ジジババ勇者パーティー雑貨屋店員
雑貨店“とてもすごい店”。大通りからは外れた位置にある冗談のような名の店は、実は意外と重宝されていた。
店主であるマックスが歳不相応に元気でかなり夜遅くまで店を開けている上に、統一感がないほど色々なものを置いているため、買い忘れや急に必要になった物を補充するのに便利なのだ。
そんな店で突然、五人の従業員が雇われることになる。
これはさぞかし繁盛しているのだろう。なにせ人件費だけでも恐ろしいことになる。正確には換算できないが、一人一人に給料を渡した場合、王侯貴族でも躊躇うかもしれないほどだ。
「いらっしゃいませー」
「いらっしゃいませ」
客に挨拶をしている勇者フェアドとその妻エルリカ。
「酒の専門店やってみたかったんだよなあ」
酒瓶が置かれている場所でうろうろする神速の剣聖サザキ。
「まさかとは思うけど、大戦中の魔本はないだろうね」
危険物がないか確認している消却の魔女ララ。
「これはどこだ?」
倉庫から商品を持ってきた無波のシュタイン。
「あら、人がいっぱい。ひょっとしてお友達の方ですか?」
「ええそうなんですよ! 昔のダチがちょっと手伝ってくれてまして!」
そして常連と話している店主のマックス。
店員全員が勇者パーティーメンバーという、間違いなく歴史上最も大器小用なできごとが起きていた。
「ほっほっほっ。店員としていらっしゃいませと人生で初めて言ったわい」
「ほほほほ。私もです」
尤もその中心人物であった勇者フェアドは現状を楽しんでおり、エルリカと朗らかに笑っていた。
農村に生まれ青春を全て戦いに費やしたフェアドは、店員のようなことをした経験が全くない。その新鮮さを経験できるのも、世が平穏になった証だろう。
「お邪魔しますね」
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
そんなフェアドとエルリカが子連れの婦人に挨拶をする。
元勇者に対応されているなどと婦人が知れば、ひっくり返って白目をむきかねない。しかし、ちょっと魂が抜けたくらいならどうにかできてしまう者達がいたため、その点では安全だろう。恐らく。
「おじいちゃん。これ、おうまさん?」
「そうじゃのう。お馬さんじゃ」
この老勇者、小柄でニコニコと笑っているので人当たりがよく見え、今も小さな木彫りの馬を指さす子供に話しかけられていた。
「ゆうしゃさまもおうまさんにのってた?」
「勇者様は馬車で移動しておったからの。その時に乗っておったかもしれん」
「へー」
子供も目の前の小柄なしわくちゃ爺の正体に気が付くはずもなく、元勇者に勇者のことを無邪気に尋ねていた。
(うちの弟子がいなくてよかったよ。開店前から並んでただろうさ)
元勇者の接客を横目で見ていたララは、弟子のアルドリックがいれば店の中でうろうろするだろうと思っていた。実際それは間違いなく、ララに邪魔だから帰れと尻を蹴飛ばされるまでがセットだっただろう。
「あのう」
「うん?」
店員として仕事しなければならないのはフェアドだけではない。ララは遠慮がちに掛けられた声に振り替えり、中年男性に応じる。
「虫刺されの塗り薬はどれがいいですか?」
「塗るのが誰か、部位、虫の種類によるね。小さい子供なら勧められないやつもある」
「あ、自分です。腕のここが、多分痛虫に刺されました」
「一応聞くけど今まで何か薬を使ってかぶれたことは?」
「ありません」
「特定の食事で体の調子が悪くなったことは?」
「それもありません」
「ふむ。一般的なのは火消し草の塗り薬だね。匂いがきついけど痛虫程度ならこれで十分だ。もし匂いがきつくないのを聞いたことがあるなら忘れな。きちんと処理すればするほど匂いがきつくなる塗り薬だから、薄いのは中途半端なものになる」
「え? そうなんですか? じゃあ前に効かなかったのは……」
「子供用か未熟者の作ったやつか。まあ色々と考えられるね」
「ありがとうございます。これ買っていきます」
「はいよ」
てきぱきと接客するララ。
魔女は魔法だけではなく様々な薬品の専門家だ。ましてやこの世の最深淵部にただ一人存在する消却の魔女ララともなれば、知らないことの方が少ないと言っていい。その知識は、人類が経験したことのない毒や神の呪い、世界を消滅させる術式に対抗するためではなく、単なる虫刺されの薬で発揮されていたが。
客が離れたのを見計らってサザキがララに近づく。
「薬の取り扱い許可証とか持ってたか?」
「あんたに初めて会った前から一番上等なのを持ってたよ」
「そうだったのか。俺もなんか資格の一つぐらい持ってりゃ格好がついたな。酒愛好会の名誉会長とかどうだ?」
「それが実在したとして、名誉職は資格とは言わんね」
若干首を傾げているサザキに対し、ララは単なる事実を述べる。
ララは薬品の取り扱いに対する許可証を所持していたがその腕前を披露する機会がなく、夫であるサザキですら確認を取ったほどだ。
それが意味するところは、かつての勇者パーティーは薬に頼ることがほぼなかったということである。
「フェアドといたら妙なことになる」
「あんたが言うならそうなんだろうね」
ニヤリと笑うサザキにララは肩を竦めた。
サザキは親友であるフェアドの周りで巻き起こるハチャメチャを誰よりも見てきたと言っていい。そんな彼でも、まさか今更この歳で店員をすることになるとは思っていなかったが。
しかしこのサザキ店員、大問題があった。
店の酒を勝手に飲んでいたりとかそういう類ではない。
「しかし酒は酒だろうに、人気あるのと無いやつの違いが分からんな」
「酒愛好会の会長は言うことが違うね」
あれだけ酒酒言っているのに、銘柄や特徴といったものを全く気にしないせいで詳しく説明できないのだ。そのため客に酒のことを質問されても、全部美味いで片付けようとしてしまうだろう。
サザキが活躍できるのは、冒険者達が街で活動し始める夕方に、剣や武具を店の表に引っ張り出してからだ。