いきなり躓く
「これは……」
「まあまあ」
門の向こう側から見えていた光景だが、フェアドとエルリカはいざ王都に足を踏み入れると圧倒された。
道行く人々。
老いも若きも人種も職業も様々な命ある者が、門から中央に続く大通りで犇めいている。
(あれからよくぞここまで……)
それは今まで通ってきた街とは比べ物にならない密度で、大戦中の人が疎らだった王都しか知らない勇者と聖女は、七十年でここまで賑やかな街になるのかと感じ入っていた。
(親父も子供の頃はこの明るい光景を見てたんだろうな……)
それはマックスも同じで、彼の知っている王都も七十年前の絶望し切った状況だけだ。
大魔神王が神域に殴り込みを仕掛けて神々が敗れたことで、天から落下して消滅する神々、赤く染まった空と縮小し続ける生存圏。誰もが俯く世界。それが大戦における絶望の絶頂期だった。
だが今や人は再び己の世を取り戻し、黄金時代を迎えようとしている。
そんな昔を思い出す彼らにモノクルをかけた初老の男が近寄る。
「皆様ようこそお越しくださいました。私のことはルークとお呼びください」
時と場合によって顔を変えマックスと同じくらい偽名が多い、ゲイルに仕える諜報部の男。今現在においてルークは、代々リン王国王家に仕えている裏の家出身の男だ。そして闇の分野における第一人者にして、職業上マックスの秘密を教えられている人物でもある。
(流石に慣れんな……)
そんな男ですら勇者パーティーの前に立つのは並々ならぬ覚悟が必要なようで、どんな危機的状況でも平然としていた精神が僅かに緊張していた。
なおこの男、マックスの店を訪れた際にシュタインには殺しに特化している筋肉が来たぞと目を付けられ、サザキには体に色々仕込んでいる裏の人間だなと即座にバレている。
だがあくまでもそれは人間の枠からはみ出した人間が見た場合だ。
ルークは大国に属していながら、他国に姿形を掴ませていない精鋭中の精鋭であることに変わりはない。
酷い欺瞞。具体的にはヨボヨボの老婆で聖女の肩書を持っている暗殺者、エルリカが目の前にいてもそれは変わらない。
「泊まられる場所はお決まりでしょうか? よければ私と縁がある宿にご案内いたしますが」
「そうじゃのう。構わんか?」
「酒があるならどこでも」
ルークの提案にフェアドは仲間を見るが、特に意見らしい意見はないようだ。
勿論この場でルークが言葉には出せなかった縁がある宿の意味、つまり表向きは宿だが裏ではリン王国と繋がっている場所だと分かってもだ。
「それではお願いします」
「畏まりました」
フェアドはゲイルや一部の者と接触する際に、自分達の場所が分かっていた方が都合がいいだろうし、変にうろちょろして気をもませる必要もないだろうと判断した。
「それではご案内いたします」
ルークの案内で宿へ向かう一同だが……その前にある意味において、最強の勇者パーティー避けと相対しなければならなかった。
フェアドは敢えて無視していたが、大通りの先の中央広場にそれらはあった。
「のうルークさん……あれは……」
「勇者パーティーの像ですね」
(ゲイル様の言った通りだ……)
フェアドが恐る恐る尋ねると、ルークは何気なく事実だけ答えながら、内心でゲイルが懸念していたことが当たったと思っていた。
なにせフェアドの表情ときたら、今にもお迎えが来そうなほど呆然と立ち尽くし、エルリカはポカンと口を開けて自分の像らしき物体に十数回の瞬きを送っている有様だ。
(誰だよ)
端的なマックスの表現が物語っている。
陳腐な表現だが、キリっとした表情で空に剣を向けている勇者像は、当時悪ガキだったフェアドとは無縁の凛々しさを帯びており、聖女像の方は無表情無感動だった当時のエルリカとは程遠く、慈母の微笑みを浮かべていた。
だが中央の広場にあったのは勇者像と聖女像だけではない。
「どうだ?」
「禁酒中の顔してるよ」
「だっはっはっはっ!」
(俺とエアハードは鎧だからいいとして、ララもグリア学術都市にあったみたいな知的な微笑みだし、サザキは寡黙な武人みたいになってるじゃん。シュタインはまあ……筋肉だ)
笑うサザキと像があることを黙っていたララを放っておいて、マックスは若き仲間のような物体を眺める。
常に動物を模した鎧を着ていたマックスと、大鎧を着用していたこの場にいない仲間はそのままだからいい。
だがララはグリア学術都市にあった像のように微笑みを浮かべているし、サザキに至っては皮肉屋で酒飲みという要素を完全に取っ払って、寡黙な武人のように鋭い目つきで辺りを警戒しているかのようだ。
(むう……私の筋肉ではないが、見事な筋肉の造形! この筋肉は巻き起こる風の流派のモンクをモデルにしたのだろう。独特な二の腕の特徴をよく捉えている。これはさぞ名のある人物が作った像だな)
なお唯一感心しているシュタインは、妙な審美眼で筋骨隆々な肉体を披露している像を正しく評価していた。
「素晴らしい像だ」
「ああ、そうだな……」
一人だけうんうんと頷くシュタインに、フェアドは力尽きたように返事をするのが精一杯だった。
◆
おまけ
天界の戦い
-大魔神王がこれ以上なく人間を侮っていたように、神々の大部分も大魔神王を侮っていた。所詮は煩いだけの黒点。大いなる輝きである我々には遠く及ばない、と。だが後年、大魔神王が人間にツケを支払う前に、大いなる輝きの神々もまたその侮りのツケを支払うことになる。万を超える神々とその眷属の光を受けて微塵も揺るがず神域の門をぶち破り、戦神を踏み潰し、地母神を引き裂き、最高神すら撲殺した大魔神王の暴力によって。馬鹿げたことに権能という凄まじい力を持つ神の本拠地は、単純すぎる耐久力と腕力によって陥落したのだ-




