運命の端
(大戦かぁ……)
ジジババ勇者パーティーが観戦をしている最中、勇者と剣聖の先輩であるオスカーは自分の店で黄昏ていた。
(ある意味では純粋な時代だった。それは間違いないね)
ペテン、虚栄、虚飾を司る神の末裔として、その力の切れ端程度なら所持しているオスカーは、かつての大戦期はあまりにも純粋な時代だったと思う。
力がなければ死ぬ。強くなければ死ぬ。
どう言い繕っても力こそが至高であり、そこに見栄や虚栄心が入り込む余地などなかった時代だ。
(大魔神王もなあ……)
それを引き起こした大魔神王もまた、そういった虚栄とは無縁だった。殺すと思ったから殺す。滅ぼすと思ったから滅ぼす。絶やそうと思ったから絶やす。
そこに嘘や脅しなどなく、ただ純粋な力という暴力を振るった神こそが大魔神王だ。
(全く。遠い先祖め)
オスカーは自分の遠い祖先である神々に文句の一つでも言いたい気分だった。
横紙破り、欺瞞、嘘、自分にとって都合のいい解釈と契約こそが、オスカーの先祖を含めた一部の神の専売特許だった。
そのせいで大方の神々と敵対した上に、大魔神王が立ち上がる遠因の一つにもなっているのだから、オスカーの文句は当然の権利と言えた。
(って言うか昔の大魔神王ってどんだけ大人しかったんだ? 先祖を含めて大方の神から下に見られてたとか信じられないんですけど!)
そしてこのオスカー、今となっては知る者が少ない、大戦前ではほぼ全ての神々が大魔神王を侮っていたことを知っていた。
勿論今となってはそんなことなどありえず、最強の神は誰かという議論では真っ先に挙がる名となっているが、大戦前では大魔神王の存在すら知らない人間が多数いたほどだ。
(極端に記載のない神ではあったけど……)
なにせ大魔神王は神々を称える古代書にも、本当に僅かな記載があるだけで、大昔の神学者の中には実在しないのではないかと疑われていた存在だった。
(でもまあ、後から好き放題言うけど、人も神もちょっとは疑うべきだった。人にとって理解を超えているから記載できない。神にとってすら訳が分からない存在だったのではないかって)
天井を見上げるオスカーは僅かにブルリと震える。
世界の全てに、生き残った僅かな神々にすらトラウマを刻み込んだ大魔神王への恐怖は、普段はおちゃらけているオスカーすら持っている。
だからこそ偉大なのだ。
本気も本気で青空を取り戻し、命を存続させてみせると立ち上がったフェアドと、彼と共に戦い抜けて大魔神王を打倒した勇者パーティーは。
(多分、勇者の名に辿り着くための道はもうない。数千年後、勇者の名と意味が軽くなって乱立することになれば猶更だろうね)
現代において大戦程の脅威がない以上、オスカーは勇者になるための道はないともうないと思った。
恐るべき様々な権能、御業、異能を有無を言わさず圧殺し続け、ついには終着の大暗黒すら凌駕した男の道より険しいものなどオスカーには想像できないのだ。
もしあるとすれば、誰もが予想だにしない外からの脅威か、忘れ去られた過去が現代に迫った時だけだろう。
そしてオスカーは、遠い未来では自分達が勇者という名に抱いた希望も忘れ去られ、ただ凄いから名乗っている称号になり果てるだろうと考えていた。
(よし! 昔の話は終わり! 仕事だ仕事!)
後輩の偉業に思いを馳せていたオスカーだが、彼には武器屋の店主という仕事がある。
それにこの時間帯は、目立つことを避けるため闘技場に人が集まっている隙を突いて、高名な人物がやってくる可能性もあったので、店主がいつまでもいないのはよくなかった。
(あ、どうもお客さんいるなあ!)
実際、王都全体が武芸者大会で盛り上がっていても客が来ているようだ。
「はーい、いらっしゃいませー! 勇者と剣聖の先輩である僕の店にようこそ!」
そしてある意味で散々な目に会っても、オスカーはいつも通りのセリフで客を迎え入れた。
もしここにマックスがいれば、奇妙な縁があるなと思っただろう。
「え!?」
驚いた声を漏らす青年、名をテオ。
「勇者様と剣聖様の先輩?」
首を傾げている少女、名をミア。
他の女性陣はそれぞれ、大きな鎧を着こんだフレヤ、弓を背負ったアマルダ、軽装のエリーズ。
迷宮都市においてマックスと一瞬だけ出会い、ドラゴン擬きを討伐した高位の冒険者チームの面々だ。
「君達も気軽にオスカー先輩と呼んでいいんだよ!」
そんなことを知らないオスカーは七十年以上前に、田舎の青年と酔っ払いへ声を掛けた時と同じ言葉を吐き出す。
もしこの場に最高位の神がいれば、今度は勇者の卵の資格がある人間の先輩かとオスカーを笑っただろう。
ある意味そういう巡り合わせのエルフこそがオスカーなのかもしれない。ひょっとするとその内、グリア学術都市にいる運命の申し子、フランツにも出くわす可能性もあった。
「困ったことがあったら先輩である僕に相談してもいいよ!」
それはそうと、こういったことをするから色々と焦げ付き……運命の渦に巻き込まれてしまうのだ。




