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『二学期』

「もう我が儘いわないの、陽芽! 」

「いや! いや!! 」


 母ちゃんが怒るも、陽芽が泣きながらエルピスを抱きしめ、離れようとしない。


「エルピスちゃんはまだ日本にいるんだから、また週末になったら会えるわよ」


「それでも、いやーーーーーーーーーー! 」


 学校に向かって、家を出る直前。

 エルピスは約二週間のホームステイを終え、叔父という設定になっている店長の店舗兼自宅に移ることを知った途端、陽芽が泣き出した。


 エルピスが陽芽の頭を撫でる。


「また、遊ぼう」


「……ほんとう? 」


 エルピスがうんと頷く。


 すると、玄関のチャイムが鳴る。


「太陽! 」


 俺は玄関のドアを開けると、


「おはよう、太陽君」


 と店長がスーツ姿でやってきた。


「まあ、おはようございます!」


 母ちゃんが出てくると、店長は手にした紙袋を手渡す。


「うちのエルピスが大変お世話になりました。こちら、たいしたものではありませんが」


 と母ちゃんにお礼を言うと、


「いえいえ、本当に素直で良い子でしたわ」


 と二人が挨拶をしている間に、エルピスが母ちゃんからもらったお菓子や衣服といった荷物が入ったリュックをもって、俺の方に来る。


「準備できたか? 」


 エルピスは頷く。


 玄関を出たエルピスが、店長の車に乗り込む。


 運転席に乗った店長は、エルピスが車に乗ったことを確認すると


「それじゃ、行こうか。太陽君、君はこれから学校かい? 送っていこうか?」


「いや、大丈夫っすよ。チャリで行くんで」


「そうかい。それなら、エルピスはうちで預かることにするよ。レグルスも寂しがっていたからね」


 いつの間にかレグルスがエルピスの膝の上で丸まって、撫でられながら気持ちよさそうに寝ている。


 帰り際、車の中でエルピスが寂しそうな瞳をしていた。


「また会えるさ」


 と言うと、エルピスが頷き、車が動き出す。


「エル姉ちゃん! また遊びに来てね! 約束だよ! 」


 玄関を飛び出た陽芽が、ずーっと手を振っていた。


 母ちゃんが俺に向かって


「ほら、太陽。あんたもぼーっとしてないで! 遅れるわよ」


「うっし。じゃ、行ってくるぜ」


 俺はエルピスの乗った車を見送りながら、自転車で学校に向かう。




 俺が通っている土佐高校は、家から自転車で漕いで30分近くかかる、高知市の中心部にある。


 いつもはコンビニによって軽く週刊漫画を立ち読みしてから行くのだが、流石に2学期初日から遅刻はまずい、と思い、そのまま直行する。


 残暑の中、汗だくになりながら学校の駐輪場に辿り着き、自転車を止めて急いで教室に向かおうとすると、後ろから陽気な声を掛けられる。

「おーっす、太陽、元気か? 」

 俺は自分を呼ぶ声に振りむく。


「おお、健司じゃねえか! 」

 俺は挨拶をしてきた背が180センチ以上あるひょろっとしている男の肩に元気よく肩をぶつけにいく。クラスメイトであり友達の鏑木健司は、細目でにっと笑いながら、ぶつかり返してくる。


「うぇーい。って痛いわ。太陽、お前ごついんだから加減してくれよ」


「悪い、悪い」

 俺は謝りながら、健司と共に下駄箱に向かう。


「健司、夏休みはどんな感じだった? 」


「もう毎日予備校で勉強よ。ほんまきついわー。まあ受験だからしゃあないんだけどな。周りの雰囲気も殺気立ってるしな」


「へー、大変だな」


「太陽は……ってそうか。インハイ行ってスポーツ推薦とれたんだっけか。まじ羨ましいわー」


 健司が長く細身の腕を伸ばし、俺の肩をバシンとたたいてくる。


 俺は健司にニヤッと笑う。正確に言えば推薦といっても面接や小論文もあるのだが、それは言わなかった。


「じゃあ、さぞ最高の夏休みだったんやろな。毎日遊んでたんだろ?」


 健司の何気ない問いかけに、俺は一瞬言葉が詰まる。


「ん、どうした? 」


健司が不思議そうに見てくるのを、誤魔化すように俺は


「いやぁ、そうだな。基本毎日朝から夜までゲームして遊んでたぜ! 」


と自慢げに言うと


「てめえ! 」


と叩かれる。


 俺と健司は教室に着き、久々に会うクラスメイトに挨拶をして席につく。


 薄い頭髪と擦れたセーターを着たよぼよぼの爺さんの担任教師である小暮先生が入ってくる。ホームルームで家庭の都合で急遽転校した生徒がいるといった驚きのニュースがあったが、それ以外は特になく、授業が始まる。


 俺は教室の窓際の一番後ろの席で教科書を見るふりをしつつ、ひじを立て、窓を見る。


 空を見ながら、俺は脳裏に浮かんだ何かを消し去るように、頭を机に着ける。


 

 気付けば、あっという間に6時限目が終わり、放課後になる。


「太陽、帰ろうぜ」


 健司はエナメルバッグを背負い、俺の席の前まで来て、俺達は一緒に教室を後にする。


「ったくよお。今更授業なんかかったるいったらありゃしないぜ」


 健司がぼやく。


「予備校はそんなに進んでんのか? 」


「まあ進んでるっていうか、もう模試ばっかしだな。夏休みも終えたからよ。いまさら授業なんてやってる場合じゃねえしな」


「はーん」


「ったくよお。ほんと気楽そうだな、太陽は! 推薦が本当に羨ましいぜ! 」


 と俺と健司は駄弁りながら、下駄箱からシューズに履き替え、玄関前の階段を下りる。


「まあな。けど、小論文とかあんだけど、全く対策してなくてよ」


と正直に言うと


「まじか! おめーも余裕ぶっこいてる場合じゃねーんじゃねーのって……、おい、太陽。ありゃなんだ?」


 健司が指さした先は、校門だった。


 その校門前に、人だかりができていた。


「芸能人でも来てんじゃねえのか?」


 俺たちが近寄ってみると、人垣の上から、見慣れないセーラー服を着た女子高生が見えた。


 夕日に染まる琥珀色の髪が背中まで伸びている。


 胸元に赤いリボンのつけた純白のセーラー服に、爽やかな水色のスカート。


 両手で手提げバッグをもった彼女は、どこか恥ずかしそうにもじもじしている。


「お、ありゃ聖心女子学園の子じゃねえか! 」


 健司が興奮している。


「なんでわかんだよ?」


「あのセーラー服見りゃわかんだろ! 名だたる名家の子女が全国から集うとされる、超ハイクラスのお嬢様学校だぜ! 俺なんて門に近づいただけで警備員に囲まれたわ」


 通り過ぎる学生もじろじろと見ている。


健司が腕まくりをしながら


「よっし。ここはいっちょ俺が手取り足取り」


「馬鹿野郎。てめえが行ったら、捕まるだけだっつうの 」


 と健司の肩を押さえる。


「はっなっせ、太陽! こんなチャンス滅多にねえんだぞ」


 男子学生に矢継ぎ早に話しかけられ、困っていた女子高生が顔を上げる。


「太陽、さん? 」


 そして俺と目が合ったその子が、大きく声をあげる。


「太陽さん! 」


 女子高生が俺の目の前まで駆け寄ってきて、心臓が大きく高鳴る。


「は? おいおいおい、太陽! どういう関係だ?! 」


突っかかってくる健司をいなしつつ、頬を染めた少女の顔を見て、どこか既視感を覚える。


「覚えていらっしゃいますか? 私のこと……」


 両手を握り、俺を見上げる女子高生の、揺れる若草色の瞳を見て、俺は思い出す。


 夏休み、雨が降りしきる神社の境内。


 闇に呑み込まれかけ、俺が引っ張り上げたあの女子高生だった。


「君は……確か、あの時の」


「はい! 覚えててくださったんですね! 」


 と言いながら、手持ちのスクールバッグをいそいそと開け、白い封筒を取り出す。


 俺を見上げた彼女は逡巡するも、決心するかのように大きく息を吸い込んで、次の瞬間


「受け取ってください!! 」


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