光りの戦いいいいいいい………………
「どうも……おかしい……言葉では表せんが……どうもなにかが……」
燃えていない懐かしき故郷に足を踏み入れたフェアドだが、ほんの僅かな違和感を覚えてぶつぶつと呟きながら村を歩く。
大戦前ならどこにでもあった寒村で、よそ者であるフェアド達はじろじろと見られながら、九十歳のジジババが六人も何の用があるんだと首を傾げられていた。
「少し尋ねても構いませんかの?」
「はい?」
「アイザックさんの知人でして、アイザックさんとご家族はお元気ですかの?」
フェアドは村人に対して久方ぶりに父の名前を出した。
「ええお元気ですよ」
「それはよかった。末の息子さんは確かフェ……」
「フェアド君も元気ですよ」
「いやあよかったよかった。お時間を取らせて申し訳ありませんでしたのう」
「いえいえ」
(儂もおる。だがこの違和感は?)
村人に尋ねたフェアドは自分がいることも確認して、ますますその違和感の正体が掴めなくなった。
そして内心で首を傾げたまま自分の生家に向かい、ぴたりと足を止めた。
(誰だ?)
フェアドの記憶にない赤毛の女性が、彼の家の前で赤子をあやしていた。
「ほらほら泣き止んでフェアド」
そして彼女の腕の中で大泣きしていた赤毛の子は、フェアドという名前らしい。
彼の名前は父が考えたものだった。
「そんじゃあ俺は畑に行ってくるから」
(お、親父だ……)
畑仕事をして逞しい男性を見たフェアドは、昔懐かしい父の姿につい目頭が熱くなってしまう。
だがこれで何が起こっているかを少しだけ理解した。
「少し構わないかい?」
「え? どうしました?」
フェアドの父が去った後、ララが赤毛の女性に近づいて声を掛けた。
「身内にどっかの魔法学院で勤めている人間はいるかい?」
「は、はい。母がそうですけど」
「神童が入学したとか聞いた覚えは?」
「えーっと、はい。あります。入学試験から凄かった少年がいたとかなんとか言ってました」
「つまり入学試験でその神童と関わりがあった?」
「多分そうだと思います」
「以前村に来た連れが首を傾げてたが、村が少し立派なのはその母のおかげかい?」
「いえ、私も少しだけなら魔法を使えるんですよ。ただちょっと魔法使いの界隈が権威主義なのが嫌になって」
「なるほどね。時間を取らせてすまないね」
「いえいえ」
ぴしりと鏡が割れた。
僅かなボタンの掛け違いなど歴史に影響を与えないが、今回は大きすぎる違いを生み出していた。
例えば先ほどの女性の母が入学試験で死なず、ある程度魔法との関わりを保っていたが権威主義な魔法世界の一部にうんざりして田舎に引っ越すことを選び、そこでとある男の妻となった結果、とある男の子が生まれなかったりだ。
だが違いは正さなければならない。
そして夢も覚めなければならない。
「先輩、もう止めてください。これ以上は無意味です」
グリア学術都市とは別の国家にある魔法学院において、特別枠で入学した青年が首を横に振る。
既に深層位に足を踏み入れようとしている青年にとって、先輩との戦いなど無意味と断言していい。
だがいつの時代も出る釘は打たれるものだ。
なにかしらのいかさまをしているに違いないと突っかかってきた先輩に対し、青年は圧倒的な実力で示すことで対応した。
「流石だな!」
「やったじゃねえか!」
「いやあ……」
大きな瞳で顔立ちが幼い青年は、高圧的に振舞う先輩をぶっ飛ばしたことで級友達から称賛の声を送られ、困ったように頬を掻いた。
そして小柄なことも相まって女子生徒達からも少々危ない視線を向けられ、教師からは我が校始まって以来の神童として認識されているため、新入生の中心は間違いなくこの青年で間違いなかった。
夢から覚めよう。
「え?」
青年がぽつりと呟く。
もうここは学び舎の中ではなく級友達もない。
外にあった試験会場であり、地面には殲滅魔法の余波で黒焦げに炭化した級友になる筈だった若者達と、教員になる筈だった大人達が転がっていた。
「ち、違う……」
青年の顔があっという間に変わり、年老いた魔法使いウードの顔になる。
「し、師匠が悪いんだ! 儂に殲滅魔法だけ教えるから! そ、それに学園も悪い! なんで事前に危険すぎる魔法は使うなと言ってくれなかったんだ! お、おかげで儂は使い捨ての兵器扱いだ! いや違う! 僕は学園の神童で首席だ! 友達だって沢山いる! 彼女だって!」
最早正気ではない。
フェアド達より若干上の世代であるウードは、入学試験で殲滅魔法を行使してしまい斬首という形で処理されたが、その裏では特殊な魔法器具を首に填められて国家に都合よく使われた兵器となった。
だが大戦の混乱で自由を取り戻したはいいが、完全にその失敗に取りつかれて妄念を抱いてしまった。
そんな危険人物に接触したのがアルジナ王国だ。
完璧な未来演算を行える秘宝を作り出そうとしていたアルジナ王国に反し、ウードは自分の都合のいい演算を行って過去の過ちを正し、それを現実世界に押し付けようとしたのだから愚か極まる。
そもそも学園生活とやらをやり直したところで、すぐに大戦が勃発するのだから殆ど意味がなくてもだ。
だが結局は実行したはいいが、その現実に押し付けるための鍵である、秘宝を最大限に活用できるハーゲンと、演算の補助を行える生体部品のエメリーヌを確保をする前に、ウードは演算世界に囚われてしまった。
そして暴走して爆発に近い形で現実世界を塗り替えようとしている秘宝にとって、自らを制御できる可能性が僅かでもあるハーゲンは寧ろ邪魔であり、演算の補助は超深層位に足を踏み入れかけているウードで事足りた。
「儂はああああああああああああ!」
選択を誤り続けてあらゆる妄念にも囚われ絶叫するウード。
そんな場所へ勇者パーティーが足を踏み入れる。
言葉は不要だ。
なにかを語ったところで意味などない。
「儂の! 僕の未来を邪魔するなああああああああああああああああ!」
勇者パーティーの前に。
妄念を抱いた魔法使いウードが現れた。
ぐしゃりとウードは跡形もなく潰れた。
世界が暗黒に包まれた。
『ほら見ろ! こんな底抜けの馬鹿が生まれるんだから、綺麗さっぱり片付けたくもなるだろうが! やり直して頑張ろう!? 次は上手くやる!? ガワを取り繕って浅い内面の経験があろうと、心底の性根が同じで変えようともしねえなら無意味なんだよ間抜け!』
客観的に見ると自らもその叫びに引っかかっているのだが、それを認識できていない程にスカスカできちんと再現もされていない男が叫ぶ。
サザキが半身を捻じって刀に手を添える。
ララの指が異常なほどに輝く。
シュタインは無波を全開にして構える。
マックスは鎧の中で青一色となる。
エルリカの杖が輝く文字に覆われる。
「お前もその状態なんだけど分かってるか?」
フェアドは最早誰も直視できない程に光り輝きながら黒い靄に問う。
(最初の村どころか生まれるか生まれないかの頃に出てくるやつがあるかよ。そんな本売れねえぞ。あーあー。死ぬ覚悟まではしてなかったなあ)
黒い靄に対してマックスの意識の一部は現実逃避しながら悪態を吐く。
それはあまりにも不完全。
あまりにも継ぎ接ぎだらけ。
あまりにもスカスカ。
単なる擬きでしかなく、今現在どうして自分がここにいるかも分かっていない劣化品も劣化品。
『そもそも欠陥生物なんだよお前達は! 人間! エルフ! ドワーフ! オークにゴブリン! 他も全てだ! 名誉のために! 金のために! 正義のために! 大義のために! さあ戦争だ殺そう! 全て殺そう! ああ!? 若きも赤子も関係なくな! 食うために獲物を殺してるそこらの犬の方がよっぽどマシだ! いったい何千年訳の分からない理由で殺し合ってるんだてめえら!? うんざりだ! うんざりだ! 命ある者!? よく言ったものだ! 俺と変わらないくらい命を考えてないくせに、よくぞそれで命ある者達の陣営と自称しているな!』
だがフェアド達の記憶にある通りの声。
『予言をしてやるよ! 俺がなにもしなくても、お前ら欠陥生物共はどうせ自滅する! 下手すりゃこの星すら駄目にしてな! それならいっそ今滅ぼしてやった方がいいだろう! 滅ぶまで続く怨嗟を、俺がここで断ち切ってやるってんだ! お前ら命ある者がこれから奪う命の総数より、俺が今根絶やしにした数の方がずっと少なくて済むからな!』
激情。
憤怒。
そして……。
絶望。
グリア学術都市を含めた全ての教育機関は、大戦が勃発した理由を正確に教えている。
生きとし生けるもの全てが同族を殺し、呪い、犯したが故に堕ち、その暗黒と負の思念からの訴えに応じて腰を上げ、命ある者達を見限って根絶やしにしようとした原初の神々の一柱のことも。
『結局お前達は死に絶える! 今すぐ死にたくないと言うのならば俺を殺してみろや!』
独善で命の尊さを夢見ながらも切り捨てること選んだ超越者。
『さあ! ケリを付けようじゃねえか!』
勇者パーティーの前に。
全身から暗黒が迸る靄。
世界を壊し命を殺した者。限界も底もない暗黒の力。
生物の絶望と死の象徴であり化身。世界を満たした光の対極にして太極。
大いなる魔の神にして王。
『フェアドオオオオオオ!』
大魔神王の幻影が現れた。




