『マリヤの秘密』
夕焼けの海が見える。
繰り返し見る夢。
白いワンピースの女性が、麦わら帽子に手を添える。
俺はゆっくりと、その女性、莉々朱さんへ向かって、声をかけようとする。
その瞬間、脚元の砂浜が段々と沈んでいく。
俺は必死に足を動かし進もうとするが、より深みへと嵌っていく。
手を伸ばすも、遠ざかっていく。
嫌だ、嫌だ、嫌だ……
行かないでくれ!
目の前で振り向いた女性の麦わら帽子が風で飛んでいく。
真っ赤な髪と怒ったようなその瞳をした彼女は、
「マリヤ⁈ 」
叫び声と共に俺は飛び起きる。
「はあ。はあ」
いつも見る夢。だけど、今朝思い浮かんだのは
「マリヤ……」
なぜ、あいつだったかはわからない。
怪物を一蹴したあの強さ。そして、あの赤い髪と黄金の瞳。
「くっそ」
俺は首を振る。あの人のことは、考えるな。
考えても仕方ないんだ。
「ふああ、朝かのう」
眠そうにヒル子が現れるのを見て
「おい、ヒル子! 」
「なんじゃ。朝から騒々しいのう」
「俺は決めたぞ。マリヤを仲間にする」
「むむ。まあ、マリヤとやらはあの強さを見れば、そう思うのも無理はなかろう。じゃが……」
ヒル子が眉間にしわを寄せる。
「難しいってのはわかってる。だけど、エルピスを護るためには、彼女の力が必要だ」
「確かにのう」
と喋っていたら、
「太陽! 月曜日よ! あんた学校でしょ!」
1階から母ちゃんの怒鳴り声が聞こえる。
「やっべえ!」
俺は大慌てで階段を駆け下りる。
朝飯を急いで食って、陽芽の声を背中に、俺は勢いよく外に出る。
自転車を漕ぎながら、ヒル子と話す。
「まずはあやつの目的について知らねばならぬの。何故、あやつがこちらの世界にやってきたか」
「そうだな」
俺はマリヤとの最後の会話を思い出す。
「そういえば、ノーデンスとの約束とか言ってたよな」
「ほお! そういえばそうじゃったの!」
それに、あいつはノーデンスの頼みなら、怪物との戦いには参加するとは言っていた。
それなら、
「次、怪物が現れたところに、あいつも来るはずだ。その時に頼むっきゃねえな」
夕方。授業が終わるやいなや、教室を飛び出る。
「ヒル子。ノーデンスに聞かなきゃなんねえことがあるな」
「そうじゃのう、あやつのことだ。どうせ色々隠しごとをしているに違いないわい」
俺は駐輪場で自転車に乗り、学校を出る。
高鷲町へと続く橋を渡り、象さん公園に着く。
公園に入る、
「早速ノーデンスを呼び出すのじゃ!」
俺は頷き、辺りに誰もいないことを見て、左手のイマジナイトに向けて
「ノーデンス、話してえことがある」
と呼びかける。返事は中々無かったが
「八剣太陽。何の用事だ? 」
「あの空間に入れてくれ。あんたに聞きてえことがあんだ」
「……よかろう。しばし待つのだ」
その言葉から少し経って、空間が歪み、門が現れる。
俺はヒル子と一緒に門に飛び込む。
だだっぴろい空間に、俺とヒル子が待っていると
ノーデンスの影が現れる。
「話したいこととは、女王のことか」
「そうだ。マリヤは何者なんだ? 」
ノーデンスは髭をいじりながら、無表情であったが
「先日、話した通りであるが。エルフという存在自体は知っているな?」
「ああ。ファンタジーの本や映画で知ってるくらいだけどな。人間よりも遙かに生きて、弓矢が得意みたいな」
「人間界にもある程度膾炙しておるようだ。神話世界のエルフとは、とある神話に語られている。精霊、それは火、水、雷、風。世界を構成する四大元素であり、それら精霊を友とする、人間よりも神に近しい存在が彼らエルフである」
「ほほう。それに、あの者は女王じゃと言っておったのう」
ヒル子の言葉に
「そうだ。だが、女王というのは、些か早計かもしれぬがの」
「どういう意味だよ?」
俺が尋ねるも、ノーデンスは黙ったままで答えようとしない。
ヒル子が畳みかけるように
「そういえば、マリヤは言ってたのう。ノーデンス。お主との約束がある、と」
ヒル子の問いかけに対して、ノーデンスは首を振る。
「それについては言えぬ」
「何でだよ!」
「誓約を交わしておるからだ。内容について、儂が言うことはできぬ」
「誓約……」
マリヤが戦う理由は、ノーデンスと交わした誓約とやらのせいなのか。
「なら、予言についてだ。あんたは言ったな。運命の姫君を探せって。マリヤは、運命の姫君なのか? 」
俺の問いかけに、ノーデンスは
「それはわからぬ。予言は運命の姫君が誰であるかを指し示しておらぬ。無論、マリヤがそうであるとは限らぬ」
「なんじゃ! 全く当てにならんではないか! 探せと言っておきながら!」
ヒル子がキレるも
「予言は、これ以上を語らぬ。しかし……」
ノーデンスは黙り込む。
「んだよ、何かあるのか?」
「いいや。残念だが、これ以上、お主らに話せることは、今はない。女王について知りたいのであれば、直接、本人に尋ねてみるがいい」
そう言うと、ノーデンスは消え去り、空間が崩れ去っていった。
「ちっ。あの野郎」
と俺は苛立つも
「まあ。これに関しては、マリヤに聞くしかないというのも、悔しいが正しくはあるかもしれぬのう」
「んだと!」
「仕方なかろう! 誓約で喋れぬというのなら、致し方あるまい! 」
俺は言い返そうとするも、ヒル子と言い争っても仕方ない、と自分を抑える。
「なら、どうすりゃいいんだよ」
「今はこれまでどおり、女神の守護者として、戦うしかなかろう。そこで、マリヤと会った時にマリヤと話すことができれば、何か糸口が見つかるはずじゃ」
「話せたら、だけどな」
最後に会った、マリヤのあのつんけんとした態度から、中々上手くいきそうには思えない。
「それに、独りで悩まずともよかろう、お主には今は仲間がいるのじゃ」
確かにヒル子の言う通りだ。
「そうだな。よし、EDENで作戦会議だ!」
俺は自転車に乗り、店長のいるゲームショップを目指す。
男の荒い息が、暗い通路に響き渡る。
普段走らないせいか、息がすぐに上がる。
階段を駆け上り、何度も後ろを振り返る。
どうして、こんな目に遭うんだ。
いったい、あれはなんなのだ。
あんな生物、見たことない。
昔、テレビで見た子供向けの特撮番組を思い出す。
現実にいていい存在であるはずがない。
男は通路の中ほどにある扉を開け、部屋に飛び込むと、手近な隠れ場所を探す。
とその時、何かがひび割れるような音が後ろから、聞こえ、男は凍り付く。
背後を振り返り、絶望のあまり男はその場でしゃがみ込む。
現れ出たものを見上げ、男は懇願する。
「やめろ、やめてくれ……」
ゆっくりとそれは男に近づいてゆく。
男が叫ぼうとした瞬間、喉から血が迸る。
目の前にいる、形の定まらない、その虚ろな顔に刻まれた皺が歪む。
男の頭と胴体が離れる間際、男はようやく気付く。
底知れぬ悪意に、理由なんて無いことを。