出迎え
ファルケはいよいよやってくる両親と親戚のおじさんおばさんのようなジジババ達を出迎えるため、アルドリックと妻のアニエスと共にグリア学術都市からほんの少し離れた街道で待っていた。
だがこの場所、とんでもない爆弾が眠っていた。
グリア学術都市に訪れる者達を歓迎するように。あるいは魔法の偉大さを見せつけるように、魔法で作られた非常に大きな高位魔法使い達の銅像が街道の左右に設置されているのだ。
その精巧さは芸術の一言で服の皺の一つ一つまで拘り、顔はまるで生き写しのように完璧な再現をされていた。
しかしながら……銅像のモデルになった存在の人格を考慮していなかった。
「これ、やっぱりマズいよなあ……」
「まあ……マズいかもなあ……」
十を超える銅像の内のひとつを見上げているファルケとアルドリックは、今まで放置していた問題を突きつけられて嘆息していた。
「でも今更だよなあ……」
「ああ、今更だ……」
同年代の親友でもあるファルケとアルドリックは、もうなるようなれと諦めの表情を浮かべていた。
「よくできてはいるんだが……やっぱマジでヤバいよな……」
同じようにアニエスも猫を被らず頭を痛める。
ファルケ達の視線の先には年若い女の銅像があった。
ねじ曲がった杖を天に掲げ、重厚なローブを着ている魔女は歴史上最も偉大な魔女だ。
魔道の深淵に辿り着いて勇者パーティーの参謀として活躍し、ついには大魔神王を討伐し世界を救った功労者の一人。
消却の魔女ララが輝くような美貌に叡智を溢れさせて、青空に微笑みを向けていた。
そう、ララの内面を知らない当時の魔法使い達が作ってしまった銅像は、皮肉屋で常に頬を吊り上げている本物のララとは程遠い、賢者のようなものだったのだ。
「消し飛ばしはしないだろうけど、これ以上なく眉間に皺が寄るだろうな」
「アルドリック、それは母さんが一人の場合だ。親父が揶揄った場合は、親父ごと消し飛ばす可能性がある」
「ララの姐さん、サザキの兄貴が絡んだら沸点が独特になるからな」
多分大丈夫なはずだと判断したアルドリックだが、息子として両親のやりとりを知っているファルケは安心するには早いと判断し、アニエスも同意した。
「最悪その時は、なんとか母さんを宥めないと」
先程からまともな会話をしている通り、ファルケはサザキとララの子とは思えない程常識人で、非常識な両親を反面教師にしたのかもしれない。
(変わった両親としか言いようがない)
ファルケは子供だった頃の記憶を引っ張り出して両親を変わり者だと表現する。
両者とも皮肉屋で頬が吊り上がっているのが似合っている割にはなんだかんだと仲が良く、ファルケは両親が喧嘩をしている姿を見たことがなかった。
なお余談だが、ファルケが幼い頃のサザキは酒を断っていたため、ファルケはある日を境に急に酒を飲みだした父親を心配したことがあったが、寧ろその禁酒期間が異常だったことを知り呆れたことがある。
(でも多分母さんの方から親父を引っ張り込んだんだよな)
そんな変わった両親の家庭内での力関係は完全にララが上だが、ファルケは多分母の方から父を引っ張り込んだのだと思っていた。尤もララが素直にそれを言う訳がない。
「ああ、あれだな」
ファルケはアルドリックの声で現実に戻り、こちらに来ている馬車に視線を向けた。
「アルドリック、サイン色紙は持ってきてるか?」
「……なんのことか分からんな」
「ひっひっひっひっ」
親友が勇者のファンであることを知っているファルケは奇しくもララと同じことを口にしたが、アルドリックの答えもまた同じもので、アニエスはにやにやと笑っていた。
「……斬ってきやがった」
「サザキ様の癖か?」
「ああ」
突然ファルケは首筋を掻くと嫌そうに顔を顰め、アルドリックはその原因を察した。
まだ少し距離はあるがファルケは確かに馬車の中にいるサザキが、周りの物が全て斬れるかどうか判断していると察した。
「昔、なんでいつも何でもかんでも斬れるかどうか確認してるんだと聞いたことがあるが、物心ついた時からそうしてるんだから諦めろって言われたことがある。流石に冗談だとは思うが親父だからな……」
ファルケは剣を極めた時期に、サザキが周囲の物がどの程度斬れやすいか常に把握していることを感じ取り、なんでそんなことをしているのか聞いたことがある。しかし返答は冗談めかしたもので、その真偽ははっきりと分からなかった。
「なんか硬いのがいると思ったが、覚えのある間合いじゃねえか」
「息子を斬れるかどうか確認するな」
ファルケ達の近くにやってきた馬車の御者台で、にやけながら酒を飲む父に息子は文句を言う。
「ようこそおいで下さいました」
「お久しぶりです義父様」
「おーう。アルはこないだ会ったが、アニエスは久しぶりだな」
「母さんは中かい?」
「ああ。ここを通るまで出てこねえとよ」
「なるほど……」
アルドリックとアニエスから挨拶を受けたサザキは、息子の問いに幌を親指で指さして答えた。
「おお! ファルケ君にアニエスちゃん! 随分久しぶりだのう!」
「まあまあお元気そうで」
「最後に会ったのはいつだったか……」
「三十年前とか?」
代わりに馬車から降りてきたのは、フェアド、エルリカ、シュタイン、マックスだ。
「お久しぶりです皆さん」
ファルケは遠慮の必要のない父に対するものとは違い、かつての伝説に深く頭を下げた。
「そんで、ララの銅像はどれだ?」
(余計なことを言うな親父!)
なんとか穏便に済まそうとしているのに余計な茶々を入れるサザキに対し、幌が遮れていない母のギロリとした気配を感じたファルケは焦るしかなかった。
(どうしよう……心臓が痛い……)
なおアルドリックは、伝説のモンクのシュタイン、竜滅騎士マックスまで揃っていることに興奮して心臓が止まりそうだった。
色々とぶれない男である。




