老人
キーランに雇われたダイガとカリンは、オークションに関わる場所の入場券を手にしたに等しい。
「ここか……」
「広いですね兄上。これでは穴を塞ぎきることは不可能かと」
「ああ」
顔をしかめたダイガはカリンに頷く。
街の中で最も大きい建物は、交易が盛んな場所でオークションが開かれるに相応しい規模だ。
そのため全部の場所を入念に警戒しても、当日の人の出入りを考えると、一人一人の確認は不可能だろう。
「それに賓客の周りには手を出せん」
「割り切るしかありませんね」
ついでに述べると、オークション客の中にはキーランでもしっかりと準備を整えて会う必要な者も混ざっている。この者達に対して、怪しいから調べさせてくれというのは厳しく、穴のない完璧な警備は無理だと割り切るしかなかった。
「む……あの人間は……すまない。そこでなにやら相談している男たちは誰だろうか? 随分と身なりがいいようだが」
「ああ、なんでもリン王国の伯爵様の使いとか。流石にご当主が来ることはないでしょうが、関係者がいらっしゃるとかなんとかで、警備の打ち合わせをしているようです」
「リン王国の……」
ダイガはふと視界に捉えた、身なりのいい人間について尋ねると、リン王国の貴族の身内が訪れるらしい。
流石に外部との交流が乏しい東方諸国出身とは言え、大陸最強の国家リン王国の力は分かっているらしく、ダイガはあの国の関係者も来るのかと思った。
青きドラゴンを筆頭に多数のドラゴンが所属するリン王国の貴族は、他国に比べて腐敗がほぼなく、伯爵や公爵家の当主はそこらの国の王より覇気を纏っている。
ましてや大戦中に王となったゲイル・リンは王の中の王と称えられる威厳を纏っており、未だにその名は大陸で大きな重みがある。
そのゲイルと簡単に連絡出来て、最精鋭の暗部集団をファンにする爺婆集団で感覚が麻痺してはいけないのだ。
「ここにいたか」
「キーラン殿」
ダイガとカリンに、雇い主であるキーランが近寄る。
非常に話が早いキーランは兄妹にとって理想の協力者であるため、挨拶をする時は必ず頭を下げるようになっていた。
が。
キーランの隣にいた四十代の男が近寄った瞬間、ダイガとカリンは弾かれたように後ずさる。
「キ、キーラン殿。そ、そちらの御仁は?」
「クローヴィス……つっても分からねえか。ダチのところで修行してた剣士がぶらついてたから雇った」
「スワインです。よろしくお願いします」
(ま、間合いに入れない!)
(こんな剣士がいるなんて……!)
短い赤毛。細身で目も細く、一見すると優男にしか思われないスワインの間合いに、僅かながら入ってしまったダイガとカリンの背に冷たい汗が流れる。
剣士としての修練を積んできた兄妹でも、生殺与奪を握られる絶対の間合いを感じてしまい、生存本能を刺激された脳が活性化する。
(うーむ……東方諸国ももう少し開いた方がいいのでは……)
人知を超えた化け物を見るような眼差しを向けられているスワインは、兄妹の祖国である東方諸国の状態を思う。
勇者の剣……かもしれない物が出品すると聞き、街をぶらぶらとしていたスワインは、師であるクローヴィスとの親交があるキーランの頼みで雇われた。
しかしこのスワインは、クローヴィスから免許皆伝こそ言い渡されていたが、クローヴィス一門の高弟に比べるとかなり劣る。
それにクローヴィス一門だけではなく、サザキが育てた者達が非常に多くの弟子を輩出した今現在において、探せばスワインより強い者は幾らでもいるのだ。
(確か師はクローヴィスと言ったな……)
(いったいどれほどの⁉)
なんなら兄妹が慄いているクローヴィスも、サザキ一門の中で比べると、教え導く能力はトップクラスだが純粋な戦闘力では下から数えた方が早いレベルだ。
ちなみにサザキ一門の中で最強は彼の息子ファルケである。
「当日、荒事が起こったら責任者はスワインになる」
「よろしくお願いいたします」
「こちらこそ……よろしくお願いします」
キーランの紹介でスワインと兄妹が挨拶を交わす。
世界は広い。それをダイガとカリンは実感している最中だった。
とりあえずの硬さを調べるため、建物ごと全てが切り裂かれた。
ダイガとカリンも。キーランやスワインさえ、誰一人として気が付かなかったが。
◆
「ようお二人さん。また会ったな」
とりあえずの打ち合わせを終え、宿に戻ろうとしたダイガとカリンは道中、ベンチに座って酒を飲む老人に声をかけられた。
「確か先日の……」
ダイガとカリンは、祖国以外ではあまり見ない東衣を着た老人のことを覚えていた。
しかし言ってしまえばそれだけで、名前もどんな人物なのかも知らない他人だ。
「そういや俺の刀を聞かれたのに、そっちのは聞いてなかったな。鞘越しでも作った奴の気迫を感じるが、さぞ名のある奴の作だろ」
「分かるのですか?」
「この歳になるまで刀と向き合ってたらな」
ダイガは指差された刀の話に乗る。
老人に問われたダイガは普段なら話を打ち切り、使命を果たすための準備に戻っていただろう。
だが理解ある雇い主のキーランに加え、自分よりもはるかに強いスワインが味方になっていたため、少々心理的なゆとりがあった。
「曾祖母の兄が作ったものです」
「なるほど、一族の刀か。紫程度はあるんじゃないかと思える格がある」
「流石に七刀とまではいきませんが、それでも名刀です。ただ、伝え聞く所によるとその人物が戯れに作った刀だそうで、ひょっとしたら紫を作れる技量はあったのかもしれません」
「そりゃ凄いな」
一族の刀鍛冶が携わったものを褒められて気分が良くなったのか、気を張っていた最近のダイガにしては珍しく饒舌になる。
「どんな奴だったんだ?」
「幼い時から文武両道の神童として知られていたらしいです! 武芸の腕前は大人を容易く打ち倒し、更には鍛冶の腕前もこの通り! それに礼節を持ち、誰が相手も驕らず接したとか!」
「なんとまあ。超人だな」
ダイガより若いカリンは更に一族のことを誇りに思っていて口調が強く、その言葉に老人は感心したように呟いた。
老人に心底の安堵が混ざっていたことを感じるには、二人の兄妹は若すぎた。
「俺の……最初のダチを思い出すな。色々褒められてたのに、みそっかすだった俺なんぞと関わった変な奴だった。まあダチでもあったが俺の方はなんとか勝ちてーと思って、ライバル認定してたが負けっぱなしだった」
「中々の御仁のようですな。今は何を?」
「さて、長いこと会ってないが、そろそろ顔を見せるつもりではある。おっと、年寄りの長話に付き合わせたな。探してる誰かが見つかることを願ってるよ」
「ありがとうございます」
ぽつぽつと呟くような老人から、兄妹は積み重ねた年月のようなものを感じたがそれだけだ。
一族のことを深く話す必要性もないため、ダイガとカリンは再び歩き始める。
「そう伝わってるならよかったよ」
老人の言葉を聞いた者はいなかった。




