魔道の深淵 消却の魔女
日間ハイファンタジー1位本当に、本当にありがとうございます。
皆様には心の底から感謝しております。
魔女ララがフェアドとエルリカの手紙を受け取る直前。もっと言えば夫であるサザキから“遺書”が送られてきた直後に遡る。
「あの飲んだくれ亭主め。ついに酒で頭がやられちまったらしいね。弟子に聞けば、師匠はピンピンしてると言うのに、持ってきたのは遺書ときた」
古い本ばかりが置かれた書店の奥。皴だらけの褐色の肌、青と赤のオッドアイ、真っ白になった短い髪の老婆、ララが呆れたように呟く。
だがその口角は無意識に吊り上がっている。
少々特殊な魔道具でしたためられたサザキの遺書には、遺産と腰に差してある妖刀の処置について書かれていただけではない。
出会いから始まり、駆け抜けた大戦、結ばれた日、大魔神王を打ち倒した時、子供が生まれた時の想い出。そして愛の言葉で締め括られていた。
「ふん。全く」
鼻で笑うララの口角は吊り上がったままだ。
彼女は色々と口にしないサザキのことを分かっていたが、実際に文字にされるとなんとも言えない感情が沸き上がる。
「うん? エルリカの使い魔が手紙だって? 珍しいことだらけで今日はどうも豪雨みたいだね」
さてどうしたものかと思っていたララは、店に飛び込んできた友人の使い魔である白い鳥を見て、夫からの手紙といい珍しいことが重なると思った。
「ふむ……最後の旅、か」
白い鳥が咥えていた手紙を読んだララは、フェアドとエルリカが最後の旅に出かけようとしていることを知り、ほぼ無意識に指を動かして魔法を行使する。
「懐かしいね」
なにもない空間から出現した絵に、そのままの精度で描かれている人間達。
中央で悪ガキのように笑う青年時代のフェアドと、彼に寄り添うエルリカ。端で酒瓶を飲み干しているサザキ、その隣には腕組みをしているララ。そして他の戦友達。
この絵の人間達こそ伝説にして人類最強の集団、勇者パーティー。
尤も社会不適合者、奇人変人の集まりでもある。一例を挙げるなら、絵の中で薄い布を股間に巻き付けただけの筋骨隆々な大男が、その自慢の筋肉を見せつけていた。つまりナルシスト気味な露出狂もいたのだ。
「……さて、飯を買いに行こうかね」
変人達に振り回された側と自認しているララは、パーティーメンバーの絵で彼らの奇行を思い出してしまう。そして天を仰ぐと絵を別空間に収納して、目先のことに取り掛かるため店を出た。
「あ! 魔女の婆ちゃんだ!」
「ひっひっ。煮込んで食っちまうよ」
「ぎゃーーーーー!?」
そしてこの老婆、色々とノリが良く、近所の悪ガキに対してそれはそれは恐ろしい笑みを浮かべてあしらうのだった。
◆
◆
◆
「手紙といい用事のある奴が多いね」
買い物から帰ったララは面倒そうに、自分の書店前で佇んでいるフードを被った人間を見る。普通の街なら怪しいが、ここはその怪しい人間達の巣窟であるため誰も気にしていない。
「入んな。言っておくけど飯は私の分しか買ってないよ」
ララはそんな怪しい男を書店に招き入れた。
「お久しぶりです師匠」
書店に足を踏み入れた怪しい人間、“焼却”のアルドリックがフードを下ろして一礼する。
夫婦は似ると言うべきか、サザキに多数の弟子がいるように、ララも幾人かの弟子がいる。アルドリックはそのうちの一人であり、弟子達の中では上位に位置していた。
「魔法評議会に出席したばかりで私のところに来るだって? 面倒事と一緒だろう」
「まあ、その……」
ララは弟子のアルドリックが、つい最近に世界中の高位魔法使いが集結して、魔法に関することを話し合う会議に出席していたことを知っている。その直後にアルドリックが自分のところに来たのだから、面倒事も携えてやって来たと予想したのだ。
そしてアルドリックの歯切れが悪いということは正解だった。
「これなのですが……」
アルドリックがなにもない空間から取り出したのは、赤色の鎖で雁字搦めにされている黒い本だった。
「その外見、話だけは聞いたことがあるね。グレースの馬鹿が作った戦略級悪魔の召喚本かい?」
「はい。蒐集家の書斎で眠っていたのを評議会の者が回収しました。恐らく中にいる悪魔は深層位の魔法使いに匹敵するのではないかと考え、これの扱いに手を焼いています」
「あの馬鹿は制御って言葉を知らない大馬鹿だったからね」
ララは久しぶりに見た黒い本に顔を顰め、アルドリックも眉をひそめている。
“悪技”のグレースはララと同年代で、かつての大戦中に魔法技術者と名を馳せていたものの凄まじい悪癖があった。威力や破壊力を第一に考えて、制御や安全性と言ったものを殆ど考慮しなかったのだ。そのせいでグレースの作品は使い方によっては役に立つものの、取り扱いを間違えば自分が破滅するような物しかない。
この本も同じだ。深層位の魔法使いに匹敵するほどの悪魔を本に閉じ込め、戦略的な兵器として運用しようとしたはいいが、そもそも悪魔は人類を殺したくて殺したくて仕方ない存在だ。当たり前の話だが、全く制御ができなかったため封印処置が施されていた。そんなものが発見されたのだから、アルドリックは頭を痛めていたのだ。
「はあ、仕方ない。同じ世代が始末をするとしよう」
「お願いできますか」
ララは面倒だとぼやきながらも、大戦中の遺物はその世代の自分が始末をつけると宣言して魔本を受け取ると、荒野が広がる隔離空間に転移した。
ララの営む書店は異常なまでの魔法が張り巡らされており、それを利用すれば隔離された空間を生み出すことも容易い。
「ちっ。なんで封印と隔離措置はちゃんとできるのに、制御を考えなかったのかさっぱり分からないね」
本来なら本ごと中身を消し飛ばしたかったララだが、本はあくまで悪魔を呼び出すための門なのだ。本だけを壊した場合、封印されている悪魔がどことも知れぬ空間で漂い続け、なにかの拍子で現れる可能性があった。
そのため、面倒だろうと中身を呼び出したうえで消し飛ばす必要がある。
「ほら出てきな」
ララが本を雁字搦めにしていた鎖を消し、本から悪魔を呼び出す。
『ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!』
耳ざわりな叫びと共に現れたるは城塞、いや、山と見間違ってしまいそうになるほど巨大な漆黒の蟻。
英雄英傑が揃う時代において戦略級の兵器であると分類されているのだ。装甲を傷つける手段は深層位、もしくは超深層位による魔法攻撃だけであり、物理的な手段ではほぼ攻略不可能。
そして咢は山をも切断し、巨体を用いて突撃するだけで軍が壊滅して城塞が陥落するだろう。
つまりこの蟻は単純な基礎を極限まで底上げした質量兵器なのだ。
つまりつまり……ララにとって単なる蟻でしかない。
なにが戦略級悪魔。ララが、サザキが、エルリカが、そしてフェアドが相手にしたのはたかがその程度の存在ではない。彼らは文字通り世界を滅ぼしかけた相手を真正面から打ち破ったのだ。
「消えな」
魔女ララが魔力を起動する。
その至りし世界。
前人未踏にして、全知未到である筈の狂気の位階。
輝く指。
一つ輪、沿岸
二つ輪、表層
三つ輪、中層
四つ輪、漸進層
五つ輪、深層
そして利き腕とは逆の指で輝く六つ輪で歴史上の伝説達、超深層。
全てが児戯極まる。
超深層が歴史上数人の伝説? その程度で理を打ち砕いた暗黒と相対できるものか。
では必要だったのは七指の輝き? それとも八指?
否。
蟻は見た。見てしまった。
ララの輝く手の指。
言葉通り。
指全て。
十指の輝き。
超深層やそれを単に越えたどころの話ではない。分類不可能。
敢えて言うならば海の深さを超えてしまった深淵。深淵層。深淵位階。
史上最高最強の魔法使いララが僅かに指を曲げた。
それだけで蟻の頭上で十の輝く輪が重なり合い、複雑怪奇な紋様を空中に放出しながら、その中心点を標的へ向け……光の塔が聳え立った。
音、消去。
振動、消去。
蟻の存在、完全消去。
「この程度かい」
魔道の深淵に潜り続けた結果、理を打ち砕き世界を闇に染めた大魔神王をして、ただ単に狂人と評した勇者パーティー最高火力。
“消却”の魔女ララは元の次元へ帰還した。
◆
おまけ
“消却”の魔女ララ
-狂気の深淵位階にいながら正気であるが故にララは証明してしまった。人間にとって正気こそが狂気なのだと-
もし面白いと思ってくださったら、ブックマークと下の☆で評価していただけると途轍もなく嬉しいです!