神の語り
「酔いは醒めたかしら?」
「だから酔っておらん」
勇者パーティーと別れた戦神ラウは、地母神の役割を持つ娘のケーラの言葉を否定しながら、自分の神殿に向かって歩いていた。
「酒の神が酔っ払ってるのにサザキ君はピンピンしてるじゃない。席を譲ったらどう?」
「サザキは酒を飲む方に加護を与えられるかもしれんが、作る方にはなんもできんぞ。そうなればバランスが崩れて、市場から酒がなくなるな」
「なるほどね」
外見は四十代のケーラだが実年齢は途方もないものであり、サザキを君付けしながら、酒の神の席を譲ってはどうかと提案する。
だが実際ラウの言う通り、サザキは酒を飲む専門であり酒全般の神としては少々不適格かもしれない。
「それにしても凄かったわね。皆、衰えてるどころか寧ろ研ぎ澄まされてるんだもの」
今でこそ地母神の神格のケーラだが、大戦前は父であるラウと共に戦神として名を馳せていた。そんな彼女が久しぶりに勇者パーティーを見たところでは、その戦闘力は全く損なわれていなかった。
「常識で語ることができるような者が、大魔神王を倒せるはずもなし。多分、死ぬ寸前まで衰えぬだろうさ」
娘の言葉に返答するラウの中で格付けは済んでいる。
黒い靄を纏った大魔神王、勇者パーティーが第一形態と呼称していた状態ですら、ラウは歯が立たないと判断していたのに、フェアド達はその更に上を行く形態すら打倒したのだ。そのため勇者パーティーは明確に神を上回っていた。
「定命の者。人の子。ふふ。なんと滑稽。大魔神王も子供扱いしていた者達に全部解決してもらった気分はどうだと笑うだろう」
ほろ苦く笑うラウにケーラは無言で肩を竦めた。
定命の者。人の子。この呼称は神々が人という種に使っていたものだ。
命に限りがある種の子供という呼称の時点で、不滅な筈だった神々とは違う低次元な存在に対するものだと分かる。
だが光に輝いていた神々は大魔神王の手で多くが抹殺されたのに、その大暗黒を滅ぼしたのは子ども扱いしていた人だった。
「あれほど完成された戦闘集団を儂は知らん。とっくに滅んだが邪なる神とて生きていれば、フェアド達に怯えて過ごしただろう」
ラウは大戦最後期のフェアドの光を思い出して僅かに震えながら、既に死滅した邪なる神を引き合いに出す。
神々と酷く対立して滅ぼされた邪なる神と呼ばれる者達もまた世界の破滅を望んだ恐ろしい存在だったが、それでもラウは大魔神王の方が強かったと断言できる。
だからこそラウの中では、その大魔神王すら打倒した勇者パーティーこそが最強なのだ。
「神になるかしら?」
「なるならとっくになっとる。興味がないんだろう。それにまあ、先例達があまりいいお手本ではなかった」
「とんでもない事件ばかり起こしてるものね」
「六百年前など国一つが死霊で溢れかえる寸前だったからな」
ケーラの問いにラウは首を横に振った。
やろうと思えば神の座に至れる勇者パーティーだが、ラウの言う通り興味がないことに加え、歴史上、人から神へ昇格しようとした者達は問題児ばかりだ。そして彼らは盛大な事件を引き起こしており、とてもではないがいい例とは言えなかった。
「それはそうと、この時期の王都の雰囲気は独特ね」
「思惑がそれぞれ違う武芸者が集まればこうなる」
話を変えたケーラとラウは、誰にも気付かれない状態で街の武芸者を観察する。
そこには煌びやかな装飾が施された鎧を纏った者や、本当に武芸者なのかと疑問を覚えるような薄い服を纏った者。更には動物の頭を丸々使った被り物を身に着けている者だっている。
一見するとなにかの祭りか演劇に出る人間かと思えるが、彼らはちゃんとした武芸者であり、しっかりとした実力を持っていた。
だが異物も混在している。
(所詮は子供の遊びか)
人前で技を見せることを忌避して武芸者大会にも出場せず、山奥で修練していた一部の求道者は、今現在の武芸者を確認するためやって来ていた。そんな彼らは金をばら撒いて権勢を誇る流派の者達を、強さに対して不純で子供の遊びをしているだけに過ぎないと嗤う。
尤も他人のことを嗤った時点で不純だと思う者もいるだろうが。
そもそもである。
相手が雑な性格だろうが不純だろうが、実力を見抜けぬようでは話にならない。
なにせリン王国の王都は勇者パーティーの関係者、サザキやララの弟子、大戦を生き抜いて隠居している者だっている魔窟なのだ。
実際、求道者の極一部はそういった者達とすれ違っているが、実力を見抜くことなく通り過ぎていた。
勿論サザキの間合いもである。
「ようやく間合いを抜けられた。ような気がする」
「戦神の席も譲ってあげたら?」
「無職になるわ」
暫く歩いてようやくサザキの剣の間合いから抜け出せた……のではないかとラウは半信半疑な状態で、茶化すケーラをあしらう。
常時展開されているサザキの間合いの広さは、戦神であるラウとケーラでも目を疑ってしまうものであり、逆にシュタインはやろうと思えば完全に間合いを消し去れる常識外れだ。
「尤も、そのうち無職になってもいいかもしれんが」
「ふふ。そうね」
もう人は神の手から離れつつある。
大魔神王が行った天界の虐殺は神の落日を決定付け、図らずとも命ある者が神から自立するきっかけを作り出した。
そして残された神々で大戦後に増えた命ある者達全てを見守ることなど不可能だ。
「ま、その時の話だ」
「ふふ」
いつか消え去ることが宿命となった神々は僅かな寂しさ。そして嬉しさを宿して夜の王都を歩んでいった。




