いつもどおりのにちじょうううう
学園が休みのある日、コニーはフランツ、ハーゲン、エメリーヌを連れて曾祖母であるアニエスの邸宅に向かっていた。
「い、今更だけど緊張してきたわ。きちんとアニエス様にご挨拶できるかしら……」
「そんなに緊張されると俺の方まで緊張するんだけど」
「だってアニエス様のお宅なのよ!?」
エメリーヌからしてみれば、魔法評議員という雲の上にいるアニエスの邸宅へ遊びに行くことは緊張を伴うようで顔が真っ赤だ。一方、彼女を揶揄うフランツは言葉の割にいつも通りで余裕を見せている。
「コニー、あそこか?」
「うん。そうだよ」
「大きいな。流石は評議員の邸宅だ」
ハーゲンも普段と同じように冷静な表情でアニエス邸を指差すと、その大きさに感嘆の言葉を漏らす。
「まあまあよく来てくれました。コニーの曾祖母のアニエスです」
「は、初めまして!」
そんな一行の気配を感じていたのか、屋敷の主であるアニエスが態々邸宅の入り口で出迎えてくれた。
これにはハーゲンだけではなくフランツも流石に恐縮したようで、上ずった声で挨拶をした。
「さあさあ中へどうぞ」
「お邪魔します」
アニエスの案内で一同は邸宅の中へ足を踏み入れ居間へと案内される。
「盤を持ってきますからね。皆さんはゆっくりしていてくださいな」
「はい。ありがとうございます」
そしてアニエスの厚意に甘え、目的の物を持ってきてくれるまで待つことにした。
(お優しそうな方でよかったー)
アニエスに緊張していたエメリーヌは、品がよく優し気な老婆に胸を撫で下ろしていた。しかし猫を被っていないアニエスは、自分でもよく結婚できたもんだと思うようガラも口調も悪い女である。
なおこの猫被りは相当なもので、魔法障壁の隙間を見つけられるコニーですら曾祖母の気の強さを知らなかった。
「コニーの両親は今リン王国で仕事してるんだっけ?」
「うん。でもあっちこっち行ってるから、リン王国だけじゃないんだ」
「へー。俺も学園を卒業したら色々な国を見てみたいな。ほら、俺って実家が商店だからさ。特産品とか知ってたら役に立つだろ?」
フランツは待っている間にコニーの両親が他国で仕事していることを思い出し、自分も学園を卒業すれば広い世界を見てみたいと口にする。
フランツは本当になんの背景もない青年である。
精々が少し裕福な家に生まれただけであり、若干魔法の才能があるということで魔法学園に入学できただけだ。
周りと比べても全く血の因果や宿命というものを持たず、先祖をどれだけ遡っても特殊な存在がいない。周囲のことを考えると寧ろおかしいのだが、本当に本当にただの人間として生を受けた。
だがいつの世も偶にいるのだ。かつて七十年前に世界を救った寒村の小僧のような突然変異が……理不尽な滅びに対して、理屈では説明できない更なる理不尽を押し付けたような者が。
「はい、お待たせしました」
「あ、すいません」
「いいえいいえ。魔法を使わなかったら中々重いですからね。それじゃあゆっくりしていってください」
「ありがとうございます」
そんな奇妙な若者も、アニエスがゲーム盤を持ってきたら恐縮するようだ。
「川を挟んで布陣するか?」
「山の高低差を利用するのもありね」
「新しい要塞の形を試してみたかった」
「じゃあ僕は偵察してみるね」
ゲーム盤に向き合って各々の役割を果たそうとする若者達だが、フランツがいてもこれは攻略不能だった。
「そういやどっかの国じゃあ、国全体で推奨してるくらい盛んらしいな。確かゲーム盤の原型を作った国……どこだっけ。近くのアル……」
「それを言ったらリン王国も盛んだろう。それより集中しろ。お前のところは押されてるぞ」
「ああ、川程度じゃ足が鈍らねえな」
ゲーム盤を見ながらフランツはふと思い出したことを口にするが、ハーゲンが無理矢理集中させる。しかしその後すぐに全線戦で不利になり始め、彼らの陣営は崩壊してしまう。
「うへえ。これ無理だろ」
何度も何度も試してもそれは変わらず、フランツはお手上げだと言わんばかりに天を仰ぐ。
「ちょっと体を動かさねえか?」
「そうだね」
長時間盤面を凝視していたせいで外の空気が恋しくなったフランツが提案すると、コニーも頷いて四人全員が庭に移動することにした。
「うお。凄い修練の痕跡が見えるな。木剣とかあちこちすり減ってるし。これ持ってみてもいいか?」
「結構重いから気を付けてね」
「あ、本当だ。おっも」
庭に出たフランツは立てかけられている木剣を手に取ると、その重さに驚きながらゆっくり持ち上げる。
フランツは剣の心得がないため握り方や構えは素人であり、剣に精通しているなら脅威を感じる者は殆どいないだろう。
そう。本来ならなんの脅威もない若者なのだ。
「ガキの頃から剣士ってかっこいいよなと思ってたんだ。何回か見たことあるけど、全身鎧の騎士とかもすげえじゃん」
「分からんでもない」
「僕も全身鎧の騎士はかっこいいと思う」
「そう? やっぱりこれが男の子の感性なのかしら?」
そんなフランツは友人達といつも通りの会話を続ける。
だが……。
本人に自覚はなく神の悪戯すらも介入していないのに、運命の中心にすら至れる場所で遊んでいた。




