変化なし
ずっとランキングにいさせてもらって、皆様本当にありがとうございまああああああす!
「おお。牛があんなにも。長閑だのう婆さんや」
「そうですねえお爺さん」
ゴーレム馬車の御者台に座っているフェアドとエルリカが、ライムの街周辺で放牧されている家畜を見てのんびりと会話をしている。
青空の下でゆっくり草を食んでいる牛、そして小柄なジジババ夫婦。まるでここだけ時間が遅くなっているようだ。
「シュタインが人語を覚えて、ちょっとは会話が通じるといいんだが」
「私は正気でいられる自信がないよ」
一方長閑で小柄な老夫婦と違い、荷台にいる背筋が伸びて背も縮んでいないサザキとララの夫婦は、シュタインに意識を向けていた。
サザキにとってシュタインは、戦闘術との嚙み合わせがある意味で悪い相手だ。そしてララは魔道の深淵の底という狂気の世界にいるくせに、シュタインの言動に正気を削られかねないと考えていた。
「うん? 前に五人いるのう。山賊……ではないようじゃが」
「この馬車にちょっかいかける山賊がいたらご愁傷さまと言っておくよ」
フェアドが小高い丘を越えた先に、五人ほどの人間がいることを見つけると、ララが肩を竦めて茶化した。
馬車にいる面子が死に損ないの老人四人だろうが、かつて世界を救った四人なのだ。山賊如きがこの馬車を襲った場合、一瞬であの世に送られることだろう。
「そうそう。なんたってララが」
「サザキがいるからね」
「いや、俺は平和的に解決しようとするぞ。つまりご愁傷さまの原因は俺じゃない」
「よく言ったもんだね」
「あの筋骨隆々な集団……轟く大地教のモンクかもしれません」
「シュタインとは……あまり関係ないかの?」
「どうでしょうね。教団そのものとの関係を修復できたとは聞いていませんが」
戯れているサザキとララを無視したエルリカとフェアドは、遠目からでも明らかに逞しいことが分かるその集団が、付近に神殿がある轟く大地教のモンクではないかと判断した。
「こんにちは司祭様。なにかありましたかな?」
「この青空に感謝を。付近で変わったことがないかを定期的に確認しておりましてな。これもその一環なのですよ。ご老尊はなにか変わったことを見かけませんでしたか?」
「いえ。いいところだと思いながら来ましたよ」
「それはよかった。ようこそライムの街へ」
「お役目の最中にありがとうございます」
轟く大地教の聖印を確認したフェアドが、司祭との話を終えると再び馬車を動かす。
「青空に感謝を、か。ふっ。お前さん、ちょっとドキリとしただろ」
「一瞬のう。儂らのことを知っとるのかと思ったわい」
ニヤリと笑うサザキに、フェアドは胸に手を当てて返答する。
青空に感謝と言った司祭は深い意味を持っていなかったが、かつての大戦中に真っ赤だった天を青空に戻した主要人物が四人この場にいた。
そして五人目もすぐ先に。
◆
「さあて。シュタインを見つけるのはそう難しいことではない筈じゃ。のう婆さんや」
「半裸の年寄りを尋ねたらいいですからねえ」
ライムの街に足を踏み入れたフェアドとエルリカが辺りを見渡すが、シュタインの発見はそう難しいことではない。
「サザキを見つけるときは、酒瓶を片手に寝っ転がってる年寄りを聞いたらいいだけだしね」
「探す手間が省けて楽だろ」
「ああそうだね。浮浪者を引き取るときに、詳しい説明をしなくていいから助かるよ」
よちよち歩きの老夫婦と違い、足取りのしっかりしているララとサザキは戯れっぱなしだ。
そして実際、サザキを見つける時に、酒瓶を持って寝っ転がっている老人を尋ねたらいいように、シュタインを見つける時は、半裸でやたら筋肉と連呼する老人を聞けばいいだけである。
「もし、そこの御仁。半裸で徘徊してよく筋肉と連呼する老人を見かけませんでしたかの?」
「ああ、向こうで見かけたな。多分そのまま聞いてたらたどり着くと思うよ」
だがフェアドが通りすがりの男性に声をかけて返答が返ってきたとき、予想できていた筈のサザキとララは口を手で覆い隠す羽目になった。
それから程なく。
「おお! 我が友達よ! 今日はなんと素晴らしい日なのだろう!」
道行く人々に尋ねた先に、実際シュタインはいた。
「再会を祝して!」
「ぐげっ!? 」
「ほほほほほ」
興奮しているシュタインの声と……絞められた鶏のようなフェアドの声。そして上品に笑うエルリカ。
ほぼそのままの表現だ。
なにせフェアドはシュタインの手によって、正面からガシリと抱き着かれているのだ。
ここに半裸の九十歳男性に絞め殺されかけている、九十歳のよぼよぼ爺という構図が誕生した。
「さあサザキ」
「ほらお呼びだよ。逝ってきな」
「絶対いやだ。絶対に。ぜーったいに」
続いて歓迎すると言わんばかりに手を広げたシュタインがサザキに向き直ると、サザキは地獄へ突き落そうとするララの言葉に断固として拒絶した。
「ではエルリカ、ララ」
「ほほほほほほ」
「寝言は寝ていいな」
サザキに断られたシュタインは、手を広げたまま女性陣に向きを変えたが、エルリカは笑って完全に無視。ララは男連中で我慢しろと言わんばかりに手を振って拒絶した。
「では改めて。相も変わらず全員見事な筋肉だ」
「私らとエルリカのどこに筋肉があるって言うんだい」
「昔にも言っただろう。全身は筋肉なのだ。つまり脳も筋肉であり、知性とは脳の筋肉量に左右される」
「ああそうかい」
戦友達に砕けた口調で話すシュタインの理論に、ララは疲れたような表情になる。ララの知識ならシュタインの理論を理解できはするが、それでも筋肉を連呼されれば途端に深淵を飛び越えた話に聞こえてしまうのだ。
「さあさあ、昼がまだなら食べよう。泊っている宿屋は食堂もやっていてな。そこで新鮮な鶏の胸肉が入る予定だと今朝聞いた。楽しみは仲間と分かち合ってこそだ」
「ほっほっ。それならご一緒させてもらおうかのう」
記憶と全く変わらない筋肉馬鹿のお誘いに、もう少しでその鶏のように絞め殺される寸前だったフェアドは苦笑しながら応じる。
変わり果てて狂乱の道を選んだ者もいるが、あらゆる意味でフェアドの記憶と変わらないのがシュタインという男であった。
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