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魔法使いの戦い

「ぎゃあああああ!?」


 モンク達から立ち昇る湯気が理由で煮え立つ山と呼ばれている聖地が、今現在は物理的に燃え上がり悲鳴が迸る。


 溶岩の魔人にして武人であるモンク殺しが、未熟で雑多なモンク達をその灼熱の体で包み込み、幾人かいる精鋭に対しては数で圧殺しようとしているのだ。


 現実世界において煮え立つ山の決戦は、モンク殺しによる炎の渦に対抗するため、命ある者達の陣営に所属する多数の魔法使いが参戦していた。


 だが演算世界においては既に有力な魔法使いの多くが討たれており、死霊術で操られた命無き魔法使い達が行進している始末だ。


 中でも先頭を歩く骸骨の元はレノーという名の大魔法使いであり、超深層位に達して歴史に名を刻んだ偉人の一人だ。


 そして……ララとデリーの師でもあった。


 既にそこそこの老齢だったレノーは魔の軍勢に敗れた際に自らの死体の処理ができず、今はこうして煮え立つ山の攻略に引っ張り出されたという訳だ。


 至極単純な発想だが拳で戦うモンクには遠距離攻撃への適性が乏しく、また筋肉で受け止めると言っても無理があるため防御手段も限られる。


 更に演算世界のシュタインは煮え立つ山の麓で黒煙と睨み合っている最中であり、師であるアルベールも襲い掛かってくる精鋭のモンク殺しの対処で手一杯なのだ。


 ここで死霊達による遠距離からの魔法攻撃が行われれば、完全に煮え立つ山の対処能力が飽和するだろう。


「……」


 輝く六指を煮え立つ山に向けるレノーの体には記憶も意思もない。


 絶対に弟子のララが嫁にいけないと匙を投げたことも、そのララがつい先日に自爆せざるを得なかったこと。そして雑用係のまま魔の軍勢に殺された最後の弟子であるデリーも、自分の死すらも記憶にない。


「……」


 ただ淡々と死した魔法使い達は煮え立つ山に向けて指を向ける。


 その前に至高なる天が雲を吹き飛ばしながら、煮え立つ山の山頂に現れた。


 下手をすれば山をすっぽり覆ってしまえそうなほどの、白く輝く巨大な魔法陣。


 それを彩るかのような大いなる力の文字列は、一言一句がかつて大魔法使いであった彼らをして理解不能な力の塊だ。


 当然。


 七十年後ですら未だ並び立つ者がいない、十指十層などという馬鹿げた深淵の位階による力の結晶なのだ。


 大戦前に両手の指の全てを輝かせる魔法使いがいると吹聴すれば、正気を失っていると判断されるだろう。


「年寄りはとっとと寝な」


 骸骨になろうと魔力の波長で師のレノーを見つけたララは、自分も十分な高齢のくせにそう言いながら、巨大すぎる魔法陣で収束した滅びを発射した。


 消却と破壊の力が余波だけで天すらかき混ぜながら、レノーを含めた死霊の軍へ向かって突き進む。


 途中で激突したレノーを筆頭とする魔法攻撃の束を圧倒。


 展開された防御魔法の尽くを無視。


 ただでさえ一つの階層の違いで雲泥の差があると言われているのに、筆頭のレノーだけが六指で他の死霊の多くは四指である漸進層なのだから勝負にすらならない。


 極光が僅かな抵抗も許さず死霊達の軍勢を飲み込むと、後に残ったのは何もなかった。


 死霊達に生前の思考力が残っているならもう少し違う結果だったかもしれないが、単なる操り人形では望めるはずもないものだろう。


「全く」


 ララは自分によって来る魂を確認すると、呆れるように肩を竦めて待った。


『どうも変ですね。散々私のことを爺と言っていたララがお婆さんになってるとは』


「戦後に七十年も経てば人間は婆になるんだよ。今は私の方が年上さ」


『戦後に七十年?』


 魂が形作った小柄で優しげな眼をした七十代の翁が首を傾げて、随分老化した弟子の姿を確認する。


 ララにとっても懐かしい三十年ほど前に死去した師であるレノーの姿だ。


 そして流石は超深層位の魔法使いにしてララとデリーの師匠である。


『時空の乱れ? もしくは歴史が改変されて元に戻しに来たか……ここがひょっとして現実世界ではない?』


「正解。現実じゃあ私らが勝った。ここは魔の軍勢が勝った世界を無理矢理現実に押し付けようとしてる秘宝の演算世界だよ」


『ははあ。魔の軍勢に生き残りがいて、諦めていないようですね』


「聞いて驚きな。もう魔軍に生き残りなんてほぼいないよ。最後に確認されたのは少なくとも五十年近く前だ。今回のは大戦の勝敗なんてどうでもいい、頭でっかちな人間の馬鹿がやらかしてこんな様だ」


『それはそれは……いつの世もいるものですね』


 戦後に七十年という言葉と、老いた弟子のララがいることだけで正解を導き出したレノーは、まさに大魔法使いと呼ばれるに相応しいだろう。


 だが人間のやらかしを知ると、なんともやるせない顔になって首を横に振った。


『まあ、弟子に碌な教育を施さず放り出して、入学試験で惨事を招くような魔法使いもいましたからね。百年経とうが人間が変わることはそうそうないのでしょう』


「その話を聞こうと思ってた。他に何か知っていることは?」


『はて……又聞きの又聞き程度ですが、その弟子は友人が欲しいから学園に行こうとしたとかなんとか……交流もありませんでしたからそれ以上は知りませんね』


「なるほどね」


『おっと、世界が崩れている。どうやらここまでですか』


 聞きたいことが幾つかあったレノーだが、鏡が割れるようにして世界が崩れ始めたことを認識した。


『また話せて嬉しかったですよ。しかし、正しい歴史に叩き直しているのでしょう? あの存在に対する手段もあるのですよね?』


 レノーが口にしたあの存在と呼ばれる者こそが、この演算世界におけるララやレノーの死因と言っていい。


 魔法使いどころかララにとって天敵も天敵。魔法を外部に放出することができなくなる途轍もない権能を前に、逃げることもできない演算世界の彼女は魔法を内に発動。つまり自爆して相打ちに持ち込むしかなかった。


「亭主がやるだろうさ」


『亭……主? つまり結婚!?』


 時間切れで世界が崩壊する方が早くてレノーは助かった。


 危うく、貴女が!? 本当に!? どうやって!? と口を滑らせるところだったのだ。


「やれやれ。演算世界だろうと変わらんね」


 演算世界の紛い物とはいえ昔を思い出したララは、鏡が流れる空間に戻ると肩を竦める。


 現実においては、結婚の報告をすると実際に口を滑らせてしまった師を懐かしみながら。


「さて、次に行こうとしようかね」


「おーう」


 ララの声にサザキが気の抜けた返事をする。


 次なる鏡が映し出すのはとある聖域。


 本来なら命ある者達に存在自体が知られていない中、魔法の発動を無効化する能力を用いて聖域の結界を突破し、眠っているドラゴン達に細工をしようとして……。


 偶々いた小僧二人と死闘を演じて敗れた者がいる地でもある。


「ひっく。もう残りがあんまりないな」


 サザキが酒瓶に入った酒が残り少ないことを嘆く。


 その腰でカチカチと不穏な音が刀から発せられているが、意味を知っている仲間達は声を掛けない。


 意味するところは。


 怒りだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 敗北主義って言い方は好きじゃないけど、 「負けて然るべきだったから正しい歴史に書き換えて改めて滅びるべきなのだ」 「この組み合わせで当たってれば負けてた」 ってどう考えても狂人の理屈なんだよ…
[一言] 亭主…!? 天変地異だ!!あり得ない!! つまりこう言うことですnドーン!!……
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