武芸者の掟
リン王国武芸者大会。
恐らく世界で最も有名な武芸者の大会であり、第一回が開催されて軽く百年は経過している歴史ある催しだ。
開催地は王都の中心地にある巨大な円形闘技場なのだが、王都のど真ん中にそんなものを築いただけでも、いかに当時の王、つまりマックスの祖父が武芸者の試合に熱中していたか分かるというものだ。
そんな大会だからこそ、各所から名のある猛者が自らの力、もしくは流派の名を世に広めるため参加していた。
「“極北の銀閃”が来てるって?」
「向こうには“雪月光”がいた」
「おい、あいつは“天空剣”じゃないか?」
煌びやかな異名を持つ猛者達。
様々な男女は誰が見ても達人だと分かる武威を放ち、経験に裏打ちされた強さを持つ老人、才能で成り上がった若き天才など、年齢は関係なく強者は強者だと街の者達に刻み付ける。
ただやはりと言うべきか、大戦中はあだ名に近かった二つ名は、時代が進んだことで華やかなものになり、少々の虚飾を生んでいた。
それに二つ名や流派の名前が似ているというだけで争いの原因になるなど、ある意味で余裕があるからこその事態も稀に起こっている。
そんな武芸者達だが少なくとも現代において絶対に、絶対に名乗らない二つ名が複数ある。
もし名乗ってしまえば、最悪の場合は最も高名な武芸者集団、魔法評議会、モンクの総本山、リン王国、教会勢力から確認を取られてしまう名。それこそが。
「オスカーの爺さんと話してたら開会式が終わっちまったみたいだな」
剣聖。
「中々面白い昔話だったね」
消却。
「素晴らしい筋肉集会だ」
無波。
「観戦のための窓口はどこだ?」
龍滅。
「賑やかですねえお爺さん」
聖女。
「そうじゃのう婆さんや」
勇者である。
武器屋で武芸者大会が開会されるまで時間を潰そうとしていた一行だったが、フェアドとサザキにとって予想外なことに店主のオスカーが知人であったため話が長くなり、開会式に間に合わなかったようだ。
「まあ、行事の開始ってのは話が長いだろうから丁度良かったんじゃないか?」
「言えてる」
「覚えがあるのう」
マックスが入場料を支払う窓口を探しながら、古今東西で共通している事柄について口にすると、サザキはニヤリと笑いフェアドはしみじみと呟いた。
大戦中でも簡素な式典は存在しており、特に一つの戦場で勝った時などはよく行われていた。そこに引っ張り出されたことがある勇者パーティーだが、なにかの神に強いられているのではないかと思えるほど、必ず偉い人物の話は長いと決まっており、気が短かった若き日のフェアドなどは早く終わらないかなあと思っていたものだ。
(どうもゲイルの奴も無茶苦茶忙しいみたいだしな)
連絡があり、長い話をする側の兄が忙しいことをマックスは知っていた。
とっくの昔に隠居しているゲイルだが、武芸者大会を見に来た長命種の幾人かは、大戦中から付き合いがあるどころか、彼の祖父や曽祖父と親しくしていた者すら存在していた。
ゲイルはそんな者達の相手をしない訳にもいかず、しかも元々予定にあったため時間を作れず、ゲイルとマックスの再会は夜になるだろう。
「あ、すいません。六人分をお願いします」
それはともかくとして、観戦のための受付を見つけたマックスは料金を払おうとしたが、ここで思いもよらぬ言葉を返される。
「その、出場者の骨折や流血が起きますけど大丈夫でしょうか?」
若い男性の係員にショッキングな事態が起きますが、心臓などは大丈夫でしょうかと心配されたのだ。
「え? あ、ああ。大丈夫ですよ。大戦を経験した世代ですので、どうかお気遣いなく」
「分かりました」
(これが世代。いや、時代の流れってやつか)
まさか明らかに大戦を経験した。もしくはその影響が濃い時代に生まれたと分かる外見年齢の自分に、骨折や流血でショックを受けないか聞いてくる者がいると思っていなかったマックスは、妙なところで時代の流れを感じた。
大戦中は骨折や流血をしたところで、死んでないなら戦って生き延びねばならなかったし、死体が綺麗に残ってたなら奇跡的だ。よかったよかったと言われる時代なのだ。それを考えると気遣われたマックスは、ある意味で貴重な経験をしたと言っていい。
その時である。
『これよりクローヴィス殿による模範演武を行います』
「はん?」
「ふむ」
魔法によって拡大された声を聞いたサザキが酒を飲みながらピクリと眉を動かし、ララは特に意味もない声を漏らす。
「おや」
「まあ」
そしてフェアドとエルリカは顔を見合わせて、聞き覚えのある名の人物の顔を思い出していた。
「はっはっ。中々人気みたいだな」
どうも弟子であるクローヴィスが引っ張り出されたらしいとサザキは笑い、入場料を払うとその雄姿を確認するため急いだ。
円形闘技場の中心に、剣を持ったクローヴィスはいた。
ゆっくりと。しかし確かな鋭さで剣を振り落とす。薙ぐ。切り上げる。突く。
基本も基本の動きしかしていないが、全く体幹がブレないクローヴィスの力強さは、闘技場の誰もが感じていた。
不定期に王都で近衛兵の武術指南をしている彼だが、どうしてもと頼み込んでくる者達の頼みを断れず、一回だけならと了承してこの場に立っていた。
「見事なものじゃのう」
「うむ。素晴らしく鍛えられた筋肉だ。そして剣の切っ先まで筋肉が通っている」
極端に言えば力任せに剣を振ることしかできないフェアドは、自分に縁のない技術と体の動かし方を称賛し、シュタインもよく分からない理屈で同意した。
「それにしても人が多いのう」
「本当ですねえ」
次にフェアドは闘技場に集まった人間とその熱気に感嘆し、エルリカもきょろきょろと周囲を見渡している
王都に足を踏み入れた際も人の多さに驚いていた二人だが、戦場での緊張ではなく単純に観戦を楽しみにしている数千人の集中と熱気を感じるのは初めてだった。
しかし、お行儀がいい者だけではない。
(剣人クローヴィス。どの程度のものか)
伝統的に行われている演武にクローヴィスが参加するのは初めてのことで、その実力を知りたい者達が一定数いた。
そしてこれもある意味で伝統だが、演武を行っている者に対し大会に出場しない偏屈が剣気を送って反応を見定め、多くの場合は所詮はこの程度かと鼻で笑っていた。
つまり舐めた。
これ以上なく。心底。最大限にクローヴィスを舐めきった。
大したことはないと。反応があっても僅かだろうと。所詮クローヴィスも、クローヴィス流派と言う名もその程度だと。
ならばそのツケは支払わなければならない。
クローヴィスに剣気で斬りつけるイメージを送った武芸者、その数約十人。
その剣気がクローヴィスに到着するより先に。
彼らの目の前に視界を覆う真っ黒な人型がいた。
既に剣を振り下ろしている剣気で形作られた人型が。
「お、おい!?」
「大丈夫か!?」
どさりと崩れ落ちた者達を周りが心配するものの、彼らはそれどころではない。
「に、人間じゃない……!」
真っ青な顔で引きつった声を漏らす愚か者達。
言ってしまえば崩れ落ちた者達は十人程でクローヴィスへ襲い掛かったのに、瞬く間に殺されてしまったと同義である。そこにクローヴィスの腕を確認してやろうという傲慢はなく、ただただ自分達が逆立ちしても勝てない男への恐怖があった。
「ま、看板背負ってんだ。舐められたら殺すぞと返す。当たり前の掟だわな」
剣気を送ってきた者を特定し、逆に自らの剣気を先に叩きつけるという神技を行いながら、何事もなかったように演武を終えて去っていく弟子に対し、師もまた腰を抜かした者を気にせず酒瓶に口を付けるのであった。




