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被害者?

 王都の朝は早い。


 当然ながらリン王国において最も人口が密集している王都は、その分だけ様々な業種の人間が生活しており、仕事の準備のため朝早く起きている者が多い。


 しかし普段なら若干遅くから開店している店舗も、この時期は武芸者の来店を期待して朝早くから従業員が働いていた。


 王都で有数の武器屋でありながら、変わった店でも知られる“琴と金槌”も在庫を吐き出すため、朝早くから営業しているようだ。


 煌びやかな剣、鈍い光を放つ戦斧、地味ながらしっかりとした槍が店内を彩っているが、一番ど派手なのは店主本人である。


「いえええええい! 今日も皆さん頑張って儲けましょうーーー! ふううううううう!」


 げんなりしている店員達を気にせず叫んでいるのは商店の会長、ではなく怪鳥だ。少々語弊があるかもしれないが、十人中九人ほどは怪鳥と表現するだろう。


 なにせ赤や緑、青など様々な色合いの羽を組み合わせた首巻き、それこそ羽を模したようなひらひらの服を身に着け、果ては鶏冠のように尖った赤い髪をしているのだから、多くの人間が怪鳥だと思うだろう。


「それではかいてーーん!」


 そんな怪鳥はただの人間ではない。外見は若く黙っていれば青い瞳が美しい美男子なのだが、耳が常人と比べて尖っている。これは長命種であるエルフ族の特徴であり、彼も外見からは判別できない年齢で三百歳は優に超えていた。


 だが森の平穏と調和を重視する穏やかなエルフ族が喧騒が多い王都にいて、しかも武器屋を営んでいるのはかなり異端だ。そしてなによりエルフどころか人間と比べてもテンションが高すぎる。


 つまりこの男性、名をオスカーはエルフにとってかなり特殊な存在だった。


「さあ、勇者と剣聖の先輩である僕の店が開店しましたよー!」


 しかも、勇者と剣聖の先輩を名乗っているのだから超超超特殊なエルフだ。


「店長! 時期を考えてくださいよ!」


 外で叫んだオスカーを店員が慌てて店の中へ引っ張り込んだ。普段ならご近所さんは、またあの変わり者の店主がなにか言ってる程度の扱いだが、今現在は多くの武芸者。もっと言えばそれこそ剣聖の関係者が王都にいる可能性が非常に高いのだ。


 そんな時期に勇者と剣聖の先輩を自称するエルフがいれば、真偽を確かめるためやって来た超大物と揉める可能性があった。


「でも本当のことなんだって!」


「じゃあどんな方だったか教えてくださいよ」


「それは……まあ、あれだよ! そう! 仕事をしよう!」


 このオスカーの発言を誰も信じていないのは、勇者と剣聖がどんな人物だったかを聞くと途端に話をはぐらかすからだ。


 そのためオスカーはとんでもない変人として扱われていたが、ある意味困ったことにどんな伝手があるのか、彼が仕入れてくる武器は王都でも指折りの品質で、武器屋としては文句が付けられない名店だった。


(悪い人じゃないんだけどなあ……)


 それに加え、店員から見たらオスカーはハイテンションが少々面倒なだけで悪人という訳ではなく、雇用主としても合格だったので、なんとも評価に困る人物だった。


 ところでこのオスカー。実は色々と抱え込んでいる。


 例えば人間関係だ。


「ンゲッ!?」


 突然オスカーが、鶏冠の髪型に似合った鶏の断末魔のような叫びを上げると、背筋がピンと伸びてしまう。


 偶々。本当に偶々店の外を見たオスカーは、自分の店にやって来ている一団を見つけてしまい、顎が外れるのではないかという変顔を披露した。


「ど、どうしたんですか?」


「あわわわわわわわわわわ」


 この叫びに驚いた店員がオスカーに尋ねるが、彼は言葉にならない驚愕を発し続けるだけだ。


 そして一団が来店してしまう。


 サザキに付き合って武器屋にやってきた、フェアド、エルリカ、ララ、シュタイン、マックスという、よりにもよってほぼ集結した勇者パーティーが。


 ついにオスカーの命運は尽きたのだろうか。


 否。


「おお! オスカー殿! 久しぶりですのう!」


「妙に覚えがある硬さだと思ったら、オスカーの爺さんじゃねえか。武器屋をやってたのかよ」


「ひひひひ久しぶりだね!」


 フェアドもサザキも知人に対する言葉を発し、オスカーは上手く動かない舌でなんとか返事をする。


 そう、このオスカー。本当にフェアド、サザキと知り合いで、一応先輩と言える間柄だった。


(もう駄目。今日が命日)


 オスカーは意識こそ薄れていたが、鮮明に当時のことを思い出してしまう。


 まだ勇者という呼称が影も形もなかった大戦中の暗黒期、とりあえず二人で旗揚げしたフェアドとサザキに戦士としての先輩風を吹かせ、あれこれ教えようとした男がいた。


 その男こそオスカーであり、彼は若い命がすぐ散らないよう二人を指導……。


 するどころの話ではなかった。


 やることなすこと全てが常識外だった、強さはともかく感覚と直感では最盛期のフェアドと、それに付き合えたサザキをオスカーが理解できるはずが無い。


 結局オスカーは、後輩にちょっとした生活の手助けをすると、教えることはないから武運を祈ると送り出す羽目になった。


 ただ金がなかった当時のフェアドとサザキにしてみれば、そのオスカーの手助けは大助かりであり、彼のことを覚えていたのだ。


「う、上でお茶でもどうかな?」


 そんなオスカーは流石だった。


 遠い先祖が見栄と芸能、ペテンと言ったものを司る神のせいで派手な言動が止められない彼は、扱いかねる後輩達をお茶に誘ってしまうのだった。


(終わった……)


 場所を店の二階に移して自己紹介をしたオスカーは、フェアドとサザキ以外の面々が勇者パーティーだと知って絶望していた。


 それはつまりである。


「この方は儂の先輩でのう。随分世話になったものじゃ」


「そうそう」


 フェアドとサザキが包み隠さず当時のことを話す。


 つまりオスカーが人生の先輩だと言って近づいたことを暴露されたのだ。


「まあまあ。夫がお世話になりました」


「感謝いたします」


「はは。はははは! いやあ、フェアド君もサザキ君も将来有望だったから当然だよ!」


 夫が世話になった先輩と知ってエルリカと、珍しくララも感謝の言葉を口にするが、オスカーの口も止まらない。


 遠い先祖が神だとしても、オスカーにすれば勇者パーティーの偉業と比べたら特筆すべきことではなく、公的な立場では明らかに彼の方が下だ。


 しかし、勇者と剣聖の先輩という立場を崩せぬ以上、エルリカとララに対する言動は、後輩の奥さんに対するものとなってしまう。


(本当のことでもここまで焦げ付くもんなんだなあ……)


 このオスカーの言動とそれに合わぬ動揺した目の動きに、迷宮都市では相手にされない本を書いたホラ吹きと思われていたマックスは、一応の真実でもにっちもさっちもいかなくなるものなんだなと、ある意味で感心していた。


「フェアド君達は武芸者大会を見に来たのかな?」


「もうすぐお迎えが来ますので、皆さんに最後のご挨拶を思って旅をしております。武芸者大会は偶然でしたなあ」


「なるほど! ところで流石に出ないよね? ね?」


「ほっほっ。老骨が武芸者大会に出ようと思っても、追い返されるのがオチでしょう」


「ははははは! それもそうか! サザキ君のお弟子さん達も出ないよね?」


「弟子連中が出たら俺も出ようかな」


「はははははは! あ、ところで武器を見に来たのかな?」


「ちょっと付き合いのある小僧に送ってやろうと思ってる」


「ほほう! サザキ君にそう言ってもらえる子は幸せ者だね!」


 オスカーとフェアド、サザキによる一見すると親しい者同士のやり取りだが、先輩の立場を崩せないオスカーにとっては常時崖っぷちだ。


 完全に勇者パーティーの被害者とは言えないし、自業自得とも違う妙な関係だった。


「ただまあ、王都にいるならちょっと気を付けた方がいいかもね」


 しかしオスカーは三百歳を優に超え、絶望しかなかった大戦最初期の大混乱を生き残り、命のために戦った男である。そして僅かでも神の血を継いでいるのは伊達ではない。


「知り合いの神には伝える予定だけど、どうも感覚に引っかかると言うかなんと言うか」


 ここ数日のオスカーは首を傾げていた。


「虚栄心、見栄、ペテン。そういった類の匂いが日に日に強くなってる」


 なぜか自分と関わりのある概念が強くなっていることに対し。

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― 新着の感想 ―
[一言] お調子者だけど悪いやつではなく、 自分が先輩なんぞとふんぞり返ることのできるやつではないという自己認識もある、と ······いやあんた自身の認識はともかく普通に良い先輩だったんではこれ?…
[一言] そうか。オスカーもあの時代を生き抜いている訳だから、ただのお調子者ではないんだ。
[良い点] >フェアド君 サザキ君 「君」呼びできる普通の人が出てくるとは思わなんだ。 でもオスカーみたいに接してくれる人は貴重なんだろうな。 あの戦争を生き抜いてる時点で普通って言っていいのかわ…
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