交差点
(シュタインの足取りが軽いのう。心の重しが取れたようでなによりじゃ)
馬車の御者台でのんびりしているフェアドは、相変わらず周囲を歩いたり走ったりしているシュタインの足のキレが、普段より更に増していることに気付いたが原因は明らかだ。
(そして儂の方は……ふむ。懐かしくなってきた)
一方、フェアドの方は郷愁を感じ始めていた。
煮え立つ山の決戦でフェアドの存在が魔軍に露見したことからも分かる通り、大戦最初期の彼はこの近辺で活動してサザキと出会い、その後に合流したララのプラン、とりあえず全部ぶん殴る。に同調した過去がある。
それ故にフェアド、サザキ、ララにとって何かしらの縁がある場所が多くなってくるのだ、
「交易国家ライナ、か」
ぽつりとフェアドが、行き先の名を口にする。
厳密にはリン王国の属国。というか、もう境目が曖昧になっている程度に吸収されている国家だが、各地の産物が集まり一大消費地のリン王国に運ぶことで栄えている。
そしてこの曖昧さはかなり長く、少なくとも若いフェアドは俺がいるここってリン王国なのか? それともライナなのか? と頭を捻ったことがあった。
「妙なもんが流れ着いてるかもな。俺みたいな」
荷台で寝っ転がっていたサザキが超人的な聴力で、か細いフェアドの呟きを聞きとりニヤリと笑う。
大戦最初期、適当に放浪していたサザキが辿り着いたのも交易国家であり、運び込まれるのは物だけではなく人もだ。
「レノーの親父の墓があるから行かねえと」
「そうだね。本人は顔を顰めそうな墓を拝んであげるよ」
サザキに話を振られたララにしても、師であるレノーの墓があるこの地は避けて通れない。
様々な物産が集う交易地点は魔法の研究環境を整えるのに便利で、数多くの著名な魔法使いを輩出している。
だからこそ煮え立つ山の決戦では、熟練の魔法使いが集まり強力な戦力となったのだ。
「マックス。つまり、何かしらの価値がある武器も多いということか?」
「そうだけど、お前まさか、まだ土産の件を忘れてないの? エルリカ、なんか言ってやってくれー」
「本人に合わせないと意味がないですよー」
「むう。それもそうだが……」
ちなみに仲間の夫婦の子供達に、武器を送ろうとまだ画策しているエアハードはマックスに突っ込まれ、エルリカの正論に敗れ去った。
「儂は見えない椅子でも押し付けられんようにせんとなぁ」
「はっ! 筋肉的閃きが!」
「椅子に座ったような姿勢で鍛錬じゃな」
「その通りだ」
「急な閃きみたいに言ったけど、偶に椅子に座ったようなフリでしてるじゃろ」
「うむ」
そんな交易が盛んな場所で、詐欺商品を掴まされないようにと決心したフェアドは、心は軽くなったが感性は相変わらずなシュタインにツッコミを入れる。
慣れ切っている勇者は、究極のモンクがなにを言いたいのか即座に言い当てられるのだ。
「おほん。馬車とすれ違う頻度が増えてきたのう婆さんや」
「そうですねえお爺さん。ひょっとしたら海の向こうの産物が運ばれてるのかもしれません」
「それは凄いのう」
気を取り直したフェアドはすれ違う馬車を見送りながら、物流というものを意識する。
寒村から煮え立つ山、リン王国、更にその先。果てにはこの世のどこにも存在しない暗黒。様々な場所で戦いながら、結局生まれた故郷に戻り、更に海を渡ろうとしているフェアド。
その奇妙な人生は旅から始まり、そして旅で終えようとしていた。
さて、そんな一行がライナ交易国家に到着したが。
『やす!!!!!!』
『いよ!!!!!』
『お得!!!!!』
『こっちが!!!』
「な、何言ってるかさっぱり分からんわい」
露天商、行商、通常の商店。その他様々な商人があちこちで叫ぶものだから、光の化身であるフェアドが気圧される。
その熱気は生命エネルギーに溢れており、ギラギラとした活力で輝いていた。
「爺さん、処分しようって品かい? 高く買い取るよ!」
そんな中、商人の一人がジジババ達の得物を見て、老い先短い者たちが道具を処分するのだと早合点した。
それは主にフェアドの剣と盾。サザキの刀ことなのだが、神すら畏れぬ所業と言わざるを得ない。
「ぶふ。はははは。悪いが俺のもこいつのも曰く付きでな」
飲んでいた酒をこぼすことは無かったサザキは珍しくむせたが、その後は変わらず飄々とした笑みを浮かべ断る。
(サザキの刀は店主の惨殺死体が出来上がり。フェアドの剣と盾は、勝手に光ってどっかいくだろうなあ)
この会話を聞いていたマックスは思わず天を見上げ、万が一仲間の得物を入手した者がいたら、どうなるかを想像してしまう。
「あんたのは見たところ刀だろ? なら本当に高く売れる可能性はある。ほら、刀身を見せてくれよ。鑑定してやるからさ」
「馬鹿言え。露店なんぞで抜いたら衛兵のお世話だ」
「ちょっとだけでいいんだって爺さん。ほんのちょっと。色だけでも。赤とか言わねえか?」
露天商は相手が老人だと油断したのか。
うっかり飯のタネになるようなことを口走り、サザキの興味を引いてしまう。
「色? 赤?」
「へ? い、色?」
「なら口の滑りをよくしてやるよ」
そのうっかりに露天商も気が付いたようで、サザキの問いにすっとぼけたが、彼が懐から纏まった額の金銭を渡すと話が変わる。
「最近ライナのあちこちで、赤い刀身の刀を探してる奴がいるみたいなんだよ。多分、そいつに売ったら金儲けできるんじゃないかなーと」
「どう考えても無理だろ」
「いや、爺さんが言ってるのは虹色七刀の赤のことだろ? それがちょい離れた国で厳重に管理されてることくらい俺も知ってるよ。なんか似てる模造品でも買って、かっこつけたいんじゃねえか?」
「ああ、なるほどな。俺の昔のダチも最初は似たようなこと言ってたよ」
サザキの脇腹にある刀傷が痛んだ。




