『姫君候補』
「太陽。あの娘、朔耶をどう思う? 」
俺とヒル子は朔耶を落ち着かせた後、朔耶に暇を告げ、境内を歩きつつ、話していた。
「どう思うって……」
「お主は何も感じなかったのか?」
朔耶の姿を思い出す。
若葉色の眼がぱっちりして、背中まで伸びた長髪。それにセーラー服という格好も相まって清楚そのもの、大和撫子といった感じだった。
「まあまあ可愛いなとは思ったけどよ」
俺は気恥ずかくなり、誤魔化すように言うと。
「全くこの鈍感者が。否、お主だからその程度ですんだのやもしれぬの。あの娘、尋常でないほど清浄な霊気を持っておる。並みの人間であれば、容易く心を引き寄せられるじゃろう。その証拠にお主も校門で見たじゃろう。あの娘に数多くの人間が群がっていたことを」
朔耶を初めて見た時の光景を思い出す。
「言われてみればそうだったぜ。聖心女子学園の生徒だから男子が寄ってたかって見物にいったくらいだと思ったけどな」
「古代の巫女と遜色ないくらいじゃ。あれでは好からぬものも寄ってくるに違いないわい」
ヒル子が腕を組み、唸る。
「巫女の中でも稀に神の依代としての適性が凄まじく合う者もいるのじゃが。あの娘……もしや古の巫女の生まれ変わりかもしれぬのお」
「生まれ変わりって、そんなのあるのか?! 」
「憶測じゃが、そうとしかあれほどの霊気を宿している理由は考えられぬ。それにあの娘は、我にとっても必要な存在かもしれぬ」
「どういうことだよ?」
「先の戦いで、我は姿を取り戻すことができたものの、それはエルピスの異界という場とエルピスの力があってこそなのじゃ。現状エルピスがいない時には、こうしてお主の左手首にあるイマジナイトを依り代として、霊体という半端な姿で顕現するのが関の山じゃ。だが、もしあの娘、朔耶が依代として我に力を貸してくれれば、我は力を十全に発揮することができる。可能性の話じゃがな」
「もしおめえの言うとおりなら、朔耶の協力は」
「うむ、必須じゃのう」
俺は朔耶の話を思い返す。
「なあ、朔耶の言っていた、何度も尋ねてきた女たちってのはもしかして」
「十中八九、邪神の手先の人間じゃろう。スターウィズダム、といったかの。それにあの弟が目覚めぬ理由もわからぬ。何かの呪いがかかっておると見るのが筋じゃが……」
ヒル子に頷きつつ、朔耶とその弟の健太を思い出す。
大切な人を人質にするというそのやり口に、俺は奴を思い出さざるを得なかった。
「ニャルラトテップ……」
俺は拳を強く握りしめる。
「ともかくじゃ! 朔耶もノーデンスの予言の中にある運命の姫君の一人やもしれぬ。一旦帰って、呪いについて調べてみるのじゃ! 」
俺は振り返り、神社をもう一度見る。
あの中で、目覚めぬ弟の傍で独り泣いている朔耶を想像した時、俺の肚は決まった。
「ああ。絶対に助ける」
二学期に入ってから初めての週末を迎えた。
昼頃まで寝た俺は、母ちゃんの作り置きの昼めしのそぼろ丼を急いでかっこむと、家を出て、自転車を漕ぐ。
ゲームショップEDENに到着した俺は、店内に入る。
「やあやあ、待ってたよ」
店長がおおいと手を振る。
店内は大勢の子供達が集まって、テーブルの上でカードゲームをしていた。
エルピスはエプロンを羽織って、カードの入った小さな箱を両手に抱えて机に並べていた。
「エルピス! 」
俺はエルピスに声をかけると、エルピスが俺の方を見ると、とことことやってくる。
俺は近寄ってきたエルピスの頭を撫でると、エルピスは眼を閉じる。
唸りながらやってきたレグルスに持ってきた魚肉ソーセージをやると、大喜びをする。
「エルピスちゃんには本当に助かってるよ。人数も多い大会だと私一人では手が回らないからね」
店長がにこにこと笑う。
「店長。話したいことがあるっす」
俺の言葉に店長は子供達の方を見て
「それじゃ大会が終わってから話そうか。ちょっとかけて待っててくれるかい。」
夕方、高いも終わり子ども達も帰り、お客さんもいなくなった頃、俺は店長にノーデンスから聞いた話をする。
「予言、そして運命の姫君……」
「そうっす」
ガラステーブルの上で、俺とヒル子、それにエルピスは店長にもらったクッキーを食べ、レグルスはエルピスの膝の上で寝ている。
「それでマリヤっていうエルフの女王と、美夜図朔耶っていう聖心女子学園の女の子と出会ったんすよ」
店長は黙って最後まで聞くと、口を開く。
「現時点では、彼女達が予言の中の運命の姫君の候補者ってことかな。彼女達の力は是非とも借りたいところだね」
店長がヒル子を見て言うと、
「うむ。その者のいうとおりじゃ! エルピスを護るため、強大な邪神を相手するには、太陽独りだけでは足りぬ。仲間が必要じゃ!」
ヒル子の言葉に、俺は自身の力量不足を感じ悔しくなる。
「僕もヒル子様の言うとおりだと思うよ。君が独りで背負うことはないんだ」
「まあ、それは俺もわかってるんすけど。ただ……」
俺はあの人のことを思い出し、手のひらを見つめる。
力を借りることができれば、それで本当にいいのか。
「ただ聞く限り、彼女達は素直に力を貸してくれそうではなさそうだね」
店長が奥の方に行くと、ガラガラとホワイトボードを持ってくる。
「マリヤさんというエルフの女王様は力を証明するよう、言ったんだね」
俺は頷く。
「そして、朔耶さんは……」
「弟、健太を目覚めさせることじゃな! 」
店長がホワイトボードに書く。
「ヒル子様から見て、その朔耶さんの弟の健太君が眼を覚まさない理由については何かお分かりのことはありますか?」
「いいや。あのような呪いについて我にもわからぬ、が……」
苦そうな顔をするヒル子に
「何だよ、その顔。何か当てがあるのか?」
「むむむ。あの猫、バーストなら何かわかるかもしれぬと思ったのじゃ……が、あやつに尋ねるのは我の性に合わぬ!」
「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ」
と俺が言うと、ふんとヒル子がそっぽを向く。
「あ、そうだ! ちょっと待っててくれるかい」
店長が何か思いついたかのように店の奥に行って、その手に丸めた新聞をもってくる。
「ここを見てくれないかい」
俺とエルピス、そしてヒル子は店長が開いた新聞の指さされた箇所を見る。
「ほう、でこれは何て書いてるのじゃ?」
「大学生が行方不明って……」
「日付をみてごらん」
俺は日付を読み上げる。
「八月七日って……俺とエルピスが出会った日じゃねえか!」
エルピスが俺を見て、頷く。
「九月になっても、未だに行方不明のまま。そしてこのビーチはそれ以来、閉鎖されている。姫君と直接関係あるかはわからないけど……どうだい? 気にならないかい? 」
俺とエルピスが出会った日に、何ものかが海にやってきていた。そいつはまだ誰にも見つからずそこに潜んでいるのだとしたら……
「放っておくわけにはいかねえ」
俺の言葉にヒル子が頷く。
「なら、やることは一つじゃのう! 」
ヒル子がにいと笑い、俺は頷き、立ち上がる。
「ああ! 行ってみるっきゃねえな! 」




