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前回と今回の変化

 過去の話だ。


 轟く大地教のモンク、ルッツが若かりし頃に青春なんてものはなかったと言っていい。


 彼は元々孤児で、モンクとなったのも孤児を保護していた轟く大地教に流れ着いたからだが、その直後の時代があまりにも悪すぎた。


 空はどこまでも血の様に赤く、大地には空と同じ量の血が流れたのではないかと思える混沌期。神に仕える轟く大地教も当然ながら命ありし者達の陣営に立ち、青空と平穏を取り戻すために戦い……ルッツの兄弟子達の多くが帰らぬ人となった。


 だがモンク達が消耗しようと、煮え立つ山が命ありし者達にとって一大拠点に変わりはなく、大魔神王にとって目障りな存在であった。


 つまり必然だったのだ。


「来るぞ。構えよ」


 開祖の一人、アルベール率いるモンク達と、魔の軍勢が煮え立つ山で激突したのは。


「ルッツ。その筋肉、鍛え続けろよ。俺は行く」


 そしてルッツの兄弟子であるシュタインが、大魔神王という元を絶たねば故郷の危機は終わらぬと判断したのも。


 ◆


 ◆


 ◆


 時は現代に戻り、フェアド、エルリカ、サザキ、ララ、シュタインという平均年齢九十歳のジジババ集団は、ライムの街にほど近い山にある、轟く大地教の神殿に向かっていた。


「よっこいしょ」


「お爺さん、大丈夫ですか?」


「なんの。婆さんこそ大丈夫かの?」


 フェアドとエルリカが短い脚で山肌の階段を上りながら、お互いを気遣っている。という形で戯れている。


「息が微塵も乱れてねえのに、なに言ってるんだか。なあ浮いてる婆さん」


「そうだね酒飲んでる爺さん」


 全く疲労を感じさせない老夫婦の戯れに呆れたようなサザキが、急な階段を面倒がって魔法で浮きながら移動しているララに話を振る。


「いかん。いかんぞララ。脳の筋肉は全く衰えていないようだが、足腰の鍛錬を怠るのはよくない。轟く大地教には魔道具の重しがあるからそれを使おう。手頃なのは一つで牛くらいの重さがあったはずだ」


「いらないね。それを手頃だっていうあんたらモンクと私はほとほと相性が悪いよ」


「むう……うん? そうだサザキ。日常での鍛錬方法を思いついた」


「勝手に酒瓶を重くするなよ」


「流石に分かるか」


 浮いているララに善意を押し付けようとしたシュタインは即座に断られたため、サザキに標的を移すが先手を打たれた。


「うん? 高僧の様に思えるがひょっとして……」


 じゃれている仲間達をよそに、フェアドは目を凝らして階段の先にいる人物を観察した。


 遠目からは判別し難いが、どうも八十歳を超えているらしい人物がいる理由は限られる。これが若い者なら轟く大地教の神殿の門を守っているのだと判断できるが、態々年配の高僧がいるということは……。


「お待ちしておりました」


 深々と頭を下げる高僧はシュタインの弟弟子ルッツだった。決して門で客を迎えるような立場ではないが、相手は自分の兄弟子なのだから問題ないと思い、シュタインを待っていたのだ。


「ルッツ、出迎えなどしなくとも」


「いえ。入口で申し訳なく思っております」


 自分は出迎えが必要な存在ではないと本心から思っているシュタインだが、ルッツにしてみれば本当はライムの街まで出迎えたかった。しかし、シュタインがそういったことを嫌うことは重々承知していたので、神殿の門で我慢していた。


「お連れの方も……!」

(みょ、妙だ!)


 お連れの方もようこそいらっしゃいました。そう言いかけたルッツの脳裏に稲妻が閃いた。


 シュタインからの手紙を受け取ったルッツは、友人という一文を見逃していた。だが轟く大地教との関わりをほぼ断っていたシュタインが、急に轟く大地教と接触しようとしているのは、何かきっかけがあるとみる方が自然だ。


 ではそのきっかけとはなにか。


 例えばかつてシュタインと共に行動していた人物達とか。


「お久しぶりですのうルッツ殿、フェアドですじゃ。煮え立つ山や戦場で何度かお会いしましたな。昔の友人知人に最後の挨拶をと思って旅をし始めました」


 ルッツは大戦時、煮え立つ山を飛び出した兄弟子の仲間とはどのような人物かと思い、戦場で何度かその人物達と会ったことがある。


「青空に感謝を。勇者パーティーの皆様方」


 モンクの開祖アルベールをして、なぜ人の形を保っているのか分からないと評した男を中心にした究極の戦闘集団に。


「それではご案内します」


 ルッツの促しで神殿の敷地内に足を踏み入れる一行。


「……」


 既に思い定めたシュタインは逡巡せず、実に七十年ぶりに轟く大地教に“帰郷”した。


 シュタインは轟く大地教の敷地内で早速懐かしいものを見る。


「破ッ!」


「懐かしい」


 シュタインが広い鍛錬場で拳を突き放っている若きモンク達の後ろ姿を、懐かし気に目を細めて見た。


 彼も若かりし頃は兄弟弟子達に混ざり、共に鍛錬に励んだものだ。


「もしよろしければご指導を」


「アルベール師が、若い者に教えるなとすっ飛んでくるぞ」


 若きモンク達への指導をシュタインに乞うルッツだが、シュタインは生波と死波を極めて別の道を歩んだ云々以前に、そもそも思考からして通常のモンクからかけ離れている。彼らの師であるアルベールがここにいれば止めるだろう。


「それに全員がきちんとしたモンクだ。お前達の指導がいいのだろう」


「……ありがとうございます」


 まさかシュタインから褒められるとは思っていなかったルッツは、顔を伏せてそう返すのが精一杯だった。


 ◆


「改めて。皆様お久しぶりでございます」


「こちらこそ久しぶりですじゃ」


 あまり人気のない神殿内部に案内されたフェアド達は、ルッツと再び挨拶を交わすと本題に入る。


「手紙に書いた通り、死ぬ前にアルベール師と面会しようと思ってな。フェアド達も世話になったことがあるから、全員で煮え立つ山に行くことになった。しかし、色々寄り道するかもしれんから、詳しいことが決まったらまた私の方で師に手紙を出す」


「はい。アルベール師もきっとお喜びでしょう」


「さて」

(フェアド達は素直に歓迎されるだろうが。私の方は、まあ、あれだな)


 今後の予定を告げたシュタインは、ルッツの言葉に曖昧な返答を返す。


 ルッツも知らないことだが、シュタインはアルベールとかなり口論して飛び出しており、素直に仲が修復できるような状況ではなかった。


「アルベール様はお変わりありませんか?」


「はい。兄弟子が訪れることを知ったら、少しお変わりになられるかもしれませんが」


「怖いことを言う。エルリカ、言っておくがルッツの言葉は冗談になっていないぞ」


「ほほほほほほほ」


 エルリカが世話になったアルベールの近況を尋ねると、ルッツは少々冗談めかした予想を口にする。だがシュタインにすれば冗談になっておらず、なんとも言えない顔になる。


「それにしても、ルッツ殿の方は大きな神殿を預かっておられますなあ」


「同年代で一番だったからな。昔からその腕前を注目されていた」


「兄弟子、どうかその辺りで……」


 世間話のように面識あるルッツの栄達を喜ぶフェアドと、これくらいは当たり前だと頷くシュタインだが、当のルッツはこのままいけば若い頃を掘り返されそうだと焦る。


 いつの世も、自分の若い頃を知っている老人の話は覚悟が必要なのだ。


「そうだルッツ。一つ聞きたいことがある」


「伺います」


 弟弟子の思い出を勘弁してやったシュタインは、重要な本題を切り出す。


「あいつ、どこにいるかはっきり分かんねえからなあ。轟く大地教が把握してりゃいいんだが……」


「趣味らしい趣味がないからね」


 サザキとララが小声で話しながら、脳裏にある人物を思い描く。


 存命している勇者パーティー最後の一人は、住所不定に近かった。


 ◆


 それから暫く。


「ルッツ、今まで面倒をかけた」


「滅相もございません」


 本題が終わった後、結局昔の思い出話に巻き込まれたルッツは、神殿の門の前でシュタインと別れの言葉を交わす。


 前回の七十年以上前、唐突にルッツ達から離れたシュタインは、今度こそしっかりと弟弟子と向き合った。


「それとだ。腕を上げたな。素晴らしい筋肉だ」


「は……あ、ありがとうございます……」


 シュタインの賞賛にルッツは頭を下げる。その気持ちを余人が察することなどできない。


「また会おう」


「はい」


 そして前回の別れではついぞ口にしなかった言葉を最後に、シュタインは山を下りた。


「ルッツ殿がそれらしい人物の情報を持っていてよかったよかった」


「そうですねえお爺さん」


 一方、フェアドとエルリカは思いがけない幸運で道先が定まったことを喜んだ。確定したものではないが、ルッツは最後の仲間らしき人物がいる情報を知っていたのだ。


 次に彼らが向かうのは迷宮都市ユリアノ。


 周辺に存在する複数のダンジョンを攻略するために建設され、冒険者が集う奇妙な都市である。

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― 新着の感想 ―
[一言] >存命している勇者パーティー最後の一人 ……ああそっか、同位体だとすれば「生きてない」のが一人いたな
[気になる点] >存命している勇者パーティー最後の一人 寿命で死んだのか、戦いで死んだのか。 戦いで死んだのなら、勇者パーティはやっぱり生命力が段違いだ。
[一言] 山登りをして息がきれてないジジババがこの世に居るか!!
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