変わらないならそれはそれで
半月近く日間ハイファン10位以内にいさせていただいて、皆様本当にありがとうございます!
「まあ……そんな気はしてました」
「そうじゃのう婆さんや」
「確かにな」
「だね」
馬車の中でエルリカが呟くと、フェアド、サザキ、ララが同意する。
この場にいないのはシュタインだけだが、その半裸のモンクの行動がいつも通り過ぎて、彼らは懐かしさと呆れの境界にいた。
「私が馬車を引っ張ればこの三倍速くなるが、最適な場所がゴーレム馬に取られているぞ」
脳筋の意見を披露しているシュタインは、常に一定の速度しか出さないゴーレム馬をどうにかできないのかと言いながら、馬車に並走しているのだ。
「普通に考えてみろ。九十の、しかも半裸の爺が馬車を引っ張っておったら、衛兵や巡回の兵に止められるわい」
「馬は全裸だが止められないから私も大丈夫だ」
「そこじゃねえよ脳筋!」
外にいるシュタインの声が聞こえたフェアドは極一般的なことを説明したのに、斜め上をかっ飛ばす返答が返ってきて、ついつい昔の口調になる。
「だっはっはっはっ!」
「男ってやつは死ぬまで変わらんらしい」
「ほほほほ。そうですね」
サザキはそれが面白くて堪らないと言わんばかりに馬鹿笑いすると、ララは七十年前から進歩していない男連中に呆れ、エルリカは昔を懐かしんで笑う。
多くの人間は、勇者パーティーは威厳溢れる寡黙な英雄達だと思っているが、実際はバカ騒ぎしながら駆け抜けた連中なのである。
「しかし迷宮都市か。大戦が終わった後に誰か迷宮に潜ったことあるか? ごほん。あるかの? 儂とエルリカはないんじゃよ」
「ひょっとしてその爺言葉、役作りなのか?」
「うっさいぞサザキ」
気を取り直して元の口調に戻ったフェアドをサザキが突っ込む。
あまりにも変わりがないかつての仲間達のせいで、フェアドは最近若かりし頃の口調にしょっちゅう戻されていた。
「俺はねえな。ララは?」
「ないね」
「おーいシュタイン」
「私もない」
「ってことは全員ねえな」
サザキがララとシュタインに問うと、多くの者にとって意外なことが分かる。
実はかつての大戦中、勇者パーティーは善なる神の試練とも、悪なる神の罠とも伝えられ、財宝が眠り魔物が犇めく迷宮に潜ったことがなかった。
「昔は忙しかったからのう」
なぜかはフェアドの言葉に尽きる。
どこもかしこも死戦場であった大戦中、勇者パーティーは各地を転戦していたため、迷宮に挑む時間は全くなかったのだ。
つまりフェアド達は冒険者というより、大魔神王を滅ぼすために結成された戦闘集団であり、夢が溢れるようなことをしていない。
多くの者が、勇者パーティーはあらゆる迷宮を踏破していると思い込んでいるが、それは間違いだった。
「なあララ。実際のところ、迷宮ってのは善神の試練なのか? 悪神の罠なのか?」
「答えを知っている者はいない。そうだろうエルリカ?」
「はい。現存している神々より古き神が作り出したことは間違いないようですが、それ以外のことは分かっていない筈です」
サザキがララに迷宮のことについて尋ねたが、ララもエルリカも明確な答えは持ち合わせていない。
迷宮に挑む冒険者が鍛えられ、栄誉と宝物を得られるのは間違いない。これをある人は、善なる神が人間を鍛え栄光を手に掴む機会を与えているのだと言う。
だが、迷宮内部で恐怖と絶望を味わい斃れた者も数知れない。これをある人は、迷宮は悪なる神が煌びやかな虚飾で人間を惑わし殺すために作り出した罠だと断言する。
「轟く大地教の見解も定まっていないな。まあ、それなりの数のモンクが冒険者パーティーに所属して、迷宮で修練をしているのは間違いないが」
「お主は興味なかったのか?」
「よき筋肉は日光を必要としているのだ。地下にずっと潜る気にはならん」
「なるほどのう」
ゴーレム馬の代わりになることを諦めたらしいシュタインが迷宮の会話に参加したが、迷宮そのものには興味がないらしい。そしてあまりにも彼らしい理由にフェアドは納得するしかない。
「ただ、一度くらいは迷宮に行ってみてもよかったな。今更この歳で迷宮に入ろうとしても、冒険者ギルドは許可を出さんだろう。私が受付なら絶対に断る」
(それが)
(分かってるのに)
(なんで)
(半裸なのか)
シュタインは迷宮に行かなかったことを少し後悔しているようだが、非常に常識的な考えで無理だろうなと判断していた。仲間達に普段の非常識を突っ込まれながら。
迷宮に挑むには冒険者ギルドという組織に登録する必要がある。
元々は迷宮で多発した犯罪から身を守るため冒険者が作り上げた小さな互助組織だったが、百年、二百年と経つうちに迷宮の利権を養分に肥大化を果たし、今では迷宮に挑む者達を管理するまでになった。
そのため冒険者ギルドに登録されていない者は迷宮に立ち入れないのだが、齢九十を過ぎた者に許可など出すはずがない。それはシュタインが勇者パーティーに所属していたことを明かしてもだ。
寧ろ勇者パーティーに所属していた者に迷宮へ立ち入る許可を出して、万が一死亡した場合は責任問題に発展するのは間違いないので、単に高齢だった場合よりも冒険者ギルドは激しく拒絶するだろう。
「確かに、一度くらいは行っておきたかったの」
「酒が出るなら潜ったんだがなあ」
「私も牛乳が出るなら」
「やっぱり変わらんらしいね」
「ほほほほほ」
冒険、迷宮という単語に心惹かれるフェアドと、いつも通りの基準を持つサザキ、シュタインに、ララはやはり男連中が変わらないと肩を竦め、エルリカは口に手を当てて笑う。
人は変化していくものだが、変わらないのはそれはそれで、決して悪いことではないのだろう。
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おまけ
“無波”のシュタイン
-生と死、常識と非常識の合間にいる男だが、その体に宿された信念を疑う者など誰一人としていない-
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