友の戦い
時間を少しだけ遡る。
『魔法評議員議長デリーの名で赤一番を宣言! 全戦闘員は戦闘配置! 非戦闘員は学園へ避難せよ!』
グリア学術都市中に響いたデリーの声で、赤き空に呆然としていた民間人も我に返った。
そして長年の訓練の成果が出ているのか、それとも知識でしか赤き空と大戦のことを知らない世代が多いためか、極度のパニックには陥らずに学園へ避難をする。
勿論避難している者達の中にはフランツ達も混じっており、彼らもまた他の市民と共に学園へ走っていた。
(なんか変だなあ)
そんな避難している最中のコニーは疑問を覚えた。
人類では理解できない魔道の深淵にいるはずのララが、大魔神王復活に気が付かない筈がない。だが現実に空は赤かった。
「どうなってるの!?」
「分からん!」
エメリーヌとハーゲンの方は単純に、どうして空が赤くなっているのだと混乱しながら走る。
「こっちだ! ここ!」
ただ一人、フランツだけが疑問ではなく現状に対する正解を選ぶ。
彼自身の最適解ではない。友人のための回答を。
フランツが友人達を引っ張るように目指したのは、店主も逃げ出して無人となっている小さな武器屋だ。
「おいフランツ!?」
「学園の方が安全よ!」
「いいから! なんとなくだけどここの方がいい!」
驚愕するハーゲンとエメリーヌを無理矢理引き連れてフランツは武器屋に転がり込む。
魔法が盛んなため特に繁盛していることもなく、品揃えだって大したことがない。普通に考えれば多数の教師がいて、最後の砦としての機能がある学園に逃げ込んだ方がずっと安全だ。
だがその人が大勢いることが問題だった。
漏らしてはいけない秘密を守るために。
フランツの秘密ではない。彼は自分に秘密があるなんて思っていないし、事実なんの裏もなくただ少し運命に愛されているだけだ。
自身も知らない秘密があるエメリーヌと……。
話は変わるが閉じた世界に生きながらも、占星術と錬金術を極めたウードは間違いなく天才と言っていい。
だからこそファルケやアニエスですら見抜けぬほど、人間と全く同じ人造生命体の生産に成功しているなど誰も考えもしなかった。
「うぐっ!?」
「エメリーヌなにを!?」
ハーゲンとフランツ、そしてコニーすらも予想外の事態に反応できなかった。
苦悶の声を漏らしたエメリーヌがフランツを抑え込み、光る指を彼の首筋に当てたのだ。
「うごっ動かないで! ああっ!?」
全員に動くなと言ったエメリーヌだが、これ以上ない苦悶の表情を浮かべている様子を見れば、彼女が自身の肉体の制御ができなくなっているのは一目瞭然だ。
(剣を棚から取ってからエメリーヌを殺さず、魔法を止めてフランツを助ける。厳しい……)
そして残念ながらコニーには、どうなっているか分からないエメリーヌを殺さずに魔法の行使を止め、フランツを無傷で助ける技量はない。
「ここか」
突然修羅場となった武器屋の入り口に屈強な三人の男がやって来たが、いずれも表情に乏しく人によってはゴーレムのような印象を与えるだろう。
「アルジナ王国の直系だな? 来て貰う」
男達の視線の先にいるのはコニーでも、エメリーヌでもない。ましてやなんの秘密もないフランツではない。
真っ青な顔をしている、アルジナ王国の話題になりそうな度に話題を変えようとしたハーゲンだ。
ハーゲン・アルジナ。
大戦中に国を追い出されたアルジナ王家直系の子孫であり、身分を隠してこのまま歴史に埋もれようとした一族の末裔だ。
「来なければ友人の命はない。ナンバーワンの指揮権はこちらにある」
「ナ、ナンバーワン?」
「そうだ。主人ウードが製造したのがお前だ。記憶がないのか?」
「師匠が?」
苦悶の表情のまま意味が分からずエメリーヌは困惑する。
狭い世界で生まれ育った彼女は、実体験で多くのことを知らない。
そのため自分ならどうするかという発想に少々乏しく、実体験として色々と足りないという認識もなかった。
それは耄碌の末に実体験など必要ないと判断して、エメリーヌを放り出したウードに責任がある。
そして行き場をなくして色々と欠如した実体験のまま、魔法こそが素晴らしいという発想に従って魔法学院の門を叩き、野放しは危険だと言う意味も含めての特待生として扱われ、学費も免除されて今に至る。
それもそのはず。研究の末に魔法に対する高度な演算機能こそ有していたが、試作に過ぎず放り出されて、今更再び必要になった実験体の人造人間だったのだ。
「俺になにをさせるつもりだ。今どんな状況か分かっているのか?」
「秘宝の機能を完全解除するのに王家直系の貴様とナンバーワンが必要だ。現状起こっていることは我々に下された命令と関係ない。もう一度言う。来なければ友人の命はない」
現在のアルジナ王国王の血と臭いを頼りにハーゲンを追ってきた特別製の人造人間である猟犬達は、彼の質問に対して淡々と返答して決断を迫る。
だが彼らは、最初からエメリーヌを操ってハーゲンを拘束すればいいのに友情を利用している。それは隠されたウードの執着に由来するものだが、この場では関係ないことだろう。
「さあ」
猟犬の声と共に操られたエメリーヌが決断を迫るよう、フランツを拘束したまま一歩進む。
もう何もかも終わってどうしようもない国の直系と、製造した人間の言うことを聞いてしまう人造人間。
そんな秘密を表に出せるはずがない。秘密が漏れたならハーゲンは事実上終わっている国と関わる立場になり、エメリーヌは下手をすれば処分されるだろう。
だからこんな人気のない場所で、友人達と全てを解決するように道が示されたのかもしれない。
しかしそこから先は、あくまで一人の人間の覚悟が選んだ。
一歩エメリーヌが動いたことで、無造作に置かれている中古品の剣にフランツの手が届いたのだ。
「死ぬ覚悟があるからダチなんだろうがよおおおおおおおお!」
全てが叫ぶフランツを中心に異常な回転をする。それはどこぞの山で隠遁している筈の勇者が、七十年前に自らの覚悟で引き起こした奇跡に近い。
その叫びを聞いたエメリーヌが一瞬だけとはいえ体の制御を取り戻したことで、僅かながら魔法を発射しない隙ができた。
余談になるが、かつての大戦で勇者フェアドが光りを込めて対空用にぶん投げた剣だが、実はそこそこある。
それらは戦場の混乱で単なる剣として回収され別の人間の手に渡ったり、戦後に中古品として売りに出された。
特に大戦後期の完全に覚醒していたフェアドに一度だけでも光を込められた剣は、なぜか経年劣化をすることなく戦後七十年経過しても状態がよかった。
だが所詮は大量生産された剣でしかない。外見上は特徴もないためいつ作られたか、そしてどういった経緯を辿ったかを知られないまま各地を転々とした剣も中にはある。
例えば……。
剣が盛んではないグリア学術都市の小さな武具店で売られていたりだ。
剣の芯に僅かに残されていた光の残滓が、運命の申し子でありながら自らの覚悟で突き進むことを選んだ青年に応えた。
「っ!?」
全員の目が眩むほどの眩い命の輝き。だが所詮は七十年前の残りカスだ。
それで十分。
作られた人造の魂に命の輝きが、全人類の祈りのほんの僅かな欠片が作用した。
(私はエメリーヌだ!)
自己をこれ以上なく確立したエメリーヌは完全に肉体の制御を取り戻すと、輝く指をそのまま猟犬達に向ける。
(俺の責任だ!)
それと同時にハーゲンは、己の秘密のせいでこの危機を招いてしまったのなら命を捨てて友人を助けねばと思い、同じく魔法を発動しようとした。
だがこの場で誰よりも精神状態がキテるのは、友人が好き勝手操られ、人質にされ、拉致されそうになった男だ。
この場は怒り過ぎて微笑みすら浮かべている優男の間合いの内であり、エメリーヌをまた操られる可能性がある以上生け捕りなどもっての外。望むのは完全なる消去だ。
無造作に商品の剣を取る。
抜刀。
閃き。
納刀。
「死ねよ」
敵の三つの首が全て刎ね飛ばされ、粉微塵となって風に消える。
神速の剣聖サザキをして、心構えさえ教えていれば後は勝手に大成すると評した天才の呟きは、全ての行動の後に行われた。
こうして裏で行われていた第いいいいいい次グリア学術都市の騒乱も終わりいいいいいいいい。
パリンとガラスが砕け散った。
砕けた。砕けた。砕けた。砕けた。
全てが砕けた。
演算は終了した。
「馬鹿な!? いったいこれはどうなっている!?」
鏡を覗いていたウードは絶叫を上げながら顔を離す。
彼には理解できなかった。
限りなく現実に近い演算が行える装置を用いて演算の補助を行えるエメリーヌと、装置の機能を完全に開放できるハーゲンの身柄を確保するため、装置の機能を利用したのだ。
それなのに演算装置である鏡を覗き込めばウードにとっても予想外な出来事である、再び赤き空が世界を覆っているではないか。
しかし大戦中のグリア学術都市の戦いに参加した者がいなかったから誰も気が付かなかった。
演算の仮想世界においてデリー達に倒された魔の尖兵は、大戦中にグリア学術都市を襲った七十年前の兵そのものだったのだ。
「ひっ!?」
ウードに悲鳴を上げさせた原因の目的は単純で、ある意味で彼と似ている。
間違った今現在の世界ではなく、過去の正しき世界を演算して今という現実に押し付けようとしていた。
「あああああああああああ!?」
ウードが鏡に吸い込まれながら悲鳴を上げる。
実のところアルジナ王国にはそれほど大それた願いはなかった。秘宝を用いて完全なる演算装置を作り上げ、確定した未来を予言して自分達の正しさを証明しようとしただけなのだ。
問題なのは、大戦前に秘宝を授けてくれた存在が大戦中には魔の陣営に参加したことを世界に隠していたことだ。
パキリパキリと鏡がひび割れ続ける。
幾度となく、そしてあらゆる演算を続けて暴走する鏡は、手始めに大戦でグリア学術都市を陥落させた軍勢を演算して仮想の現在に押し付け、再びのグリア学術都市の戦いを起こした。だがそれが失敗したため、今度こそ魔の軍勢が勝利した可能性を模索するのだが……。
演算世界と現実世界において違う点がある。
全く理解できずに演算もできない光り輝く塊の行動だ。
「面倒なことを起こそうとしてるのはこれかの?」
その光り輝く塊であるフェアドがひび割れた鏡を見つけた。
演算世界で勇者パーティーがこの街に来るはずがなかった。
きっかけがなければサザキは酒の街から離れないし、銅像があるここにララは来たがらない。シュタインとマックスも用はない。
だが現実に彼らはここにいる。なぜならフェアドが山から出ようと思ったからこそ勇者パーティーはひび割れた鏡の前に、そして仮想世界が現実を侵食しようとしている危機の前にいるのだ。
「覚えがあるのう」
フェアドが見つけた秘宝にして鏡は馬の形だ。
もっと言うなら勇者パーティーに敗れた魔軍の将。自身の体の鏡で数多の仮想現実を映し出し、そこから最適解を現実に押し付けようとしていた怪物の形をしていた。




