必要な変化
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シュタインが宿泊している宿屋と食堂を両方経営している店は庶民向けの場所でしかなく、食事もそう大したものではない。
しかし、勇者パーティーは生まれも育ちもそれこそ大したことがない上に、シュタインの食生活は少々偏っている。
「相変わらず牛乳と鶏の胸肉だのう」
「勿論。このためにライムの街にいると言っていい」
フェアドは記憶と全く変わらない、シュタインの食事に苦笑する。
シュタインは、いい筋肉はいい食事が分かるという謎の理論を用いて牛乳と鶏の胸肉に執心しており、畜産が盛んなライムの街にいるのもそれが理由だった。
「あ、そうだ」
「私の牛乳に酒を入れるなよサザキ」
「なにも言ってないだろう」
「否定しない時点で語るに落ちている」
いいことを思いついたと言わんばかりのサザキを、シュタインは僅かな動作も見逃すまいと牽制する。
ここに剣聖と拳聖の争いが勃発した。
「しかし……そうか。フェアドとエルリカの手紙は受け取ったが、サザキとララも最期の前の旅か」
シュタインが感慨深げに呟き争いは終結した。
あらゆる意味でサザキとシュタインの争いはただただ不毛であり、それは八十年程前から変わることがない。
「死ぬ前に挨拶せんといかん人達がおる。それにひ孫の顔を見ないとのう。ほっほっほっ」
「フェアド。言おうか迷っていたのだが、その年寄り言葉は違和感がある。かなり」
「ほっとけ」
「だっはっはっはっはっ! だっはっはっはっはっ! 俺と同じこと言ってらあ! やっぱ合ってねえんだって!」
好々爺そのものだったフェアドは、シュタインに年寄り言葉が合っていないと言われると口をへの字に曲げ、爆笑しているサザキを睨んだ。
「……煮え立つ山には行くのか?」
「そのつもりです。煮え立つ山のモンクとは何度か共闘しましたから」
腕を組んで天井を見上げたシュタインの問いに、エルリカは敢えていくつかの単語を省いて返答した。
その省かれた単語は、轟く大地教、そしてモンクの始祖の一人アルベールだ。
(どうしたものか……)
天井を見上げたまま考え込むシュタインは、轟く大地教とアルベールに世話になっていながら、自分の道を歩むために袂を別った経緯がある。
その結果、世界を守る戦いで活躍できたとは言え、不義理は不義理であり心のしこりになっていた。
(どうしたものか……)
再び同じ言葉を心の中で呟く。
シュタインは生命エネルギーの生波を極めているため本来なら寿命も延びるはずだが、同じく極めた死波と拮抗しているためそういったことはなく、残された寿命はそれほど長くない。勿論やろうと思えば生波だけを行使することもできたが、長い生に興味を持っていなかった。
つまり、和解する機会も殆ど残っていないのだ。それでもシュタインが悩んでいるのは、煮え立つ山を飛び出した手前、今更どの面下げてという感情を抱いているからである。
「らしくねえなあおい。初めて会った時、その筋肉が求めてるから山から飛び出したって言ってただろう。その筋肉、今何言ってんだよ」
雑な口調はサザキのものではない。
ちびりちびりと野菜を食べているフェアドだ。
「そうだな……その通りだ。筋肉は再会を求めている。煮え立つ山に行くなら同行させてもらいたい」
「ちょっとあちこち行くがいいかの?」
「まだ十年くらいは残っているんだ。問題ない」
「ほっほっ。それなら歓迎するぞいシュタイン」
「フェアド」
「なんじゃい」
「その外見なら若いころの口調も違和感がある。かなり」
「どうしろっていうんだコラ」
「だっはっはっはっ!」
「ふ」
「ほほほほほほ」
かつてのように。そしていつかのようにフェアドから発破をかけられたシュタインは、一つの決断を下した。師と昔所属していた組織との和解は考えていない。しかし、それでも一度顔は出しておくべきだと。
◆
「げっ!?」
ライムの街にほど近い、轟く大地教の神殿。責任者であり齢八十をとうに超えていながら巌のようなモンク、ルッツが手紙を読み終えると、断末魔のような叫びと共に立ち上がる。
ルッツと言えば当時若輩ながら先の大戦にも参加した古強者で、今の若いモンク達は彼が動揺している姿など見たことがない。それなのにルッツの目はこれでもかと開き、顎は今にも地面に落ちそうになっている。
(兄弟子! ここに!? 煮え立つ山にも!? 師に!?)
ルッツの心の中が短い単語だけになったのは、彼の兄弟子であるシュタインが原因だ。
シュタインが煮え立つ山を飛び出す前からルッツは彼と交流があり、兄弟子と慕っていた。しかし、シュタインは狂拳の後始末を弟弟子に頼むようなことはあっても、轟く大地教の敷地に足を踏み入れるようなことはなかった。
それなのにシュタインからの手紙によれば、一度ルッツに顔を見せに来るだけではなく、少し時間はかかるが彼らの師であるアルベールにも会いに行こうとしていることが記載されていた。
(掃き清め……いや、態々そういったことをされるのを好むような兄弟子ではない。それより師に手紙を出さなければ!)
慌ただしく動き出したルッツだが、完全に見落としていた手紙の一文があった
友人と一緒に。という文字である。
◆
それから暫く。
シュタインとルッツからの手紙を受け取った彼らの師、アルベールは。
「そうか……」
ただそう言って青空を見上げた。
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