超高性能対万引きジジババシステム
「さて、それじゃあ午後も頑張って」
昼食を終えたマックス達が店に戻った途端、少し騒動が起きることになる。
「邪魔をする」
「なんでしょうか!」
(なんでだよ! 俺なにもしてねえじゃん!)
店に入ってきた複数の男を最敬礼で迎えるマックスは、頭の中で絶叫を上げる。
店の中でも白く輝くような立派な鎧に、この国、リン王国の象徴である青い龍の紋章を胸に輝かせている男達が単なる衛兵であるはずがない。
彼らはリン王国王家直轄の騎士で、様々な物が産出する迷宮都市で違法なことがないかを厳しく取り締まっている存在だ。その権限は凄まじく、冒険者を統括している冒険者ギルドですら目の上のたん瘤に思っているほど、あちこちに口を挟むことが可能であった。
そんな騎士が、大通りから離れた雑貨屋に足を踏み入れるなど理由は限られている。
「急に閉店すると小耳に挟んだ。理由を聞いても?」
突然に閉店を宣言したマックスは、不正行為か夜逃げしようとしているのではと疑われているのだ。
(びびったあああああ!)
なぜ高位の騎士が、こんな雑貨屋に来たのかを察したマックスは、気が抜けて思わず膝から崩れ落ちそうになった。
この金銀財宝に秘宝が出土する迷宮都市は、当然だがあらゆる犯罪の温床であり、あちこちで体制側の目が日夜監視を行っている。
そのお陰もあってかなり治安はいいのだが、騎士達はかなり神経質になっていると言っていい。だが、そうでなければ一瞬で危険地帯になりかねないのが迷宮と関わる都市であるため、騎士達が警戒しているのは無理もなく必然であった。
「いやあ、昔の友人が訪ねてきて、死ぬ前に世話になった人へ挨拶してると言うんですよ。それでどうせなら自分も一緒に行こうと思いましたが、ちょっと長くなりそうなんで店を畳もうと思ったんですよ」
「儂らのことですじゃ」
「なるほど。念のため、店の裏を見せてもらっても?」
「どうぞどうぞ!」
騎士を案内するマックスに、その点で疚しいことなどない。薬や酒を取り扱う許可証は伝手を使って入手した正規のものだし、犯罪に関わる物品も存在しない。
それに、店内にはどう見てもお迎えが近い老人ばかりで、死ぬ前の挨拶という言葉にはとてつもない説得力がある。
実際騎士達も閉店する理由に納得していたが、違法な品を取り扱う店が急に夜逃げする実例がそこそこあるため、手を抜くようなことはしない。
「協力、感謝する」
「いえいえ、お仕事お疲れ様です!」
だが本当にマックスの店に疚しいことはなく、騎士達は問題なしと判断して去っていった。
「なんだ。しょっぴかれなかったのか」
「冗談になってねえよサザキ。王宮直轄の騎士だぞ。マジのガチで焦った。心臓バクバクしてるし」
ニヤニヤ笑うサザキに、悪態を吐く余裕がマックスにはない。老い先短い遊び人のようなマックスは、衛兵や騎士に会うと平静でいられないらしい。
「しかし、たまに話で聞くタイプじゃなかったな」
「王国の精鋭だぞ。そうそういるか」
頬を吊り上げたままのサザキの言葉が意味するところは、賄賂や横柄な要求をしてくる衛兵や騎士のことだ。それを正確に読み取ったマックスは、最上級の騎士にそういった類の者は殆どいないと口にする。断言しないのは人と組織の正義や善性が、殆どの場合で維持されないことを知っているからである。
「マックス、夕方からの剣はどこに置く?」
「奥の方の空いたスペースに頼む。それと、子供はその時間立ち入り禁止だ」
「分かった」
汗を拭う仕草をしたマックスはシュタインに夕方からの品出しを頼む。
武器の類は子供が訪れる朝や昼には危険なため、時間を調整していた。
「サザキ、一応言っておくけど単なる量産品だぞ」
「なんだ。お前の素晴らしい冒険で見つけた伝説の剣はないのか」
「フェアドに見せてもらえよ」
剣と聞いたサザキの意識がそちらに向いたことを把握したマックスは、店の商品はそんな大したものじゃないと打ち明ける。
その時である。
「サザキ」
「ん」
小声ながら鋭いシュタインの呼びかけに、サザキは短く頷いた。
「え? なに? なんだ?」
「筋肉が後ろ向きな者が入ってきた」
「意識もだな。こりゃあ、あれかね」
マックスだけが状況を認識できていなかったが、シュタインとサザキは異常な感覚で入店してきた男の奇妙さを捉えていた。
彼らの言葉を借りるなら、男の体と意識は常に入り口、もっと言えば外を向いている。それなのに何食わぬ顔で入店してきたということは、だ。
常に逃走経路を確保したい心理が働く者を意味する。
「お客さん、ちょっとお話聞かせてもらえませんかねえ?」
いい笑顔のマックスが、手ぶらで欲しい物がなかったらしい客が外を出た瞬間に呼び止めた。
「はい?」
四十半ばを過ぎた男は、マックスに呼び止められたことが不思議だと言わんばかりに首を傾げる。
だがマックスはやったやってないの問答に付き合うつもりはないし、何よりある意味での最終兵器がいるのだ。
「なにをされたのですか?」
「え?」
店の奥からよちよち歩きでやってきたしわくちゃの老婆、エルリカに問いかけられた瞬間、男の体と舌は彼の意思を離れた。
「い、いや、その、安売りしてるんだから、わざわざお金を払うのがもったいないと思って盗みました」
男が袖から幾つかの小物、未精算の商品を取り出す。
「飢えや生活に困ってですか?」
「べ、別にそういったことではなくて……」
「やむにやまれぬ事情もありませんか?」
「いえ、特には……」
「これが初めてですか?」
「他で十二、三回くらいは」
「盗賊ギルドや非合法な組織に所属していますか?」
「いいえ」
男は言い訳の言葉ではなく、単なる事実を口にする。
既に忘れられた伝承だが、最高位も最高位の司祭や聖人を前にした罪人は噓を言えないと伝えられていた。その徳か聖なる力、はたまた背後にいる神の威光は、単なる人間では抗えないのだ。
尤も過酷な経験をして、なおかつ盗賊の神の加護を受けているような達人などは、強力な自己暗示を使って逃れられたという。
「あとは俺がやっとくよエルリカ」
「分かりました」
マックスに頷いたエルリカは、強力な力の行使は必要ないとしてこれ以上のことをしなかった。
(俺のは趣味みたいなもんだが、気楽に他でも盗んでるのは話になんねえな。こいつは衛兵に突き出すとして……よくよく考えたら俺の店、今とんでもなくヤバくね?)
盗人の処遇を考えていたマックスは、今更ながら今現在の店の状況に気が付き、自分と仲間が集結している意味を再確認するのであった。
相手は単なる盗人だったが。




