幕間 冒険者1
ちょっと本編から外れますが必要だと思う別視点を入れます。
迷宮に挑む冒険者の起きる時刻はまちまちだ。
前日に迷宮に挑んで祝杯を楽しんだなら起きるのは遅いし、その逆で迷宮に挑む者の朝はかなり早い。
「んんんんん」
年若い青年ながら深層巡りの一員である青年テオは、朝日に負けない金の髪を輝かせながら、ベッドから起き上がり体を伸ばす。
「よし! 今日も気合入れていくぞ!」
気合いを入れて頬を叩いたテオは、上等なベッドの真っ白なシーツを整える。上等なのはベッドだけではなく、タンスや椅子、机など家具に限らず様々な小物も一級品だ。
田舎の単なる小僧だったテオが、一級品の物に囲まれている状況も冒険者を志す者が後を絶たない理由だ。
実力さえあれば農家の四男坊だろうが、貧民窟で暮らす悪ガキだろうと栄達を手にすることができる冒険者は、立身出世の代名詞と言っていい。
だが世間で思われているほど冒険者は単純ではない。
少なくとも力を補完する仲間と冒険者パーティーを結成しなければ、富と名誉が眠る深層へ挑戦することはできないだろう。
テオはその点でも恵まれている。
「おはようミア」
「おはようございますテオ! 今日もいい青空ですね!」
「そうだね。今日も青空だ」
迷宮産の司祭服を身に纏った少女とも女とも言える年齢のミアが、身に秘めた光の魔力が作用し、金色に輝いているように見える髪と瞳を揺らしながら青い空を尊ぶ。
稀にだが魔力は身体的特徴として現れることがあり、ミアは光の力が強いため僅かな輝きを宿しているのだ。
そしてこの青空への思いだが、世代や場所によって大きく違う。
かつての大戦時に主力として活躍した騎士団、モンクや神殿騎士を抱える教会勢力、古くから続く戦士の集団は先人から青空への思いも受け継いでいる。
他には残り少ない年老いた人間、信心深い農村、エルフやドワーフのような人より遥かに長寿な長命種は日々青い空を尊ぶ。また空が赤くなりませんようにと願いながら。
だがそういったものに縁がなくなった街では青空は青空であり、血の様に染まっていた空は過去のものだ。
テオは閉鎖的で信心深い昔ながらの村。ミアは教会で育たなかったら、青空を大して気にしなかっただろう。
それもまた一つの時代の移り変わりである。
「おはようテオ、ミア。今日もいい青空だな」
「おはようフレヤ」
「おはようございますフレヤさん!」
長い赤髪を束ね、髪と同じく赤い瞳を細めているミアよりも小柄な少女。に見えるフレヤが青空を喜んでいるのは、少しテオ達とは違う理由だ。
一見幼い少女に見えるフレヤの種族は、個体によってかなり違うが大体二百年の寿命を持つドワーフである。
ドワーフは山、地下、鉱石、火、武器といった類のものと密接に関わる種族で、平均身長は人間に比べて低く男はずんぐりむっくりな髭面。女は少女のような外見をしている場合が多い。
そんなフレヤは六十歳と少しだが、ドワーフ基準では人生の半分も生きていない娘扱いだ。しかし戦後の爪痕が色濃く残る世代の生まれであり、地下で生活することが多いドワーフすら未だ抱いている青空への思いを受け継いでいた。
「あとで少し体を温めるか?」
「そうだね」
「頑張ってください!」
フレヤがテオを誘うとミアが応援した。
体を温めるという言葉に特別隠れた意味はなく、少々物騒とも取れる日課だった。
◆
それから少し。
テオとフレヤは深層巡りの冒険者に相応しい大きな屋敷の庭で対峙していた。
「よしやるか」
木製の非常に大きな大剣を構えている、燃え尽きた炭のように黒い鎧。各部が角張って威圧感があり、並みの男では大きく見上げる必要がある巨躯から、可愛らしいフレヤのくぐもった声が漏れる。
金属と共に生き、鍛冶の腕前で並び立つ者がいないドワーフの一部は、非常に特殊な鎧を自分の手足のように扱うことができる。
そのため外見上は小娘でも、戦士としてのフレヤは頑強な前衛になることが可能なのだ。
「おう!」
対するテオは非常にシンプル。
胸など必要最低限の部位を革鎧で守り、武装も木製の盾と剣だけだ。
「せいや!」
フレヤの声と共に巨大な鎧が、見た目に相応しくがっしり大地を蹴りテオに近づくと、巨大な木剣を大上段から振り下ろした。
「んっ!」
対するテオは軽装のくせに躱すことを選ばず盾を構える。
中身のフレヤがいかに軽かろうと鎧は相応の質量であり、その特殊な力を持って振るわれた木剣は、常人の頭蓋骨を容易く粉砕して肉体を地面の染みにするだろう。
だが木剣を使っている時点で所詮お遊びだ。フレヤは全く本気ではないし、愛用している大剣を使えば人体など赤い霧になる。
それ故にテオもまた相応の力しか使っていない。
秘めている光の力を、体にほんの僅か巡らせただけだ。
それで十分。
フレヤが振り下ろした木剣は、テオの盾にぶち当たると叩き割るどころか大きく反発して跳ね上がった。
「もう一発!」
反発の勢いですっぽ抜けそうになった木剣を無理に握って防いだフレヤは、今度は横から薙ぎ払うように腕を振るった。
これまた常人が受ければそのまま体が浮いて吹き飛ばされ、全身の骨が折れてしまうだろう。
「んっ!」
だが盾で受けたテオは小動もせず、寧ろ木剣の方が衝撃に耐えきれず折れてしまった。
光の力や魔力は防御において大地の力と似ており、攻撃に対して強力な反発を起こし、衝撃に対しても不動を維持することもできる。
大地の力と相違があるとすれば、術者の数が他よりも若干希少で力の操作が難しい代わりに、光の力の方がより強固な守りを発揮できることか。
つまり年若いながら光の力を使い、迷宮の深層を巡るテオは紛れもなく天才の一人と言っていいだろう。
だからこそ彼は、迷宮の地下深くでドラゴンと戦い勝利することができたのだ。
(ドラゴンを倒して一皮剥けた気がするな。死ぬかと思ったけど)
ドラゴンを倒してから体の調子がいいと自覚しているテオは、その時のことを思い返していた。
まさしく激戦を。
◆
一方、青空のために戦った者達。
当然ながら、ついこの前まで畑仕事をしていたジジババの朝は非常に早く、色々と忙しい宿屋の者達とほぼ変わらない時刻に起きていた。
「いい天気ですねえお爺さん」
「そうじゃのう婆さんや」
エルリカとフェアドが、宿の外に備え付けられているベンチに座り朝日を眺める。
あまりにも長閑すぎて、人によってはこのまま爺と婆は死ぬんだろうと思うような光景だった。




