ホラ吹き竜騎士
勇者パーティーは足を止めることなく迷宮内部を侵攻。いや、単に進行していく。
立ち塞がろうとするモンスターはサザキに斬り捨てられ、偶に出現するモンク殺し擬きもシュタインが屠るのだから、足がずっと止まることなどない。
「マックス、そのキンキン煩いのはどうにかならんのかい?」
「俺が聞きたいくらいだ。いい案があったら教えてくれよ」
だが僅かに浮かびながら移動しているララには不満があるようで、しかめっ面で一番後ろにいるマックスの指輪を睨んでいる。
ララの異常な感覚は指輪から発せられる甲高い声のような思念を感知しており、持ち主のマックスに至っては頭の中を鐘の音が絶えず鳴り響いているような有様だった。
「何と言っておるんじゃ?」
「上品に表現してやるよ。冒険者があの薄汚ねえ紛い物をぶっ殺したのなら、貴方もやりましょう。さあぶっ殺しましょう。今すぐぶっ殺しましょう。みたいな感じだ」
「変わらんようだのう」
「本当だよ。作り出して力を込めた方はお淑やかなのにな」
笑いを含んだフェアドの質問に対し、ララ以上のしかめっ面になっているマックスが自分の指輪を睨んでいる。
実はこの男、身に着けている装備の大半が呪われた装備のようなもので取り外すことができず、青い指輪もまたその一つで持ち主を苛んでいた。
「あれでお淑やかなら私だって聖女と言われてただろうさ」
「だっはっはっ! まあ普段は大人しい女だろ! ちょっと別のドラゴンに対して豹変するだけで!」
そんな装備を作り出した者に対して、どうやらマックスとサザキ・ララ夫妻は意見が違うようだ。
「ならばドラゴンはお前に任すとしよう」
「ああ。本当に嫌々だけど、迷宮産のドラゴンならなんとかなる……筈だけど危ない時は助けてくださいお願いします」
「そうは言うが、七十年前に専門家の邪魔をしたら面倒なことになると知ったからな。まさか物理攻撃へのほぼ完全防御なんてドラゴンがいたとは……私も筋肉が足りなかった」
「ちっ。忌々しい魔法反射能力のドラゴンのことを思い出したじゃないか」
シュタインはドラゴンを倒せと自分の装備に訴えられているマックスに、迷宮のドラゴンを任せることにする。
これは非情でも薄情でもなく、ドラゴンは専門家に任せた方がいいという経験則からだ。
特に大戦中のドラゴンは敵も味方も最盛期を維持していたため、ララが昔を思い出して舌打ちしている通り、彼ら勇者パーティーですら面倒だった個体が存在していた。
「別に専門家でもなんでもねえのに……って、ここが中層の区切りか。確か複数の炎の精霊だったな」
溜息を吐きそうなマックスだったが、中層と深層を区切っている巨大な門に辿り着くと、意識を切り替えて中にいるモンスターのことを思い出す。
精霊、もしくはエレメンタルと呼称される存在は、自然エネルギーを意のままに操る。あるいは暴走してただ力をまき散らす厄介な存在だ。
この夜なき灼熱の中層と深層を区切っている場所にいる炎の精霊もまた、暴走状態で理性なく炎をまき散らす。だが知能がない故に行動が単純で、対策さえきちんとしていれば攻略はそれほど難しくはない存在だった。
しかし問題があった。
「迷宮で過剰反応が起こった場合、深層のモンスターが代わりにいることがあるんじゃったな」
「そうらしいですねえ」
フェアドとエルリカが事前に受けた説明では、迷宮の専門用語で過剰反応と呼ばれる現象が起こっていた場合、モンスターが強化されるだけではなく、区切りの場所にいる主も強化されるのだ。
もしくは下にいるはずの主が上にいたり。
「では行こうかの」
フェアドが門を潜り抜けた先にいた。
『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
深層の奥底にいるはずの真っ赤なドラゴンが、中層の深層の区切りの空間で吠えた。
それは新しき伝説達がつい最近打ち倒した個体とほぼ同じ力を持ち、断じてこの場にいていい存在ではない。
その瞬間、マックスの青い指輪が光り輝いた。
『グギャ!?』
衝撃波を伴ったドラゴンの吠え声が悲鳴に代わる。
無機質だった瞳の左右にはそれぞれ矢が突き刺さっていた。ドラゴンは比較的、そう、鱗と比べたら比較的目が弱い。だが自分達の攻撃は素通りさせる防御結界などという都合のいいものは殆ど存在せず、ドラゴンへ矢を当てるためには、なんの備えもなく死への崖っぷちにいて集中力を維持しなければならない。
それを成立させたのがマックスだが姿がおかしい。
歳を考えず若者の姿を真似ているかのような老人はいない。
白い鷹のような意匠の兜と全身鎧の背からはまさに鷹の羽が生え、赤いマントを揺らしている。
左手には獅子の頭が吠えている紋章付きの黒い剣。
右手には狼が踊っているかのような紋様で彩られている灰色の槍。
背には先ほど使用した弓の弦に、草の蔓が巻き付いている。
腰に差した短剣は雷の様にギザギザとしていた。
立派な騎士が、とりあえず持てるものを持ったかのような統一感のない装備。
なにもかもが全て、マックスという男に相応しい偽装に満ちた装備だった
そのマックスが駆ける。サザキの剣、シュタインの全力に遥かに劣る速度。
だが十分すぎる。
全身鎧の隙間から僅かに漏れる、ララより遥かに劣る青い魔力。
それで十分。
武器に宿す、フェアドとエルリカに遥かに劣る光の力。
十分。
人類の限界突破者の得意分野に全てで劣る程度。
ドラゴンを殺すのに十分。
『ギャアアアアアアアアアアアアア!』
目を貫かれたドラゴンが恐怖で叫ぶ。視界が奪われたせいか、ドラゴンの感覚器ははっきりと認識した。
自分とは比べ物にならないほど巨大で強大な青きドラゴンが、これ以上ない殺意を宿した瞳で襲い掛かってきている、と。
誤認であるが事実でもある。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
狂乱状態となったドラゴンが灼熱の吐息を放つため口を大きく広げる。
するとマックスは鎧の背から突き出た羽を羽ばたかせて宙に舞いドラゴンの上を取る。
「っ!」
マックスからは僅かな気合の吐息が漏れるのみ。だが彼が投げた槍は、凄まじい勢いでドラゴンの頭頂部に突き刺さる。
『ギイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアア!』
別に頭蓋骨を貫通したわけでもないのに、ドラゴンはブレスのために込めていた力を忘れて絶叫した。
この世界ではそこそこ知られていることだが、ドラゴンの頭頂部には第三の目、もしくは魔力受容器と呼ばれる器官がある。
トカゲにも似たようなものが存在しており光などの受容器なのだが、ドラゴンはこれを用いて魔力の流れを認識している。だがドラゴンの第三の目は脳とかなり密接に絡んでおり鱗も薄い。そのためもし完璧に攻撃を当てられて目まで塞がれてしまったなら、激痛と共に外の情報を殆ど遮断されてしまうのだ。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!?』
それ故に更なる狂乱に陥ったドラゴンは、自分の喉元すぐに飛び込んだマックスを認識できなかった。
炎のブレスを吐き出すために力を集めていた喉元にいる敵に。
「っ!」
再び短く小さなマックスの吐息が漏れる。
兜の後ろから染めた金ではなく、元の青く長い髪が流れる。
その隙間から覗く瞳はまさにドラゴンの様に裂けている。
鎧の下の肌はドラゴンの様な青い鱗が現れている。
リン王国を守護する青きドラゴンの力を借り受けながら、凌駕してしまった男の剣が紛い物の喉元に突き刺さった。
『ギ!? ゴ!?』
紛い物のドラゴンが喉に突き刺さった剣に気が付いたときは全てが手遅れだった。
口から放出されなかった炎の力は、外部から流された同族殺しの力で誘爆。口から飛び出した力はまだいいが、体の中に流れ込んだ炎は紛い物の体を駆け巡って燃え広がる。
『ガ、ガ……』
ただでさえ体温を調整できない紛い物が、熱と同族殺しの毒に耐えきれるはずがない。一瞬で生命活動の許容範囲を超えてしまい、どずんという大きな音と共に崩れ落ちた。
「はあああああ。鈍ってなくてよかったああああああ」
マックスが情けない声と共に肩を落とす。
このマックスという男は大戦中から謎が多かった。
世に認識されたのは、ドラゴンを一人で殺したと自己申告した愚か者として、当時の指揮官の日記に記されたのが最初だろう。
それ故に当時誰も気にも留めず、記録が他に全くない男だと知らなかった。
装備の由来もだ。
装備は特殊な力によって変貌しているが、真なる姿があった。
鎧は白い鷹ではなく青いドラゴンの意匠と羽、青いマント。
左手の剣は吠えている青いドラゴンの紋章。
右手の槍は青いドラゴンが舞う紋様。
背負った弓の弦は細長い青ドラゴンの体を模したもの。
腰に差した短剣はドラゴンの牙だったのだ。
もしその真の姿を見る者が見れば分かるだろう。
マックスが全身に身に着けている装備は、大戦終結後にリン王国に返却されなかった国宝だと。
これはマックスが手放さなかったからではない。逆だ。返却しようとしたのに装備の方が、まるで呪われた装備の様に彼に纏わりついたのだ。
「ゲイルの頼みじゃなけりゃ、ドラゴンとかもうお腹いっぱいだっての。分かるか呪われた装備達よ。ぐえ!? うっせえ! 抗議したところでお前ら全部呪われた装備だろ!」
青きドラゴンの力によって生み出された国宝が、自らを十二分に扱える男に執着しているかのように。
そしてマックスは、自分に連絡をしてきた先々代国王ゲイル・リンの名を気安く呼ぶ。
親友だからではない。
肉親だからだ。兄弟だからだ。
名が多きマックスが王家直轄の騎士の来訪に驚いたのも理由あってのこと。
本名ギャビン・リン。
先々代国王ゲイルの双子の弟であり、公式には存在しない男なのだから記録がないのは当たり前だ。
この時代、王家にしてみれば双子は王位継承権をややこしくしてしまうため、弟は人知れず歴史の闇に消えるのが定めだ。しかし、幸か不幸か双子の父であった当時の王が憐れんで、ギャビンは王宮で生活することができた。
父王は優し過ぎたのだろう。
だから大魔神王の侵攻によって命ある者が大幅に数を減らし、リン王国が蝕まれたことに耐えきれず病んで無気力になり政務を放り出した。
ギャビンが父を蹴飛ばすように家を飛び出したのも、ゲイルが父を事実上幽閉して実権を取り上げたのも別々のことではない。完全に同じ人物に対し、双子の兄弟が協力しての行いだったのだ。
そしてこの兄弟、完全に才能が分かれていた。
ゲイルは国家を纏めるまさに王としての才能。
ギャビンは公に存在しないながら、青きドラゴンの力を歴代リン王国王家で最も強く扱える戦いの才能。
だからこそ役割も分けた。
兄は王として。弟は戦士として国を救うと。
それを後に参加した勇者パーティーの面々にすら秘匿していたものの、大戦中に結局気付かれてしまったが。
「そんじゃ最後まで行ってみるとするかね」
龍の力を持ちながら龍を滅ぼす者が気楽に言った。
それこそがかつての大戦において、非公式ながら悪なるドラゴンの最多討伐記録保持者。竜滅騎士、変じて竜騎士と呼ばれながら、祖国を救ったことで完全に燃え尽き、王位をややこしくしないため姿を消したマックスと名乗る男だった。
◆
おまけ
-ははははははははは! あははははははははははは! ばーか!-
大魔神王から、王にもなれず日陰者として生きていくことを強制されながら、なぜ国のために戦うのかと問われた竜滅騎士の答え。
次話の頭でも書きますが、マックスが衛兵にビビってた件を付け足しました。




