『悪夢、再来』
夜の七時頃、俺はゲームショップEDENに到着する。
「太陽、母上には言わなくていいのか?」
「大丈夫だ。一応、推薦対策で先生に与えられた課題は出してるからな。授業中にやった」
「ならよいがの。お主は詰めが甘いからの」
「うっせえ」
と話しながら、俺はEDENに入る。
「やあ。太陽君、いらっしゃい」
店長はテーブルの上で作業をしていた。
「今、大丈夫っすか? 相談したいことがあって」
「おお、気になるね」
俺は店長に、マリヤのことを話す。
「なるほど。そのマリヤというエルフ……の女王の力を借りたい、と」
「そうっすね」
「一応、怪物退治には協力してくれる、のかな。ノーデンスという神様との約束で」
「っすね。けど、」
「それ以上に……予言に語られた運命の姫君なんじゃないか、と
俺は頷きつつも
「でも、それはノーデンスと約束したからであって……多分、その約束を果たせば、あいつは帰ってしまう」
店長は、ホワイトボードの前で腕を組みながら
「ふむ、女王というのなら、治めている国があるだろう、本来王様はそういった仕事はしないと思うのだけど……どうして、彼女はそんなことをしてるんだろうね?」
店長が興味深そうに頭を捻る。
確かに店長の言うとおり、女王であるなら、こっちの世界で戦う理由なんてないはず。
最初はマリヤの態度に苛ついていた。だけど、去り際の目、失望のようなものを感じ宇。
何かを期待してたっていうのか。
でも、一体何を?
俺はヒル子を見る。
「誓約、ノーデンスはそう言ってたよな? 」
「うむ、そうじゃの」
「女王とまで呼ばれる彼女が、戦う理由である誓約。おそらく彼女にとってとても大事だろう。なら、君の力が、彼女の目的にとって、必要である、という風に思ってもらえたら、彼女も君に力を貸してくれるんじゃないかな」
「確かに、そのとおりっすね」
俺はマリヤから力を借りることばっか考えてたけど、そもそもあいつの役に立てることを証明しねえと、協力してくれるはずがない。
「それなら、簡単じゃ! 太陽、お主の強さを、あやつに認めさせてやればよい!」
「ああ!」
と話していた時、自動ドアが開き、黒猫が入ってくる。
「バーストか、なんじゃ」
「悠長に話してる場合ではないの、早く来なさい」
9月も過ぎると、夜は少し涼しくなっていた。
8月に起きた連続失踪事件の時は、常にパトカーが走り回っていたが、今はそんなに見かけない。
俺は、街を疾走する黒猫、バーストを自転車で追いかける。
「いったい、なんなのじゃ!」
ヒル子が尋ねるも、バーストは答えることなく、疾駆する。
住宅街の塀から塀へと飛びながら駆けるバーストを追いかけ十分ほど自転車を漕ぐと、バーストはとある廃ビルの前で止まる。
「ここはなんじゃ? 廃墟か?」
テナントの看板も何も無い、今にも崩れ落ちそうな廃ビル。
バーストは俺とヒル子を見て、一声
「ついてきなさい」
俺とヒル子は顔を見合わせ、ビルの中に入る。
解体工事中の看板を横目に、俺は入る。
「うう、気味悪いのう」
俺はリュックの中にある懐中電灯で照らしながら、ビルを見て回る。
昔のオフィスが入っていたのだろう。
埃にまみれた机やテーブルが散乱する部屋を横目に通路を歩く。
何の気配も感じない。
階段を上り、二階、三階と見て回るも何も無い。
そし四階へと着いた時、淀んだ空気に、嫌な予感がする。
「太陽! 変身しておくのじゃ!」
ヒル子の警告に俺は頷き、
「イマジナシオン!」
と叫び、変身する。
剣を装備し、周囲を警戒しながら、通路を慎重に歩く。
その途中の部屋から、染み出すように嫌な匂いが漂ってくる。
俺は部屋の扉を開けようとドアノブを回すも、鍵がかかっていて、開かない。
俺は力を込め、勢いよく扉を蹴り飛ばす。
大きな音をたて、扉が吹き飛ぶ。
会議室だったであろう、広い部屋だった。
入った瞬間、部屋の奥の壁全体が鮮血で塗りたくられていた
その手前に何かが散乱していた。
視界に入った瞬間、眼を反らす。
何かの肉。
かつて人間だったもの。
人の形をとどめていないそれに、戦慄する。
変身していなければ、見た瞬間、吐いていたに違いない。
「太陽?! これは……」
「遅かったみたいね」
俺は警戒しながら、振り向きざまに剣を構える。
マリヤが、顔をしかめて、後ろからやってくる。
「なんだ、マリヤかよ。脅かすんじゃねえよ」
「あんたが勝手に脅えてるだけでしょ」
マリヤは俺の隣に並んで、目の前で散乱するそれをじっと見る。
俺は周囲を見渡すも、この惨状を引き出した怪物の姿は見当たらない。
眉一つ動かすことなく、マリヤの目は、ただ冷たく、この惨状を見ていた。
俺は怪物がいた痕跡はないかと探すも、それらしい何かは見つからない。
「ヒル子、バースト。何かわかんねえか。怪物の痕跡とかみたいなもんは?」
「いいや、わからんのじゃ」
ヒル子が首を振り、バーストも
「眷属が異変を察知して私に知らせてきたけれど、怪物は事を済ませて、すぐに消えたようね」
と、しっぽを逆立てて、話す。
俺は部屋の周囲を見て回るも、窓は締め切られており、長年開いてなかったからか、埃まみれだ。
入口は、俺達が入った扉だけみたいだ。
「にしてもおかしいのじゃ、扉はしまっていたのじゃ」
確かにそうだ。入口が一つしかなく、窓も閉まっていた。
「どこから入って、どこから消えたんだよ……」
俺達は立ちつくしていると、
「それじゃ、私は行くわ」
とマリヤが背を向ける。
「マリヤ! 」
俺の呼びかけに、マリヤが振り向く。
「何? 」
「協力して、これをやった奴を見つけねえか? それなら」
と最後まで言おうとするのを遮るように、
「お断り。あんたと協力する気はない」
マリヤの言葉に、俺はそれ以上言えなくなる。
「早くこの怪物を見つけないと、犠牲者はどんどん増えるわよ」
どこか他人事のようにそういうと、部屋を出て、そのまま去っていった。
「太陽、どうするのじゃ?」
ヒル子の問いかけに、俺は首を振る。
今、この場で俺達にできることはない。
「一旦、帰って、それでどうするか話し合おう」
「そうじゃな」
俺達はどす黒い悪意の迸るその惨状に背を向けて、部屋を出て、階段を降りる。
「私はもう一度、眷属と一緒に、この辺りを見回る」
とバーストは夜の闇に消えていった。
ビルから出た俺は、夜空を見上げる。
夜空に浮かんだ三日月が、暗雲に覆われていく。
悪夢の再来を、告げるかのように。