迷宮都市へ
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周囲に複数の迷宮が存在することから迷宮都市と呼ばれるユリアノは、欲と命を飲み込んで発展した街だ。
単純な金銀財宝に始まり、万病に効果がある薬、光や炎を放つ特殊な武器、壊れることのない盾などなどを産出する迷宮は、冒険者に富と名誉……そして死を与える。
勿論迷宮に挑む冒険者は命を落とす覚悟をしているが、大抵の場合は自分だけは大丈夫だという根拠のない自信を持っている。もしくはその死を直視できない。
きっと自分は生きて帰れる。きっと自分は大金を手に入れることができる。きっときっときっときっと。
そのきっとを迷宮がどれほど飲み込んでも、人間達は離れることができなかった。
勇者パーティーが足を踏み入れたのは、正気から少し外れてしまった者達の街なのだ。
だが知る人は少ない。
青空を取り戻すと宣言したその勇者達こそが、当時は誰よりも正気ではなかったのだと。
◆
「さて。どうしたものかのう」
「どうしましょうかねえ」
困ったぞユリアノの街を眺めるフェアドとエルリカ夫妻。その原因は街に入る際にシュタインの半裸が問題になったことでも、サザキの酒に密造酒の疑いがかけられたことでもない。
「今あいつ、なんて名乗ってんだ? 五年前はルカだったな」
「知らないね」
「同じく」
首を捻るサザキ、ララ、シュタインも同じく困っているがそれもその筈。仲間であった彼らですら把握できていないほど、その相手は名前をよく変えるのだ。
「今あいつ、なにやってんだ? 前はなんか売ってたみたいだが」
「知らないね」
「同じく」
再び似たようなやり取り。
しかもその人物、戦後は各地を転々とする生活を送っていたため、安定した定職といったものを持っていなかった。
轟く大地教が所在を把握できたのは神の奇跡に近く、偶々その人物と面識があった高僧がこの街で見かけたからである。しかし、高僧は声をかけるのを憚ったため、フェアド達は仲間の詳細な所在を知ることができなかった。
つまり、名前不詳で住所不定、職も定かではない老人なのだ。衛兵が聞けば眉をひそめることだろう。
「本屋に行って事実だけを羅列して聞いてみますか」
「そうだのう婆さんや」
どうしているか定かではない仲間を探すため、エルリカは幾つかの事実だけを引っ張り出して、本屋で尋ねることにした。
「もし、そこのお方。自筆の武勇伝を押し売りしようとしたり、妙に派手なことを言ったりして、ほら吹きのあだ名がついている九十歳ほどの老人を知りませんか?」
「雑貨屋のほら吹き爺のことか? 知り合いなら言っておいてくれ。名前がころころ変わる主人公とか売れねえってな」
(儂の仲間、分かりやす過ぎじゃろ)
どうやらサザキ、シュタインに続きまたしても即座に特定できたらしく、フェアドは自分の仲間に特徴がありすぎると今更ながら実感した。
◆
「ここかのう。いや、ここじゃろうなあ」
「ですねえ。いかにも彼が営んでいる雑貨屋です」
大通りから離れた場所に位置する小さな雑貨屋、ということになっている店を見上げるフェアドとエルリカは、目的の人物らしさが溢れていると評する。
「ふうむ。剣や武具、薬、本、日用品、酒、魔道具。看板が多すぎる。昔からそうだ。とりあえず手広くやって、ダメそうならその時に考える」
「ほほう。酒だって?」
「魔本もあるらしいけど色々と許可とってるんだろうね」
シュタインが雑貨店ということを考慮しても、少々多すぎる看板の種類を確認すると、専門家のサザキとララが興味を持つ。
「それじゃあ入ってみるかの。お邪魔しますぞい」
フェアドは雑貨屋の店主が目的の人物かを確認するため店に足を踏み入れる。
雑貨屋の店内は一言でいえば、まさに雑である。それぞれの量は少ないが看板通りの品々が所狭しと置かれ、統一感がない雑多な空間が出来上がっていた。
そんな雑な雑貨店の店主は中々の洒落者だ。
肩まで伸ばした髪は金に染めて、服も庶民が着るにはきっちりしたもの。大きな青い宝石の指輪を人差し指に填め、耳にもイヤリングが輝いている。
しかし、九十歳のしわくちゃ翁であり、無理に若者のスタイルを真似しているような感が否めない。
「はいよいらあああああああああああああああああああ!?」
雑貨屋の店主は歳の割に張りのある声で客を出迎えようとして、フェアド達を認識した途端に絶叫を上げた。
「げええええええええええ!? なんで!? なんも悪いことしてねえぞ俺!」
「怪しすぎるじゃろ。何やったんじゃ」
「だからなんもしてねえって!」
「ならなんでそんなに焦っとるんじゃ」
「全員揃ってるとか、俺に対する必殺の布陣じゃん!」
「必殺じゃない奴の方が少ないわい」
「……それもそうだな。うん。いや違う! なんで全員いるんだよ!」
ブラウンの瞳をこれ以上なくかっぴろげた老人はカウンターに隠れて頭だけ出し、これまた歳に似合っていない若造のような口調で、フェアドにかつての仲間達全員が勢揃いしている理由を尋ねた。
その様子はまさに疚しいことがあると言っているようなものだが、実際のところこの老人は何もしておらず、ただ自分がどうしようもない状況に陥っていることに怯えているだけだ。
「死ぬ前に友人知人に挨拶しようと思っての。最終的には隣の大陸にひ孫の顔を見に行くつもりじゃ。それと煮え立つ山のアルベール殿のところに行くことが確定しておるの」
「あ、ああそう。なんだ。なるほどな。しかし、煮え立つ山のアルベールさんに会いに行くだって? シュタイン、腹を括ったのか」
「まあな」
フェアドから説明を受けた店主は、ほっと息を吐きながら安堵する。
「しかし、いや、だが……うーん。アルベールさんかあ……全員が行くのに俺が顔出さないと流石に不義理だよなあ……他にも何人か……でも今更……うーん」
店主は悩んだ。
人付き合いが煩わしく、各地を転々として名前まで変えるような人生を送ってきた彼でも、何人かの大事な付き合いがある。そこへかつての仲間が訪ねるというのに、自分一人だけ顔を出さないのはよくないという思いがあった。
それに口にはしなかったが、人生で唯一の仲間と言っていいフェアド達が再び一緒に行動しているのに、自分だけが仲間外れなのは面白くなかった。
「よし分かった。それなら俺も同行してやろうじゃないか! ララだけじゃ不安だからな!」
「おお。歓迎するぞい」
「私はあんたも不安だよ」
腕を組んで胸を張り、旅の同行を宣言する老人を歓迎するフェアド。一方、誰よりも狂気の世界にいながら、唯一の常識人と思われているララは、お前も問題児だと突っ込む。
「じゃあ名前も戻しておくか。今日からまたマックスだ」
「いったい幾つ名前があるんだよお前」
「正直分かんね。一日しか使ったことのない名前とかあるしな」
かつての名、勇者パーティーに所属していたマックスという名に戻った男は、呆れているサザキに肩を竦める。
そして……。
「それじゃあ閉店セールで在庫を捌いて整理するから、店員よろしくな!」
「ほ?」
「はい?」
「は?」
「はん?」
「うん?」
御年九十歳以上のジジババパーティーは、マックスの言葉がよく聞こえなかったらしい。
だが聞こえていなかろうがここに、勇者パーティー臨時店員雑貨店が期間限定で開店することが決定したのであった。
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