剣販売担当の剣聖
この度、ジジババ勇者パーティー最後の旅を書籍化することになりました。
これも皆様のおかげでございます。本当にありがとうございます!
(懐かしいの)
アクシデントのあった昼が過ぎて太陽が傾き始めた頃、フェアドは懐かしさを感じた。
(戦場の空気じゃ。最後に感じたのはいつだったか)
ぴりつき。ひりつき。ぴりぴり。まるでそういった文字が浮いているかのような気配は、かつてフェアドが毎日感じていたものだ。
(とはいえ少し違うの。いい意味で欲と余裕がある空気というべきか。今日死ぬという切羽詰まったものではない)
そのかつて、七十年前ほどの大戦と違うところがあるとすれば、命を懸けたあまりにも純粋な生きるための殺気ではなく、金や名誉などの欲が混じっている闘志といったところか。
「懐かしいですね」
「そうじゃのう」
フェアドの傍で商品の前出しをしていたエルリカもそれを感じたらしく、懐かしそうに外へ視線を向ける。
奇しくも多くの冒険者達が迷宮から地上に戻ったタイミングであり、街の雰囲気ががらりと変わり始めていた。
「酒よし。剣よし。筋肉よし」
「ちょ、ちょっと待って。最後に言ったのはなんの在庫のことだ? 鶏の胸肉とか売ってないぞ?」
「私の夕方の筋肉のことだ」
「ああ、はいはい……」
冒険者の需要を満たすため、倉庫から商品を品出しして確認を行うシュタインの言葉に、マックスは一瞬なんのことか分からず尋ね……そして呆れる羽目になった。
「おっほん。うちに来るのは駆け出しの冒険者だな。上位の冒険者は表通りの大店と馴染みだから、うちなんぞには関わりがねえ」
「その大店の方なら伝説の剣があるんだな」
「だからフェアドに見せてもらえよサザキ。まあ、偶に迷宮の深層で出た聖剣やら魔剣やらが売ってたりはするらしいぞ」
「冒険者が売ったやつか。となると予備にもならないのを手放した感じか」
「ご明察。聞いた話だけど、持ち主の生命力を強制的に吸い取って、光の力に変える聖剣とかが売られてるとか」
「それ聖剣っつうか魔剣じゃねえか」
「言えてる」
店に訪れる冒険者が若手ばかりなことと、大店で売られている迷宮産の武器を説明したマックスは、サザキと共に肩を竦める。
迷宮で眠るのは金銀財宝だけではなく、特殊な武器も含まれている。だが強力な武器は冒険者にとって生命線であり、まず市場に流れることはないと考えていい。つまり、大店で販売されている迷宮産の聖剣や魔剣といったものは、なにかしらの曰くや理由があって売られているとみてよかった。
「しかし、そうか。一応聖剣やらなんやらがあるのか。おーいララ、空いた時間に見に行かねえか?」
「ああいいよ」
珍しく酒以外のことで興味を持ったサザキがララを誘うと、彼女は特に嫌がることなく承諾する。
(やっぱなんだかんだ仲いいよな。サザキ以外がララを誘っても、一人で行ってこいで終わりだ。いや、エルリカならララも付いていくか)
そのやり取りを見ていたマックスは、独特な関係を維持している夫婦の仲を再確認した。
「お邪魔しまーす」
「はい、いらっしゃい!」
マックスは店の入り口から聞こえてきた声で思考を切り替えると客を観察する。
(二十歳にならないか位の若い男が四人。冒険者ギルドの訓練生か駆け出しだな)
大人とも言えないが小僧とも言えない年若い男達を見たマックスは、彼らが冒険者ギルドの訓練生か新人冒険者ではないかと予想した。
(濁った人の血の匂いはしねえが、薄くモンスターの血の匂いはするな。駆け出しか)
(鍛えこまれたばかりだが中々の筋肉だ)
サザキとシュタインもまた彼らをそう評する。
迷宮に挑む者達はある意味において一次産業の従事者であり、当然ながら人的損失はそのまま産業の衰退に繋がる。そのため冒険者ギルドになんの実績もなく訪れた者達は、非常に厳しい訓練を施される訓練生を経てないと迷宮に挑むことができない。
単に無策で人的資源を消費するのは無駄であり、新人に迷宮で生き残る術を叩きこむ余裕が冒険者ギルドにあるのは幸いだった。そうでなければ、夥しい数の新入りが迷宮に飲み込まれていただろう。
「古着は……」
「俺、薬の方に行ってるから」
そんな彼ら四人はマックスの予想通り訓練生を終えたばかりの新人冒険者で、この店が閉店セールを行っていると小耳に挟み、細々としたものを買いに訪れたのだ。
「あ、剣も安くなってるぞ」
「本当だ。どうしよう。予備に買っておこうかな……」
若い男の二人が、鞘に納められている剣も安売りされていることに気が付いて足を止める。
元々この世界は、各地に現れるモンスターと戦うために武具の生産が盛んだ。それに加えて迷宮都市は、迷宮から産出する武具や、冒険者向けに作られた剣で溢れているため、量産品の剣ともなればかなりの安値で購入することができる。
それが更に閉店セールということで安くなっているのだから、駆け出し冒険者の彼らでも余裕をもって購入できる金額まで落ちていた。
そんな彼らにサザキが近づく。
「悪いことは言わねえ。予備じゃなくて完全に買い換えろ。硬いのにぶつけたか雑に扱ったかは知らんが、剣全体が弱くなってる。どっかのタイミングで完全に折れるぞ」
「えっと」
若い男たちに声をかけるサザキは、酒瓶を片手に寝っ転がっていなければ、長身で背筋がしっかり伸びている古強者といった雰囲気があるといえばある。
若き冒険者達はいきなり剣を買い換えろと言われて納得こそしなかったが、その雰囲気に気圧されたのか反論もできなかった。
「ど、どうしてそれが分かるんですか?」
「歳食ってたらどんなものが斬れるか分かってくる。そんでその剣は脆くなってるから斬りやすい」
疑問を覚えた男がサザキに問うものの、その答えはなんとも言えないものだ。
しかし、理屈にもなっていない理屈は冒険者の間では通りがよかった。最上級冒険者や達人と呼ばれる者はこれに類似する、もしくは全く同じようなことを言う者が多く、そういった言葉が冒険者間で渡り歩いているのだ。
「えー、貴方の腕前は……」
若い男達にとって目の前のサザキがその達人という確証はなく、ついついサザキの腕前を知ろうとしてしまった。
「六十か七十歳以上の奴に腕前を聞くのは意味がねえから止めとけ。あちこちで恨まれてる可能性があるんだ。大したものじゃないとしか返ってこねえし、殺しの技なんだから人前で見せることもない。寧ろ自分を探ってるんじゃないかと思われて、ひどい時は斬られて実体験する羽目になるぞ」
「いっ!?」
サザキの忠告は事実である。長生きをしている戦士ということは、それだけ方々からの恨みを買っている可能性が高い。しかもその状況下で生き残っている場合は、未だ実力を維持していることも十分に考えられ、自分を探ろうとしている者がいたなら消そうとすることもある。
「か、買っていきます」
「おう。そうしろそうしろ。剣は生命線なんだから、状態は必ず毎日確認しろよ」
少々血生臭い話とサザキの圧に押された若い男は、代り映えしない量産品の剣を手に取り購入を決定するのであった。
「あいつ、面倒見いいよな」
「ほっほっほっ。昔からの」
マックスとフェアドは、昔からぶっきらぼうな癖に面倒見のいい友人を見ていた。




