『戦乙女』
「太陽! 来るのじゃ⁉ 」
ヒル子の警告と同時に、左手首のイマジナイトが展開し、警告の光を放つ。
俺は空を見上げると、茜色の空が、禍々しい色へと染まっていく。
背筋を怖気が走るも、目の前の彼女は腕を組んで、動じることなく空を見上げる。
異界へ変貌していき、空に亀裂が入ると同時に天蓋から、絶叫が迸る。
裂け目から漆黒の何かが這い出ようとしている。
「何か出てくるのじゃ! 」
それは漆黒の蛇であった。
否、ただの蛇とは違う。
頭が這い出て、そのすぐあとに、空を覆う程の巨大な水かき状の翼が広がっていく。
「空を飛ぶ、蛇? 」
全て這い出たその翼を持つ蛇の怪物は、つんざくような金切り声を上げ、俺達を見下ろす。
心を凍てつかせる恐怖を振り払うように、俺は左腕を高く空へと伸ばし、叫ぶ。
「イマジナシオン! 」
即座に変身した俺は、左手に召喚した剣を持ち、構える。
「お手並み拝見ね」
目の前にいる彼女に構っている場合ではなかった。
怪物は全身をくねらせ、急降下してくる。
「おらぁああああああああああああ」
と飛び上がり、迫る怪物めがけて剣を振り下ろすも、身をくねらせた怪物の素早い動きで避けられる。
「なっ?! 」
空振りし下降しつつある俺の背後に来た怪物が牙で噛みつこうとで突っ込んでくる。
俺は無理やり身体を半身にし剣で防ぐも、怪物の勢いを抑えきれず橋に落下する。
「くっそがぁああ」
つんざくような声が精神をかき乱す。
だが、
「てめえより、もっとやばい奴と戦って来たんだよ! 」
俺は剣を構え、橋を駆けあがり、もう一度飛び上がったその時、
「いかん! 太陽、左じゃ! 」
奇声が聞え、俺は左に顔を向けようとした瞬間、衝撃を受けると同時に何かに縛られる。
いつの間にか現れたもう一体の怪物が、俺の全身を縛っていた。
「もう一体、だと?! 」
縛られ、身動きが取れない俺はヒル子に叫ぶ。
「ヒル子! ホノカグツチを! 」
「忘れたのか! あれはエルピスがいなければ顕現できぬ! 」
「くっそ、そうだったぜ! 」
俺は何とか抜け出そうとするも、蛇のとぐろの中心で、万力のように締め上げられ、鎧が軋み始める。
絶体絶命の危機に陥ったその時
「この程度なの? あなたの力って」
いつの間にか橋のてっぺんに彼女は立っていた。
彼女に気づいたもう一体の怪物が、奇声を上げ、彼女に向かって飛んでいく。
「逃げろ! 」
俺が叫ぶも、彼女は涼しげな様子で、迫りくる怪物を見つめる。
「見てなさい、人間」
怪物の咢が迫る直前に、彼女は大きく後ろに向けてバク転し、大空へ飛び上がる。
可憐に流れる燃えるような紅の髪が、眼に焼き付く。
空中で彼女が目を閉じ、胸元の中心にある赤色、青、青、緑、茶の4つの宝石に手を当てる。
そして、顔を上げる。
「星幽界を統べる精霊王との誓約の下、四大元素の精霊よ! 誓約に従い、我が下へ、馳せ参ぜよ! 」
彼女が叫ぶと同時に女の胸元の中心にある四つの宝石が、光りだす。
「精霊召喚! サラマンダー! 」
彼女の胸元の宝石から、炎が溢れ出し、それが蛇の形を取る。
「あれは?! 」
「な、なんじゃあ?! 」
ヒル子と俺は驚く。
溢れ出した炎が形を成す。それは巨大な炎の蛇となって、空飛ぶ怪物を巻き込む。
「すっげ……」
俺は思わず見とれる。
一体の怪物は燃え盛る炎の蛇に巻き付かれ、身動きが取れず、叫ぶ。
俺を縛っていた怪物がとぐろを緩め、俺は落下するもなんとか着地する。
炎に絡まれた怪物を助けに俺を縛っていた怪物が奇声をあげながら彼女に迫る。
「シルフ! 」
彼女を中心に竜巻が現れ、迫ってくる怪物が風に阻まれる。
竜巻の天辺から、彼女が飛び上がる。
炎の蛇に縛られた怪物は、その顔を彼女の方に向け大きく咢を開く。
周囲の空気を吸い込んだ直後、その口から炎が閃光のように放たれる。
「危ねえ! 」
彼女は軽くそちらを一瞥し、左手を前に伸ばし叫ぶ。
「ノーム! 」
彼女と閃光の間に巨大な岩石が現れ、それを防ぐ。
「ウンディーネ! 」
呼びかけと同時に現れたのは、水でできた人魚の群れだった。
人魚たちは怪物の周囲を飛び周り、一気に弾けると、水の檻が怪物を中に閉じ込める。
空を舞うように風で浮いた彼女は、炎に縛られた怪物と、水の檻に閉じ込められたもう一体の怪物を見下ろし、嘲笑うかのような表情を浮かべる。
二体の怪物向けて伸ばした両手を狭めていくと、離れていた怪物が無理やり近づいていく。
「弾けなさい! 」
二体の怪物がぶつかる瞬間、水と炎が光を放ち、爆発する。
ぶつかった二体の怪物が爆発の衝撃で苦悶の叫びを上げ、真っ逆さまに落ちてゆく。
巨大な槍を手にした彼女が、疾風を背に受け、怪物達めがけて飛んでいく。
「これでぇええええええええええ、お終い!! 」
彼女は槍を大上段から振り下ろし、二体の怪物の首を一気に落とす。
怪物の身体が俺のすぐ傍に落ちてくるのを、転がって避ける。
空からマントを翻し、彼女が怪物の切り落とされた頭の上に着地する。
彼女が立ち上がると、鮮やかに煌めく紅の髪がなびく。
「ふう。眷属程度じゃ、相手にならないわね」
マントを払いながら、怪物の体の上で、俺を見下ろす。
「あんたは一体……誰だ? 」
腰に手をやり、自信満々な笑みを浮かべた彼女は答える。
「私の名前は、マリヤ。マリヤ・レーヴァヒルド。神話世界の最後の戦乙女にして、エルフ族を統べる女王よ」