勇者パーティー突入
本来封鎖されている筈なのに、ゲイルの計らいで人がいない夜なき灼熱の入り口で、勇者パーティーが揃っていた。
しかし、非常に温度差がある。
(はあああ……)
一番熱意が低いマックスは心の中で大きくため息を吐く。
(あの馬鹿が復活したら、真っ先にフェアドとこ行ってるって。まあ、直に会ってないから分からんのは仕方ないけどな。つうかさっきからうるせえ!)
かつての宿敵である大魔神王を馬鹿と呼ぶマックスにしてみれば、自分に相談してきたゲイルの心配事。つまり大魔神王復活は杞憂だと断言できる。
しかし、一国の王であったゲイルにしてみれば、発見されたモンスターが大魔神王が作り出した真なるモンク殺しなのか、それとも単なる類似存在なのかを知ろうとするのは当然だった。
「さあ行こう」
一方熱意が高いのは全身の筋肉を隆起させているシュタインだ。
彼も大魔神王が復活したなどとは考えていないが、モンク殺しはシュタインの同胞の多くを殺害してきたモンスターであり、いると聞いたなら居ても立っても居られない。
「ぷはぁ」
「ここから見るに特におかしな術はないね」
そして単なる付き合いの気持ちでこの場にいるサザキはやはり酒を飲み、ララは真面目に迷宮の外部を観察していた。
「さて、一応でも大馬鹿が出てこんのを祈っておくか」
「そうですねえ」
マックスが馬鹿と表現した大魔神王を、フェアドは更に大馬鹿と呼称しながらエルリカと歩み始めた。
結局誰もが道を阻めなかった者達が六人も、夜なき灼熱に足を踏み入れる。
案内の者はいない。真なるモンク殺しに囲まれた場合、戦闘の余波は勇者パーティ以外では耐えられないし、大魔神王が何かしらの形で関わっているなら尚更である。それに、魔力が読み取れるララの特殊な目を用いれば、特に案内は必要なかった。
その後すぐ。
眼鏡をかけた初老の男が率いるリン王国の暗部の部隊が、洞窟の入り口を封鎖した。
◆
「あっつ。なんだこれ暑すぎるだろ」
早速マックスが、炎で炙られている洞窟に対してうんざりとした
だが最初の階層はまだいい。あくまで至る所が炎で燃え盛っているだけであり、深部の様に溶岩までは流れていない。しかし、洞窟で炎が燃え盛っているのに、これで呼吸ができるのだから迷宮とは不思議なものである。
「浅い階層は異常ないと聞いたが、どうかのララ?」
「馬鹿が関与した術やらの形跡はないね」
「そうじゃろうの」
暑さを特に気にせず歩くフェアドの質問に、ララもまた大魔神王を馬鹿と呼称しながら、魔法の専門家として異常はないと判断する。
「最後の戦いであいつは、これでケリを付けようと言ったんじゃ。なら今更復活したところで何もするまい。もし儂が奴の頭をカチ割ったことに対するお礼参りというなら直接来るしのう」
フェアドがどこか遠くを見ながら呟く。
勇者と大魔神王。光と闇。正義と悪。そしてなにより勝者と敗者。コインの裏と表のように例えられるフェアドだからこそ、大魔神王のことを人間では誰よりも理解している。
「だろうなあ」
まさに同じことを考えていたマックスも、暑いと文句を言っていたのに汗一つ流していない顔で頷く。
「まあ、他の奴が悪巧みをしてないとは限らん。底まで行って確認せんとな」
「では走るとするか」
「うむ。行こうかの。ララ、道案内を頼むぞい」
「やれやれ、魔力の道筋が見えるのも考えものだね。今更冒険者の真似事とは」
浅い階層に用がないと判断したシュタインの提案で、フェアド達は迷宮を制覇するため一列で走り出した。
それは全員が九十歳とは思えない風のような速度であり、先頭のフェアドは普段のよちよち歩きが嘘のようだ。
続くサザキ、シュタインも負けず劣らず、浮いているララ、エルリカ、最後尾のマックスが迷宮を疾駆する。
(懐かしいなおい)
いつも一番後ろを定位置にしていたマックスが、仲間達の背を見ながらつい昔を懐かしんでしまう。
(俺にはフェアドとエルリカみたいな光の力はねえ。サザキみたいな速さはねえ。ララみたいな魔法の力はねえ。シュタインみたいな……筋肉はいいか)
そんな彼は勇者パーティーのメンバーでありながら、仲間と比べ地力において一段も二段も劣っていると思っていた。そして、彼らの背を一番見てきたと自認している。
(だがまあ、折角また集まったんだ。やるだけはやっとくか)
既に大願を成し遂げ燃え尽き、後は死ぬだけだった男はいつも通りの軽い気持ちで仲間達の背を追う。
「おっと、お客さんだ」
サザキがフェアドの前に一歩だけ出る。
ボコリと地面が隆起して、人間の成長期の子供と変わらない大きさの、オオトカゲのようなモンスターが十匹ほど飛び出し。
オオトカゲは赤い煌めきを認識できず、全ての首と胴が断たれた。
神速の剣聖を前にして、どこからか飛び出すという行為そのものが自殺行為と変わらぬ愚行。極論するとサザキに対抗するには絶対に斬れない体を持つか、剣ではどうしようもない質量、もしくは神速に匹敵する速度が必要なのだ。
それ等を持ち合わせていないのなら、サザキの相手は不可能である。
「どんどん行こうじゃねえか」
片っ端から切り捨てられるモンスター達は、サザキの軽口よりも軽く屠られていく。
(やっぱやべえわ……最速なら最強だろって理論が間違ってねえと思わされるぞ)
マックスは相変わらずなにも障害がないと思わせられるほどの仲間の腕前に、子供のような理論が正しいのだと思わされてしまう。
「ふむ。ここら辺りから中層かね? 特に妙な術はない」
そんな様子なのだからあっという間に浅い階層を突破し、中層に辿り着いたララはここも細工がないと判断する。
そうであるからこそ。
「む。来た……か……」
溶岩の川から飛び出した赤い人型三体、真なるモンク殺しと思われたモンスターにシュタインはなんとも言えない奇妙な顔になる。
それは例えるなら世界を滅ぼす魔狼がいると聞いて来てみれば、単なる犬型のモンスターがいたときのような反応か。
「どうも遭遇したドワーフは分からなかったみたいだけど、構えとかしねえじゃん」
「俺も言おうとした。帰って酒飲むか」
ドワーフの操る特殊な魔道鎧を熔かした怪物が三体も現れたのに、マックスとサザキのやる気は完全に尽きたようだ。
「一応確認だけはしておくか……」
今にもどうしたものかと頭を掻きそうなシュタインが、僅かに両腕を広げて轟く大地教のモンクの構えになる。
それに対し真なるモンク殺しは気にすることなく、魔道鎧に碌な抵抗をさせなかった灼熱の体をシュタインにぶち当てるため駆け出した。
もう確定だった。
対モンクとして発展した武の構えを取らない。その一点で紛い物だった。
紛い物が腕を振り被った直後、シュタインが呼気を漏らさず無音で溶岩の人型を殴りつけた。
溶岩に腕を突っ込む信じられない愚行。
だが紛い物こそが信じられないと言わんばかりに、自分の胴の溶岩が弾き飛ばされたことに困惑する暇もなく全身を殴られ体を維持できず消滅した。
残りの二体はそれを気にすることなく、なんの学習をすることもなくシュタインに殴り掛かり……そして同じように全身を殴られ消失した。
「学習能力もない。やはりこれは違うぞ」
空気の層や筋肉で溶岩の体を無視した訳ではなく、無波で体を保護していたシュタインがそう評する。しかし、保護していたと言っても魔法や魔力ではなく、気の力で溶岩すら気に留めないのははっきり言って人間の業ではない。
だがかつて溶岩水泳すら行ったことのあるシュタインにすれば、今更溶岩の体が素早く襲い掛かってきたところでなんの脅威にもならない。
そんなシュタインにすら真なるモンク殺しは敵だと思わせていたのだから、紛い物とは比べ物にならない。
「全くお前さんの構えに反応しない。仲間がやられても行動を変えない。本能しかないの。儂らの知るモンク殺しではないわい」
「ああ」
フェアドの確認にシュタインも同意する。
煮え立つ山というモンクの総本山に投入され、モンク殺しとまで呼ばれたモンスターが、単なる溶岩の体と速度、そして万を超える数だけでモンクの怨敵だと思われるはずがない。
あろうことか大魔神王は真なるモンク殺しに対し、当たれば必殺の溶岩の体に耐久力、速度のほかに、並み以上のモンクに匹敵する武の技術と、対モンクに特化した学習能力すら詰め込んでいたのだ。
ここまで徹底的にモンクに対抗されたのだから、煮え立つ山が陥落寸前に陥ったのも当然の話だった。
しかも煮え立つ山の戦いが終わった後も、モンク殺しは猛威を振るい続ける。何とか生き残り大戦末期の経験を積んだ個体は、溶岩の体を持ちモンクの技術を吸収して、独自の武を磨き上げたような達人といってもいい恐ろしい存在だったのだ。
「まあここまで来たんじゃ。一応最後まで確認しておこうかの」
「そうだな」
大魔神王が関わっていないことはほぼ確定したが、それでもフェアド達は念のため深層へ潜ることにした。
(やーっぱりやべーわ)
マックスは自分達と戦った達人と言っていい最後期のモンク殺しを思い出しながら、それを最も打ち破ったシュタインの凄まじさを再確認していた。
(分かったからちょっと落ち着け! やりゃあいいんだろやりゃあ!)
ずっと煩い自分の指に填めている、青い宝石が付いた指輪に内心で怒鳴りながら。




