世界のために戦い終わった者達
「ありがとな我が仲間達よ! そんで午後からもよろしく!」
昼食を食べるために一時的に店を閉めたマックスは、かつての仲間達に笑顔を向けながらそう言った。自分からほぼ連絡を絶っていながら、毎日会っていたかのような雰囲気だ。
そしてこの昼食、ついに全勇者パーティーが半世紀以上ぶり集結した記念すべきものだが、相変わらずパンやサラダ、スープ、酒、鶏の胸肉と代り映えがしない。
「意外と客層が普通だな。てっきりアウトローな連中ばっかりだと思ってた。ひっく」
「だろ? まあでも午前中限定だ。夕方からは冒険者が街を出歩き始めるから、一気に客層が変わる」
サザキは酒を飲みながら、午前中に来客した子連れの主婦や中年男性を思い出し、気性の荒い冒険者の街にしては一般的だと感想を述べる。しかしこの街で生活していたマックスは、冒険者が朝と昼に迷宮へ赴き、ほとんど地上にいないことを知っている。
「普通の市民は冒険者を避けて、朝と昼に活動しているのか?」
「そういった面も少なからずあるだろうな。命のやり取りをしてる奴らの雰囲気は、普通の人間にはきつい。特にこの街は、言ってしまえば戦場がすぐそこにあるようなもんだ。その戦場の空気を纏ったまま、すぐ街に帰ってくるから余計にきついだろ。ああでも、結構な人間が慣れちまってるぞ」
「なるほどな」
鶏の胸肉に満足していたシュタインが、マックスに街の一般人と冒険者について尋ねる。
街の傍に迷宮があるということは、その中で殺し合いをしたばかりの人間がすぐに帰ってくるということだ。これは一般人にしてみれば中々のストレスで、気の弱い者などは冒険者を避ける傾向にあった。
「儂も戦場から帰ってきたときはそうだったのかのう」
「お前、その」
「爺言葉が似合わんは聞き飽きたから言うなよマックス」
「ぷっ。そりゃ言うだろう」
はて、自分が戦場から帰ってきたときは殺気立っていたかと首を傾げるフェアドに、マックスはそんなことより爺言葉が似合わないと言おうとした。しかし、サザキとシュタインから突っ込まれているフェアドはうんざりした顔になり、彼の言葉を遮った。
「まあ真面目な話、当時は戦場帰りを憧れと頼もしさ以外で見てた奴はいないだろう。なんせ強いのがいなけりゃ人間は滅んでた。ビビってる暇もない」
マックスは、同種に怯えることができるのもまた、平和になった証だという持論を持つ。
それも決して間違いではないだろう。大戦中に戦場から戻ってきた者達は等しく敬意を向けられる存在だ。それに戦場の雰囲気をそのまま持って帰ってきても、どこもかしこもで当たり前すぎて怯えられるようなことはなかった。
「私はフェアドのことを怖いと思ったことはありませんよ」
「そうかの。ほっほっほっ」
「ほほほほほ」
「なあシュタイン、飲みに行こうぜ」
「サザキと行ってこい」
「いや、サザキも惚気てくる可能性があるから駄目だ」
「……」
急に惚気始めたエルリカとフェアドに、今度はマックスがうんざりしたようで、シュタインを飲みに誘った。そしてマックスの言う通り、サザキは手紙でとんでもない惚気というかやらかしをしたばかりなため無言で酒瓶を呷る。
(サザキが無言だって? なんかやったな。ララは……いつも通りだ。ってことはララもなんか言ったな)
マックスの素晴らしい洞察力が発揮された。
サザキから即座に否定の言葉が返ってこなかったことを不審に思ったマックスは、普段なら絶対に揶揄うはずの話題に食いつかないララが、我関せずと食事を続けていることにも違和感を持つ。
そして、二人が喧嘩をしている雰囲気ではなかったことを考えると、導き出される答えは限られている。
(夫婦仲がよくてなによりと思っておくか)
心の中で肩を竦めるマックスは、人付き合いが煩わしくて名前を変え、各地を転々としていた男だ。そのため連れ添った女もおらず子供もいない。しかし、友人達の夫婦仲がいいことを祝福することくらいできる。
「ところでマックスよ。ひ孫へのお土産になりそうなものはあるかの?」
「歳が幾つかによるだろ」
「五歳にもなっていない筈です。ねえお爺さん」
「そうじゃのう婆さんや」
(そういやフェアドとエルリカの子供は遅かったな)
フェアドに問いかけられたマックスは、彼らの子供と孫の年齢を思い返す。
かつての大戦が終結しても、諸々の理由でフェアドとエルリカの間に子供ができたのは、彼らが三十代の頃だ。そしてその子も隣の大陸で色々と駆け回ったので、若干孫とひ孫が生まれたのが遅かった。
「偉大なる冒険物語でいいじゃないか」
マックスがフェアド達のことものことを思い出しながら、子供用の物はと考えていた横で、ララがニヤリと笑う。
「ああそうだ! 偉大なる冒険物語があるじゃん!」
それは名案だと手を叩くマックスとは正反対に、フェアドの顔は渋面になる。
「覚えて居る限り、主人公の名前が十回くらい変わってたぞ。ひ孫に読み聞かせたら混乱するわい」
「まあ……俺も反省してる。ちょっと。そこだけ」
フェアドが渋面している冒険物語という本は、偉大なる勇者パーティーの旅をマックスが記した実録。では全くない。
「私も魔道の知識が眠っている海底都市とやらに行ってみたかったね。どこにあったんだい?」
「そりゃあ……あれだ。うん。ララでも知らない深い海底にあったぞ」
「ああ、黒渦の海の底に似たような話があったような」
「きっとそこだろうな。そうに違いない」
わざとらしくララが、マックスの旅した場所について尋ねる。
偉大なる冒険物語とは戦後のマックスが主人公となり、失われた天空都市や海底都市への冒険。神々に与えられる試練。出会いと別れ。秘宝を巡っての戦いに挑む物語である。実録と書いておきながら、そんなことは全くなかったのに。
しかもこの本、妙なところでリアリティを発揮してしまい、主人公がマックスと同じ頻度で名前をころころ変えてしまうのだ。
この実録と銘打っておきながら実際に起こっていない現実感のなさと、主人公の名前のせいで本は全く売れず、マックスはかなりの在庫を抱えていた。
「実際あった戦いを書くのじゃダメだったのかよ?」
「常時死に物狂いだったから殆ど覚えてねえんだよ!」
「なるほどな」
かつての旅を書けばよかったんじゃないかと思ったサザキだが、戦時のマックスに余裕は全くなかったため、詳しく書こうと思っても記憶がかなり怪しく難しかった。
「おっほん。できれば偉大なる冒険物語の在庫も処分したいから頼んだ!」
気を取り直したマックスの言葉に対し、返事は誰からも返ってこなかった。




