かつての戦い
赤くもなんともない現実世界の青空の下で勇者パーティーが疾駆し、アルジナ王国にほど近い場所で暴走を続ける馬の形をした鏡を発見した。
「面倒だね。大戦中に戦った鏡の馬とほとんど同じ権能なのに、これに関しては単に壊したら解決する話じゃない。そうすると中の演算が現実に漏れる可能性がある」
「うげ」
ひび割れたガラスを観察したララが顔を顰めると、マックスも心底嫌そうな苦い表情になる。
「解決策は今すぐに中に潜り込んで核を止めるしかない」
「行き帰りは?」
「私がどうとでもできるよ」
「ふむ。懸念される事項は?」
「大戦で私らが負けた演算を叩いて直しながら進む必要があるから、運動をしなきゃならない。頂の花園、リン王国王都、煮え立つ山。全部陥落してる」
端的なララの説明に頷くシュタインだが、最後の言葉にはぐるりと首を動かして奇妙な反応を示す。
「まあ」
「ちっ」
エルリカも軽い驚きの反応を言葉を漏らし、マックスはこれでもかと顔を顰めて舌打ちした。
煮え立つ山はシュタインの故郷、リン王国王都は王族であったマックスの故郷だ。そして頂の園と呼ばれる場所は宗教勢力の総本山にして聖域、なによりエルリカが生み出された場所である。
そこが演算での世界とはいえ陥落しているなら穏やかではいられない。
「ひっく。ならさっさと行って終わらそうぜ」
「そうじゃのう」
サザキが酒を飲みながら解決策があるんならすぐ終わらせようと提案し、一直線に突き進むことしかできないフェアドも同意した。
「そうするとしようかね」
魔道の深淵にいながら妙なところで脳筋なララも頷き魔法を発動すると、鏡を外部から隔離して潜り込んだ。
「ほほう。妙な場所じゃのう」
鏡と演算の世界に突入したフェアドは、大小様々な鏡が犇めく空間を眺めながら流されるように移動する。
そして演算されたばかりの、グリア学術都市の戦いが映し出された鏡の欠片を通り過ぎる。
が。
極僅かな欠片に映し出された、フランツが人の輝きを見せた演算結果が彼らの横を通り過ぎた時だ。
『そうだ坊主! いいぞ! よくやってみせた! それでこそ命の光りだ!』
「……どうやら急いだほうがいいかもしれんの」
「……全くです」
覚えがあるものの二度と聞きたくない声にフェアドとエルリカは呆れたような感情を抱き、勇者パーティー全員の顔がうんざりしたものになる。
「あくまで擬きでしかないよ。ただ急いだほうがいいのは間違いないかもね……見えてきた。頂の園だ」
様々な小さい鏡が乱舞する空間で、かなり大きい鏡に映し出された光景はかつての戦場だ。
後の世で頂の園の決戦と呼ばれる、大戦中期に大魔神王が行った最重要拠点への奇襲攻撃は、本来なら命ある者達の陣営の勝利で終わる筈だった。
しかしそれが覆されようとしている。
大陸北部の山に位置し、様々な花が咲き誇り巨大な白亜の神殿を彩っている神聖な地は赤く燃えていた。
「神よ!」
「どうか救いを!」
「押し込まれてるぞ!」
「援軍を!」
祈りの力を行使する司祭や白き鎧を纏った神殿騎士達が必死に抗う。大陸で最も神聖なる土地であるため、教会が保持する戦力も強大なものだったのに、どんどんと劣勢に立たされているではないか。
「忌々しいドラゴンめ!」
大司祭が空を睨みつける先には暗黒のドラゴンが宙を舞っていた。
「はん? カ・ルだって? あいつは俺が倒したよな? なんで生きてんだ?」
「その前にあんたが死んでるんだろうさ」
「えっ!?」
「言っただろ。ここは私らが負けてる演算なんだよ」
近づく大きな鏡を見ていたマックスは飛翔しているドラゴンに疑問を覚えたが、ララの言葉は更なる疑問を招いた。
暗黒龍カ・ル。
全身が漆黒でそこらの砦よりも巨大なこのドラゴンは、宗教勢力の天敵に等しい存在だ。
理不尽で理屈のない権能は神々の光の力を問答無用でかき消すことに特化しており、神の力を宿して戦う神殿勢力の兵では逆立ちしても勝てない天敵である。
だがカ・ルは頂の園の決戦直前に行われた戦いにおいてマックスに討たれており、この場にいるはずがなかった。
つまりカ・ルの死因であるマックスが、何らかの原因で関わっていないことが考えられる。例えばその前にマックスが死んでいる可能性だ。
「私がいない……ひょっとして全線戦が持ち堪えられなかったから調整が間に合わなかった?」
「そうかもね」
そしてもう一点。本来なら戦況が僅かに持ち直した隙に、完全な調整が終わったはずのエルリカがこの場にいない違いがある。
「さあ突っ込むよ」
「うむ!」
いよいよ眼前に近づいた鏡を前にしてララが事の始まりを宣言すると、フェアドは剣に力を籠める。
実はこの暗黒龍カ・ル、自身も光りに対して絶対的な優位を持っていると思っていたが、実は及んでいない領分があったことを知らなかった。
「光りよ!」
『ギッ!? 光りだと!?』
頂の園が輝き、カ・ルは予想外の光りに目が眩む。
鏡に突入した老いぼれが異常なまでの輝きに満ちていた。
赤き雲。赤き空。赤き天。
それを元に戻すために奮闘した者こそが勇者なのに、今の空はまさにかつての血の如き空ではないか。
「さあ行くぞ」
だからこそ封じられた神々の光りではない……。
最終決戦という例外はあるものの、最盛期に等しい精神状態の勇者フェアドが神々に由来するものではなく、人の光りで世界を照らした。
(よう。久しぶり)
それと同時に悪龍を尽く堕とした青き竜滅騎士が、空気を切り裂きながらカ・ルに襲い掛かった。




