街一番の武器屋に訪れた剣聖
時刻は夕日が地平線に沈んだばかり。まだ日の熱気が残っている街中で、多くの冒険者が酒場で酒を飲み始めようとする時間帯だ。
「もう酒飲んでる連中ばっかりで殆ど客は来ないから、あとは俺一人で大丈夫だ。今日はありがとうな。また明日よろしく!」
「うむ。それではまた明日の」
そんな時間帯ともなればマックスの店に客は殆ど訪れず、いたとしても急遽小物が必要になって駆け込み、すぐ帰るような者ばかりだ。
故に店長は従業員を労い、臨時に雇われたジジババ店員達は確保していた宿屋に戻ることにした。
その前に。
「俺はララと剣を見て帰る。冷やかしだから飯の時間までには戻るはずだ」
「了解した。なら儂らは一足先に戻っておくとしよう」
サザキとララは大店にある聖剣や魔剣の類を見てから帰るようで、一旦彼らは道を別にする。
◆
煌びやかな武具の数々が店の中を彩っている。
冷気を帯びているかのような白と青の入り混じった剣、燃え盛るような赤い槍、薄っすらと光り輝いているかのようなメイスを筆頭に、どの武器も強い輝きを発しているかのようだ。
それもその筈。迷宮で産出される武具は魔力を帯びていることが多く、そこらの武器とは存在感からして違う。
ましてや特に強力なカテゴリーに分類される聖剣や魔剣の存在感はその比ではない。店の最も目立つところかつ、最も強力な魔法で守られ飾られている真っ白な聖剣は、店を訪れる全ての人間を釘づけにしてしまう。
尤もこの店にある聖剣は、使用者の生命エネルギーを半強制的に吸い取って光の力に変えてしまうため、殆ど魔剣や邪剣の類である。
以前にも述べたが強力な武器は冒険者の生命線であるため、この場にあるのは最上位の冒険者が不要と考えて売り払った武器が多い。故に一線級の武器は取り扱っていても、切り札になるようなものは殆ど取り扱っていなかった。
だが切り札になる武器がなくとも、一線級の魔法武具を扱っている店がただの店なはずがない。
迷宮で産出された武器を専門に扱う大店、“迷宮の炉”はこの都市でも最も大きな力を持つ店の一つで、これに比べるとマックスの雑貨屋などは吹けば飛ぶような存在である。
「いらっしゃいませ」
深々と従業員から頭を下げられる客もただ者ではない。
鍛え抜かれた冒険者の中でも特に筋骨隆々で、強い力を感じさせる毛皮を纏っている戦士。神の祝福が与えられた白い司祭服を纏い、メイスを腰に提げている修道士。今現在は武装していないのに、一目でただ者ではないと思わされる武人などなど。
上位の冒険者は迷宮の深部から地上に戻ってくるため、街では他の者達より夜に行動することが多い。つまり、今現在店内にいる者達は上位か最上位の冒険者なのだ。
「……」
パーティーが違う冒険者達は店内で絡むことはなく無言だ。街一番の武具店でいざこざを起こして立ち入り禁止になるなど愚の骨頂であり、その程度のリスク管理すらできないのであれば、今彼らは生きていない。
それに店内には屈強な警備員が多数いるため、単なる口論程度なら仲裁して間に入るし、そこらのちんけな盗人なら即座に制圧することができる。
「ありがとうございました」
退店する客に深々と頭を下げる店員。
多くの者から意外に思われているが、店主は武器を生み出すことを得意とするドワーフではなく人間だ。
そして迷宮都市での大店のトップともなれば、非常に大きな商談か最上級の冒険者が絡まない限り現場に出ることはなく、責任者として執務室に君臨していることが多い。
だから迷宮の炉の店主、ベアディは変わり者である。いや、変わり者だからこそ迷宮都市で大店を構えるまでになったのかもしれない。
単なる店員に扮して頭を下げている四十代の男こそが、その店主ベアディなのだ。
勿論理由は色々とある。
訪れる高位の冒険者が取引に適しているかを見極めていたり、従業員がきちんと仕事をしているかの確認。そして客が珍しい武器を持っていないかが気になったりなどだ。どちらかと言うと最後の比重が大きい程度には変わり者だった。
しかし、今日訪れた客はとびっきりの変わり者だった。
選び抜かれた屈強な警備員。
城塞の如き超高度な魔法による防犯対策。
輝く武具の数々に筆頭たる聖剣。
迷宮の最深部で戦う人類の上から数えた方がいい強さを誇る上位の冒険者達。
その全てが等しく……一瞬で“斬れる”と認識されたなど誰が思う。
「冷やかしだから気にせんでくれ」
飄々と入店する神速の剣聖サザキにとって、何もかもが駆け出し冒険者の持っていた剣と同じ。斬りやすい存在でしかなかった。
(誰だ?)
冒険者やベアディは突然来店したサザキとララの老夫婦を観察する。
老年でも魔法使いは寧ろ強力であることが多く侮れない存在になるため、彼らが思ったのは侮りではなく純粋な疑問だ。
「ふむ。これが話に聞いた聖剣のことか?」
「そうだろうね。使う気が失せる説明文が書かれてある」
一方のサザキとララは視線を気にすることなく、堂々と飾られている聖剣擬きを観察していた。
(俺が死んだ後に、カールの坊主に送る剣があればと思ったが……まあそうそう見つかるはずもないか)
面倒見のいいサザキが店を訪れた理由は、弟子のクローヴィスに預けたカールに、自分の死後に送る剣がないかと思ったからだ。
数々の弟子を育て上げたサザキは、カールがどのような剣士になるかもある程度把握しており、それに合う剣も予想ができた。
しかし、サザキをして自分に比べて蟻んこだと評するカールに相応しい剣が簡単に見つかる筈もない。店内の煌びやかな武具は全て不適格だった。
「最後の弟子かい?」
「近所にいた小僧だ。弟子なんてもんじゃないさ。まあ、俺にあと二十年あったらなとは思うが」
「それはそれは。あんたがそう言うかい」
サザキがどうも人に送る武器を見繕っているようだと気が付いたララは、最後の弟子でも取ったのかと思った。そして、素直な言い方をできないサザキに少々の未練があることに気が付き、どうやら大きな魚だったらしいと、その小僧ことカールに感心した。
「ふむ。お前さん的にはどうだ?」
「一級品だね」
店内の物が全て斬れると確信しているサザキは、魔法使いの視点ではどう見えるかとララに質問すると、彼女は単にそれ以上でもそれ以下でもないと評した。
「伝説の武器はないか」
「拘るねえ」
「なあに。男ってのはそんなもんだ。俺だけって話じゃない」
「なるほどね」
伝説の武器とやらに拘るサザキの力説に、ララは自分の息子を含めた男達を思い出して納得する。
「なにかお探しですか?」
今までずっとサザキを観察していたベアディが、冷やかしを宣言した客に声をかけた。
彼はサザキの実力を見抜いた訳ではない。ただ、サザキが腰に提げている珍しい鞘と握りの武器、刀に興味があったからだ。
「実際冷やかしなんだが……まあ、強いて言うなら知り合いの小僧に送る武器を見繕ってたんだが、ちょっと癖がありすぎるみたいだな」
「はは……まあ、仰る通りです。強力は強力なのですが……」
知り合いの小僧というサザキの表現を、偏屈な師が弟子に剣を送ろうとしているのだと判断したベアディだが、聖剣擬きに癖がありすぎるという表現はそのまま捉えるしかなく苦笑した。
「こんなことを聞くのはあれだが、店主はどういうつもりで買い取ったんだろうな?」
「さて、私は店主に聞いたことがありませんので……」
ベアディは言葉を濁した。
聖剣というカテゴリーは秘めた力も、その名の通りやすさも他を圧倒する。だからベアディも、店の箔になるとついつい買い取ってしまったのだ。しかし、迷宮の奥深くで自分の生命力を吸い取る武器を扱う物好きはそうそういないだろう。
そのため聖剣擬きは完全に飾りと化していた。
しかしこのベアディの行動は、多くの武具屋が共感するものだ。武器を取り扱う者であるならば、誰もが一度は聖剣を取り扱いたいと思うのが共通認識で、この聖剣擬きを買い取ったベアディを馬鹿にする声は同業者から聞こえてこない。
「勇者は偉大ということか」
「そうですなあ」
頬を吊り上げたサザキにベアディは同意する。
聖剣が神聖視されるのは、かつて魔を打ち払った伝説の勇者もまた、聖剣を振るったと伝えられているからだ。
「勇者様の聖剣、一度でいいので見たいものですなあ。神々が作り出した、様々な原初の宝石が輝く純白の剣……」
「確かに。見てみたいもんだ」
熱の籠った吐息を漏らしそうなベアディに、サザキはうんうんと何度も頷く。そんな亭主をララは呆れたように横目で見ていた。
「ところで話は変わるが東方諸国の刀が流れてきたり、迷宮で産出されたりはしないか?」
「偶に他の店で出たという話は聞きますが、ここの迷宮で刀が産出されたとは聞いたことがありませんね。ここから少し遠いですが、大迷宮の方なら産出するらしいです。噂では虹色七刀に匹敵するものも大迷宮なら産出するとか」
「ふむふむ。虹色七刀クラスの刀か」
「ええ。とはいっても恐らく一番下の紫に匹敵するという話でしょうね。緑や黄色などは伝説の刀ですし」
話題を変えたサザキにベアディは食いつく。まさしくその珍しい刀の話題をしたくてサザキに声をかけたのだ。
虹色七刀。
東方諸国が誇る刀文化の最極致に位置する七刀は、それぞれ虹に関する色を与えられている。最下級の紫ですら常軌を逸した切れ味を誇り、緑や黄色から上に至っては神話の武器と称えられている。
だがその殆どの所在が不明で、唯一明確に判明している紫は東方諸国において最も神聖なる場所に安置されていた。
つまり扱いが武器ではなく宝物であり、いくら凄まじい切れ味でも実戦に持ち込んではならないものだった。
「すまんな冷やかしに付き合ってもらって」
「いえいえ。お弟子さんの剣を見繕っていたのでしょう?」
「弟子なんて大層なもんじゃないさ」
知りたいことを知れたサザキは肩を竦めながら、ララと共に店を後にする。
「聞いたかよ。どうやら勇者様の武器はすげえらしいぞ。斬れないのも納得だ」
「言うと思ったよ」
ララは店を出た途端に頬を吊り上げて話しかけてきたサザキの言葉を予見していた。
感情を抜きに単に物理的なもので考えると、サザキはほぼ全てが斬れる。
大成した自らの弟子達や、魔法剣士として完成した息子もそれは変わらない。
途轍もなく面倒だがマックスも、エルリカも、そしてララも。更に途方もなく面倒だがシュタインも。
だが唯一、たった一人だけ、恐らく斬れないと思っている相手がいた。
かつての宿敵、大魔神王ではない。そもそも大魔神王を打倒しているからこそサザキはここにいるのだ。
だからこそ斬れない相手は、親友であるフェアドに他ならない。
繰り返すが感情を抜きにした物理的に斬れるか斬れないかの話で、サザキは多分フェアドを斬れない。断てないと思っている。
それはかつても、今も変わらない。
「ほっほっほっ。賑やかな街じゃのう婆さんや」
「そうですねえお爺さん」
よちよち歩きの老人であろうと、勇者は勇者なのだ。




