頂の園の決戦における竜滅の戦い
マックスの指で輝く青き指輪が、彼にだけ聞こえる甲高い音をこれでもかと発して訴える。
暗黒龍カ・ルが、演算で生み出された紛い物だろうが関係ない。さあ今すぐ殺しましょう、と。
呪われた装備一歩手前の訴えに応え、鏡に突入した瞬間にマックスが空へ羽ばたいた。
この空を飛ぶと言う動作そのものがまず尋常ではない。
天空は神々とドラゴン。そして鳥の領域と定められているのか、飛行する魔法は途轍もない難易度でララでさえ単に浮かぶ以上のことをするのは面倒を感じるほどだ。
だがマックスはドラゴンの血が混ざっているため人間の持つ術とは若干外にいるし、足場が必要だったのは大戦中期までの話だ。
最終決戦を戦い抜いたマックスは重力と魔法の法則に囚われていない。
『なに!? 貴様は死んだと報告を受けているぞ!』
(勝手に殺すな!)
天空に飛び上がって太陽を背にする龍滅騎士が、迷宮産の紛い物ではなく七十年ぶりに戦う真なるドラゴンに悪態を吐きながら力を全開にする。
(流石に全開は七十年ぶりだな! 鈍ってねえといいが!)
各地を旅して色々とトラブルに遭遇したマックスだが、それでも全力を出す機会などない。それ故に自分が鈍っていなければいいんだがと思ったが、そんな心配など必要ない。
鈍る。衰えるなど、その程度の存在ではそもそも大魔神王の戦いについていけない。
鎧の中でマックスが完全なる青に包まれる。
迷宮産の時のような中途半端なものではなく、完全なる龍人形態に変じたマックスの力の奔流が稲妻のように奔り天を覆った。
(な、なんだこの力は!? なぜ青の力を凌駕している!?)
あり得ない力にカ・ルは敵を前にして驚愕してしまう。だが本当にカ・ルにとって驚天動地の出来事なのだ。
マックスがリン王国を守護する青きドラゴンの力を授けられていると察したカ・ルだが、常識的に考えて授けた存在が受け取った側に凌駕されることなどありえない。
ましてやその授けられた側は、暗黒のドラゴン達にとっての劣等種である猿の筈なのだ。カ・ルにとってそれは本当にあり得ないことだった。
しかしここにいるのは頂の園の決戦が起こった大戦中期のマックスではない。大魔神王との最終決戦という、最後の最後にあった限界を突破してドラゴンの力だけではなく人の力も併せて頂に至った男なのだ。
(やるぞ野郎ども!)
マックスの心の声に応え呪われた装備が……大戦を共に駆け抜けた戦友達も応える。
迷宮で装備した剣、短剣、弓、槍だけではない。斧、クロスボウ、ハルバード、フレイル、レイピア、メイスなど多種多様な武器が一斉にマックスの指輪から飛び出した。
『ガアアアアアアアア!』
ようやく敵を前にしていると思いなおしたカ・ルが、その巨大な口から暗黒のエネルギーを解き放つ。
流石は真なるドラゴンにして神々の力を宿す聖なる者達の天敵。
それは頂の園の各地にある大神殿の結界をぼろ布以下の存在に貶め、ありとあらゆる生物に直接的な死を叩き込む一撃だ。
だがそんなものを防ぐため、同じく指輪から飛び出したバックラー、カイト・シールド、ランタン・シールド、デュエリング・シールドなど多種多様な盾がマックスとの間に一応、そう、一応割り込む。
塊となり巨大な一つの盾のようになったものと暗黒のエネルギーが激突して黒煙が発生する。
だがもうマックスは盾の背後にいない。
真っ黒な爆発が起きる前に、彼の裂けたような青い瞳は獲物の目を狙っていた。
マックスの手によってぎじりと引き絞られた弦から矢が解き放たれ、傍に浮いていたクロスボウからも竜滅の意思が飛翔する。
『舐めるな!』
(どっちが)
『なに!?』
それをカ・ルは黒い炎のような暗黒の障壁を展開して防ごうとしたが、鏃は僅かな抵抗を受けた後に障壁を突破してカ・ルの瞳を狙う。
『ちいいいい! 避けるだと!? この暗黒龍カ・ルが避ける!? よくもこのような無様をさせたな!?』
カ・ルは翼を大きく動かし間一髪で避けることに成功したが、プライドが許せぬようで激高する。しかし通り過ぎた矢が弧を描きながら、高速で戻ってくるではないか。
後ろには油断ならぬ弓矢。そして前方からは迫りくるマックス。
『大いなる暗黒が全てを覆う!』
それをカ・ルは全て解決するため自身を中心にして暗黒の卵のようなものを作り出し、全方位へ解き放った。
「んんっ!」
一方のマックスは迫る黒い壁に対処するため、片手で斧とハルバードをそれぞれ握り、渾身の力で両方とも振り下ろす。
激突。
ぴしりとそれこそ卵がひび割れる音が辺りに響くと、次の瞬間に暗黒の殻は一方的に砕け散った。
『ばっ!?』
愚かにもカ・ルは死が迫っているのに馬鹿なと言おうとした。
その間にも殻へ侵入した武具の数々はカ・ルの胴体に、翼に、尾に、足に殺到しているというのに。
「おお!」
なによりマックスが渾身の力を込めて、次に手にした剣をカ・ルの目に投げているのに。
『ぎっ!?』
反応が遅れたカ・ルの右目に、深々とドラゴンを殺すために特化した剣が突き刺さる。竜滅の力が込められた毒を受けたに等しいのだからこれだけでも大事なのだが、自らで飛翔する武器達もまたカ・ルの体に食い込む。
そして。
カ・ルが最期に見た光景は多くの仲間と、そして現実世界の自らと同じ。
兜の隙間から必殺の意思を宿した瞳を輝かせ、脳天に向けて槍を振り下ろす青き龍滅騎士の姿だった。
「終わったようだね」
カ・ルが墜落し始めるのを地上から見ていたララは、この鏡の世界が崩れ始めたのを感じた。
「俺の勘違いじゃなかったら地上には面倒な奴らがもっといたよな?」
「ああ、明らかに質も量も劣っている。どうやらここの大魔神王は慢心したままらしい」
一方、地上の雑兵を蹴散らしていたサザキは首を傾げて疑問を呈し、シュタインもそれに同意した。
特別なことはなく、単に魔の軍勢が剣で切り裂かれ拳で粉砕されただけだが、本来ならもっと大戦争や決戦という言葉に相応しい戦いの筈だった。
「恐らく命ある者はこの程度の存在でしかないと思うような展開しかなかったのでしょう」
「ふむ。多分そうなんじゃろうなあ」
地上の敵の脆さはエルリカとフェアドも感じていた。
勇者パーティーが敗北した演算世界において大魔神王は、それこそアルジナ王国の作り出したゲーム盤のように容易く命ある者達を蹂躙しており、本腰を入れることがなかった。
そのためこれで十分だろうと思った戦力しか投入しておらず、側近達も動かしていないので、フェアド達が経験した死闘とは程遠い有様だ。
「おや……あれは私ですかね」
演算結果を魔の軍勢が敗れたというものに書き換えられてこの場が崩壊する前に、エルリカが大神殿の奥から天へ上る光りの力を見上げて、どうやら演算世界の自分の力が完成したらしいと呟く。
「次へ行くよ」
「はい」
ララの促しにエルリカは応えながら、懐かし気に眼を細めて次の大きな鏡を目指す。
世界が、光景が変わる。
「防げー!」
「死守だ! 死守だー!」
「退くな! 逃げ場なんてないんだ!」
リン王国が渾身の力を振り絞って抽出した大兵力が、荒野で魔の軍勢と衝突していた。
「あの姿……ひょっとして俺、あれとやりあって死んだか? 聞いた話でしか知らねえけど、城から抜け出したばかりでドラゴン以外と戦ったことがない時の俺じゃちょーっと厳しいかなあ……」
その光景を見てマックスはなぜ自分が死んでいることになっているかを理解する。
ここも同じだ。本来なら参戦している筈のない怪物がいた。
「黒煙が生きているだと? となれば私がしくじったな」
魔軍の先頭を歩く真っ黒な溶岩の人型にシュタインは見覚えがあった。
現実世界では命ある者達の勝利に終わった煮え立つ山の決戦において、シュタインと壮絶な死闘を繰り広げ、作り出した大魔神王すらなぜこんなものができたんだと首を傾げた異常。
そして演算世界でドラゴン以外との実戦経験が乏しいマックスを殺した者。
物体を焼くのではなく概念の焼却という権能に足を突っ込んだ、紛い物ではない真なるモンク殺しにおいて最強の突然変異個体だった。




