横に現れ、聞いてくる。


「いい学校に入るための、まあ試練っていったら通じるか?」


「まだ子供じゃろ?! 今の子供は大変じゃのう」


 と呑気に言うヒル子を無視して


「送り迎えはどうしてたんすか?」


「もちろん、送り迎えは必ず親御さんがしてた。いつも塾の終わる時には、親御さんが塾に着いているみたいだけど、昨日は渋滞か何かで少し遅れたみたいでね。塾の先生とビルの前で待っててたらしいんだけど、先生が少し目を離した隙に、いなくなってたそうだ」


 ほんの一瞬、目を離した隙にってことか。


「警察には?」


「勿論、警察に連絡して一晩中探した。だが、見つかってないそうだ」


「一刻も早く探さねば! 」


 と、ヒル子が叫ぶ。


「昨日だけは……見回りにいかなかったんだ」


 俺は拳をにぎり、下を向く。


「もし行っていれば」


「君が見回りに行っても、怪物に出くわせたとは限らないよ」


 店長がハンドルを握りながら、横眼で俺を見る。


「今はその子をどうやって見つけだすか、それだけを考えよう」


「っす」


 ゲームショップEDENの敷地内につき、車から降りる。


 店長と一緒に店に入ろうとすると、空が陰る。


 同時に突如、吹き飛ばされそうな程の強風が吹く。


「っつ、なんだ?!」


 俺が言うと同時に、背後に軽やかな靴音が響く。


「あんた達、ほんっっっっっとうに! 役立たずね」


 呆れたような女の声がかけられ、振り向く。


 マリヤが腕を組んで、しかめっ面で俺を睨みつける。

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