在庫処理に必死な勇者パーティーメンバーのホラ吹き
サザキの助言で剣を買った若者が帰った後も、マックスの店にはぽつぽつと若い冒険者の来客があった。
「のうマックス。駆け出しの冒険者は礼儀正しい若者ばかりじゃな」
「そうだな。大抵は訓練場で鼻を折られて、上下関係を叩きこまれてる筈だ。田舎の腕っぷし自慢が冒険者になった後、実家の方に一旦戻ったら別人扱いされるってのをよく聞く。つまり若い頃のお前とは大違い」
「うっせえ。人のこと言えた口か」
「た、確かに。言わなきゃよかった……うっ、昔を思い出して頭が……」
年老いたよぼよぼにも礼儀正しい駆け出し冒険者達に、フェアドは今時の若者達は礼儀正しいのだなあと感心していた。そしてマックスによると、フェアドの若い頃とは大違いらしいが、彼自身も若い頃はやらかしていたのか人のことを言えないようだ。
「ええい。こっちはほっとけサザキ」
「そりゃ残念」
フェアドは、店内でうろうろしていたくせに急に顔を出してきたサザキの頬が吊り上げがっていることに気が付くと、どこかへ行けとばかりに手を振った。
(けけけ。シャイニングスター結成時の話はまた今度だな)
実際フェアドの判断は正解だろう。もう少しでサザキだけが知っている、やんちゃ坊主最盛期のフェアドの逸話が漏れるところだった。
尤も農村の小僧だったフェアドに礼儀が身についていなかったのは当然で、大戦中もそういったことは重要視されていなかった。
「と、ところで相談なんだが……偉大なる冒険物語の在庫どうしたらいいと思う?」
「……売るのは諦めた方がいいと思うぞ。いっそ寄付とかかな」
「そんな……どうして俺はあの時、度々名前を変える主人公ってかっこいいじゃんと思ってしまったんだ……」
「いやまあ、偽名を持ってる主人公が陰ながら活躍するとかは理解できるが、十回もころころ変えたらやり過ぎじゃろ」
「だよな……ぐすん……」
過去が原因で頭を抱えていたマックスが気を取り直すように、現在頭を痛めている原因の処理法をフェアドに相談するとばっさり切り捨てられた。
しかし捨てる神あれば拾う神ありと言うべきか。なにかの奇跡が起こったのかもしれない。
「お邪魔します。ここに奇書の類があると街の書店で聞いたのですが」
「魔本なら幾つかあるにはあるよ」
身なりのいい眼鏡をかけた初老の男が、奇書を探し求めてやってきたらしい。それをララは魔法使いが魔法を行使する際、補助の役目を果たす魔本の類のことだと考えた。
だが初老の男が求めているのは全く違うものだった。
「いえ、誰にも読まれていない。もしくは存在を殆ど知られていない類のものです」
「はい! はい! ここにあります!」
マックスは男の言葉を認識した瞬間、喜色満面の笑みとなり手を挙げて宣言した。
(自分で殆ど読まれていないのを主張するのか……それにしても物好きの類じゃな。まあ、サザキ、シュタイン、マックスのような者がおる世の中じゃ。そういった者もいるか)
わざわざ妙な本を探し求めている者もいるのだなと思ったフェアドだが、酒好きのほぼ浮浪者、鳥の胸肉と牛乳好きの半裸、偽名で各地を転々とする男が仲間なのだ。そういった者も世の中にいると納得した。
そのサザキとシュタインも、珍妙な客に意識を割いていたほどだ。
「これですこれ! 偉大なる冒険物語! いやあ、自分が若い頃に山越え谷越え、天の果てにある城から深海の海底都市まで冒険したものを纏めた本になります!」
(儂ならその説明で買わんぞ……)
(ですね)
マックスの軽い説明を聞いただけで、大抵の人間は買う気にならないと思ったフェアドとエルリカはお互いの目で会話していた。
「なるほど。それはさぞかし危険な目にあったことも書かれているのでしょう」
「そ、そうですなあ! えーっと、そう……魔なるドラゴンとの死闘……とか!」
(言い方からして嘘くせえ……)
頷いている男の問いに、マックスはつっかえながら力説した。しかし、それを聞いていたフェアドにしてみれば、あまりにも取って付けたような説明で、しかも現実味が全くない。
かつての大戦中、非常に特異な行動を起こした種族がいた。
それが神話の時代から存在する、巨大にして強大なる頂点種ドラゴンである。
蛇とトカゲを組み合わせたような外見に長く撓る尾、鳥や蝙蝠のような個体によって違う羽。この世で最も鋭く城塞など容易く噛み砕く牙。
更には城並みの巨躯を誇るドラゴンは多数の特殊な能力、いや、神の権能に匹敵する力を持つ者が多く、鱗はあらゆる魔法や伝説の武器を跳ね返し、炎、氷、雷、毒などを伴った吐息は万物を悉く粉砕する。
そんなドラゴンは群れではなく個を優先しており、古来からリン王国のシンボルが青きドラゴンの様に、積極的に命ある者達に与する者もいれば……その全く逆。大魔神王の軍勢に加わり、命と光の陣営に真っ向から戦いを挑んだ魔なるドラゴンと呼ばれる存在もいた。
その結果非常に珍しいことに同種が二つの陣営に分かれて、しかも手を抜くことなく本気で殺し合いの死闘が行われる事態が発生したのだ。
つまりドラゴンはドラゴンが相手をするのが常識であり、人間がそんなドラゴンと戦いましたと言ったところで生きているはずがない。誰も信じないホラなのである。
「分かりました。一冊買わせていただきましょう」
「え!? あ、ありがとうございまあああああす! ささ、どうぞこちらへ!」
だが例外もいるらしい。
男がどうして本を買おうと思ったのか分からないが、マックス腰を深く曲げながら心変わりされては堪らないと急いで金勘定をしようとする。
まさに奇跡でサザキとシュタインは、本当に金を出すのか気になったのかマックスと男の様子を確認していたほどだ。
(……物好きもいたものじゃのう)
(……本当ですねえ)
一方、我が耳を疑ってしまったフェアドとエリルカは、お互い呆然と顔を見合わせるしかなかった。