ほのぼの親子
グリア学術都市の城壁は黄金に輝いている。
かつての大戦でほぼ崩壊したこの都市は、もう二度と暗黒の軍勢に負けないと決心して、多重の魔法障壁を編み込んだ城壁を作り出した。
その結果城壁は若き日のララやデリーの尽力もあって、望まれた通り再びかつてと同規模以上の魔の軍勢が襲い掛かってきても、びくともしない頑強さを手に入れることに成功した、まさに再建と魔法技術の結晶なのだ。
だが。
神速の剣聖にとって少々硬い壁でしかない。
「まあこんなもんか」
「はあ……」
御者台に座ったままのサザキが呟くと、ファルケは溜息を吐いた。
ファルケは父から伸びた剣の意識が、確かに黄金に光る城壁を切り裂く光景を見た。
別にファルケも斬ろうと思えば斬れると思っているが、実際どうなるかを試すため空想の剣気を放つようなことはしない。
「とりあえず硬そうなら何でもかんでも斬れるか確認するなよ」
「昔言っただろうが。物心付いた時からこうなんだから今更無理だ。なあお母さん」
「うるさいよお父さん。ファルケも諦めな」
呆れたファルケにサザキはニヤリと頬を吊り上げると、幌の中で顔を顰めているララに声を掛けた。
(母さんも相変わらずと言うか)
ファルケは馬車から降りてこない母がいつも通りだと心の中で肩を竦める。
先程母の顔を見るため馬車の中に入ったファルケを出迎えたのは、久しぶりに会えた息子に会えて感激し涙ぐむ母。なんてことは断じてない。
久しぶりだね。で再会を終わらせた、ファルケにとっていつも通りぶっきらぼうなララの姿だった。
「それでは一旦我々は失礼いたします」
「おう。態々来てくれてありがとよ」
アルドリックとアニエスは有名人であり、ジジババ達が注目の的になることを避けるため先に街へ入ることにした。
「迷宮都市やらはモンクってことでごり押ししたが、シュタインが門で引っかかったら頼むぞ」
「いける……筈」
サザキは顎を擦りながら、学術都市の門で騒動があったら助けてくれよとファルケに頼んだ。
シュタインは相変わらず半裸であるが、モンクはそういった者が多いため言い張れば誤魔化しが効く。それにシュタインはモンクの資格を剥奪されていないため嘘ではなく、今まで何とかそれで通っていた。
その上に学術都市は変わり者が多いため、モンクが半裸になっているだけだと言えば納得する者は多い。筈だというのがファルケの見解だった。
「服を着るって選択肢はないのかのう」
「ない。無波は筋肉で自然界のエネルギーを常に感じ取る必要がある」
「ああそう……」
親子の会話が聞こえたフェアドは結果が分かり切っていたが、一応シュタインに服を着ないかと提案した。だがシュタインからの返答は少々専門的なものになってしまい、思わずフェアドは神職にあるエルリカと知恵袋のララに視線を向けた。
だが視線を上に向けるエルリカと、肩を竦めるララの返答は明確だ。参考にできる存在が他にいないため、シュタインが無波はそういうものだと言い張れば誰も否定できないのだ。
「自分で言うのもあれだが、無波はかなり危険だから研究と理解が進んでいないのも無理はない」
「まあ、それはそうなんだろうけど」
腕を組んで自分の力について考えるシュタインに、彼から無波の概要だけ聞いているマックスは頷いた。
「生波はともかく死波も理解もしておく必要があるが、死波は基本的に暴走するからな」
生だけの道ではなく、死だけの道も理解して初めて歩める道なき道だから研究はされていない。死と破滅の力の誘惑は常に暴走の危険を孕んでいるため、その先にある無波を研究することは使い手であるシュタインすらも危険だと思っている。
だから生と死の循環である自然エネルギーを、服を介さず直接体で感じているのだとシュタインが主張すれば、ちゃんとした説明になってしまうのである。
「む、到着したか。ファルケ君。魔法学院で死波はどういう扱いだ?」
「邪法や禁術の類ですね。研究をしていると聞いたこともありませんし、下手に触った場合は粛清される恐れもあります」
「そうだろうな」
馬車から降りたシュタインが世間話のようにファルケに尋ねたが、返答は予想通りのものだった。
「それよりも体の栄養に関する授業に興味がある」
「お金を払えば見学や授業を受けることもできますねっ!?」
話題を変えたシュタインにファルケが答えた瞬間、背筋から脳天に嫌な予感と言う名の電流が走った。
「ほほう。息子の授業参観はできるのかな?」
「言うと思った。なあ母さん」
「ひっひっひっひっ。私が言う前に言われちまったね」
「勘弁してくれよ……」
ニヤリと笑うサザキそっくりの顔で馬車から降りてきたララに、ファルケはがっくりと項垂れた。
「ほっほっほっ。仲がいいのう」
「ほほほほ。ええ本当に」
「おじさん、おばさん。自分がいじめられてるだけですよ」
「ほっほっほっほっほっほっほっ」
「ほほほほほ」
仲のいい親子のやり取りに馬車から降りたフェアドとエルリカは微笑み、彼らをおじさんとおばさんと呼ぶファルケの訂正を気にせず笑い声をあげた。
(平和だねえ)
それを眺める自称常識人で勇者パーティーの良心ことマックスは、しみじみと平和な世の中を実感するのであった。自身の非常識さは考慮していなかったが。




