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煮え立つ山の最前線 勇者と剣聖の先輩オスカー

本当は現代に戻るつもりだったんですが、怪鳥って文字を連打してたせいで、元祖怪鳥がご出陣。

「うげっ。緑隠れ」


(昔の因縁を感じるなあ。少し前ならここで殺し合い……なんだけど)


 煮え立つ山を歩く美青年……に見えるだけの歴戦の戦士、“緑隠れ”オスカーはドワーフの嫌そうな顔を見ながら心の中で苦笑する。


 流石に平和な時代に披露していた怪鳥の如き服ではなく、煮え立つ山の植生に合わせた草花を纏っている戦服の彼は、大戦の前時代に勃発していた各種族間の戦争で名を挙げていたため、あちこちで強烈な因縁を生み出していた。


 特にエルフと仲が悪いドワーフにとって、積極的に相手の眼球を狙うオスカーは忌むべき存在であり、普段なら即座に殺し合いが発生しただろう。

 普段なら。


(まあ、あれを感じたら争う余裕なんてないよね)


 オスカーは少し前の光景を思い出して身震いする。

 主流派の神に対する不信に関しては、かなりのものであるオスカーだったが、それでも偉大なる愚かな神が落日を迎えるとすれば、もっとゆっくりとしたものだと思っていた。


 そう。確かに衰えの兆候は僅かながらあった。主流という名の派閥が散々に千切れて内部分裂を起こす兆しもあった。

 しかし、真っ正面から堂々と天界の門をぶち壊し、まだ最盛期の力をぎりぎり維持していた至高神を、眷属神もろとも撲殺するような暴力が現れるなど、全ての種族にとって予想外の極みだった。


(ただなあ……どうなるか)


 崖を飛び降りる前に、あらゆる種族が手を結んだのはこれ以上ない幸運だったが、オスカーの持つ戦士としての経験は、命ある陣営の大同盟が勝てる可能性は無いと結論している。

 単なる事実として、大同盟が天界に攻め込んでも勝てないのに、陥落させた相手をどうやって倒すというのだ。

 だが、戦士としての勘ではなく、全てをひっくるめたオスカーという名のエルフは、若干違う意見を持っていた。


「おっす。オスカーのあんちゃん」

「よう」

「やあやあ未来ある後輩達」


 教養なんて全く感じない青年にあんちゃんと呼ばれ、酒を飲んでいる青年から挨拶されたオスカーは、気楽な様子で手を振る。

 無一文に近く、生活費がなかった青年達に先輩風を吹かせて関わったオスカーは、彼らに希望を見出していた。


(彼らに僕以外の伝手が出来たのはいいことだ)


 オスカーの思考は止まらない。

 直接会っていないが、後輩達の仲間に加わった人物の師が、どうやら大同盟でもかなりの発言力があるらしく、彼はそれに満足していた。

 エルフの中では色々と伝手があり、かなり顔が効くオスカーだが、あちこちで恨みも買っているため大同盟内では微妙な立場だ。

 それにこの近辺は人種の影響力が強いので、上層部からそのまま情報が送られてくるような伝手を後輩達が得たのは幸いと言えるだろう。


「今度も勝つから期待しててくれよな」

「はははは。頼もしい限りだよ」

(そう。彼でも無理なら後の戦いは惰性になるな)


 世間を知らないような子供の戯言を真剣に受け止めたオスカーは、配置に着くため移動する後輩達の背を見送る。

 オスカーは大同盟が勝てるとは思っていないくせに、エルフにすれば赤子に等しい者達なら、何とかしてくれるのではないかと思っていた。

 これを他のエルフが聞けば、人種程度に何が出来るのですか。と困惑するだろうが、オスカーは真剣だった。


(どうなるか)


 エルフ氏族ではなく、単なるオスカーとして煮え立つ山に参戦している彼は、最前衛でその時を待つ。

 天界が陥落した今現在、煮え立つ山は大同盟にとって最大の拠点のため、魔軍の戦力は今までの小競り合いの比ではないだろう。


(僕達が単なる数合わせとは)


 オスカーに自嘲が混ざった。

 エルフの長い歴史を紐解いても、オスカー並みの戦歴を持っている者はそうそう存在しておらず、彼は間違いなく強者の分類だ。

 しかし無尽蔵に近しい暗黒の軍勢に対しては、多少動きがいいだけの兵士に過ぎず、英雄的な活躍など不可能だった。


 それは周囲にいる、オスカーから見てもきちんとした訓練を経た兵士、ドワーフ、モンクも同じで、戦場で消耗される存在でしかない。


「きたぞおおおおお!」


 軍のあちこちで悲鳴に近い叫びが発生する。

 空を埋め着くすような黒点。異形の群れ。それらが煮え立つ山に飛来し、戦いが始まった。


「おおっとぉ⁉」


 流石のオスカーも、煮え立つ山の山頂付近で輝く巨大な魔法陣と、発射された消却の力には大きく驚き、思わず声も漏らしてしまう。


(彼らに加わったらしい魔女か⁉ 神の統制が緩んだからああいう存在が出てくるのか、それともこんな時代だからか……特に彼は)


 極限の力が超大型怪鳥に直撃して消し飛ばす光景に、オスカーの意識の隅が囁く。

 平時にこんな力を振るう定命の存在がいれば、主流派の神は問答無用で殺そうとするだろう。しかしその神々は死に絶え、今は非常識な力こそが生命線と化している。


(っ⁉)


 その力を知っているオスカーが震え、全ての毛穴が逆立った。


(祖の神よ! 神格が宿す暗黒の大瀑布は分かる! だが人が人の形を保ったまま、ここまでの光に至れるものなのか⁉)


 煮え立つ山すら震わせている光の大洪水とでも呼ぶべき力の奔流に、オスカーは思わず遠い祖先の神格に疑問を投げつける。

 至高神に届きかねない。下手をすれば凌駕する光を宿した定命の人間など、数年前に世に出ていたなら神が殺していただろう。

 しかしこの時代だからこそ、気に入らないという思いで覚醒した光の化身は、その暴力としか言いようがない力を解き放っていた。


(おおっと、こっちも仕事しないとね。生きるために死にに行こう!)


 感心と驚愕ばかりしていられない。

 撃墜された怪鳥からは続々と兵力が溢れ出し、オスカーが担当している地点にも敵が押し寄せてきた。


(硬い上にこの数は嫌になるねホント!)


 瞬く間に兵と怪物が入り乱れ、煮え立つ山の麓全域が混沌と騒乱に叩き落とされる。

 異形の尖兵は、後の勇者パーティーに薙ぎ払われるだけの塵ではない。

 捻じり込まれた様な筋繊維。外骨格。鋭い爪や刃。なにより死を意識していないがむしゃらな特攻は、オスカーのような古強者にとっても脅威になる。


(しかも相性最悪!)


 昆虫や獣が混ざった尖兵が、蟷螂の鎌のような腕を振り下ろすと、オスカーは余裕をもって回避しつつも悪態を吐く。


 序盤に命ある陣営が劣勢だった理由の一つとして、彼らが想定していた戦争規模の戦いが、あくまで対人を念頭に置いていたことが挙げられる。

 蔓延る怪物達を倒すための専門家も多くいるが、それよりもっと多いのは対人の戦争を経験してきた世代だ。

 当然、地を覆い尽くす怪物達との戦いなんて想定してないし、オスカーを筆頭に古強者たちは、人型の急所を素早く攻撃する技術を伸ばし続けてきた。


(枝の刺さりが悪いし目もあちこちに複数あるときた! 僕ら世代はもう完成してるから柔軟性がないっていうのに!)


 つまり敵の目を潰すことに長けるオスカーにすれば、昆虫の複眼や獣の目が複数蠢いている醜悪な尖兵は面倒極まりない存在だ。

 それは他のベテランにも言えることで、人型の大きな動脈や首を裂くことに特化している戦争経験者は、純粋な破壊力を求められる戦いで散々手古摺る羽目になっていた。


「ギャアアアアアアアアアア!」

(救いは頭が空っぽなことか!)


 オスカーは身の丈の倍はありそうな尖兵の利点と欠点を理解していた。

 恐怖を知らずがむしゃらに攻撃を仕掛けてくる尖兵は、言ってしまえば駆け引きが必要なく、古参兵の反射神経と経験、運動能力があれば後れを取ることはない。

 なにせとっておきの隠し玉や、野生の狡猾さなど皆無で、全力攻撃を仕掛けてくるだけなのだから、怪物退治を専門にしている者にすれば、尖兵が単独なら単調な解体作業になる程だ。


「グギャアアアアアアア⁉」

(その動きはもう見たっての!)


 実際、また同じような動作で鎌を振り下ろす尖兵の動きは、オスカーから見てもワンパターンだ。

 彼は尖兵の攻撃を掻い潜りながら片手で次々と枝を投げつけ、八つ程あった醜い目に突き刺すと、生まれた隙を利用し、渾身の力で牛の如き太い首を無理矢理断ち切った。


(筋肉足りねえええええ! でも動きが鈍るからこれ以上は鍛えられないんだよね!)


 オスカーは自身の細い腕を嘆き、煮え立つ山のどこかに半裸のモンクが反応しそうなことを内心で叫びながら、次の尖兵を仕留めるために襲い掛かる。


『ゴオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアア!』

(マジでナイスだよ後輩達! ドラゴンいなかったら本当に詰んでた!)


 オスカーの視界の端で、対地攻撃に特化している鈍重なドラゴンが、同族と比べてもかなり広範囲な炎を大地にまき散らし、尖兵を業火で焼き尽くしていく。

 機動力や小回りで劣るため、本来は制空権が確保されていなかったら飛べないような者達だが、暗黒の魔龍が魔女への特攻を続けているため、かなり自由に動き回ることが出来ていた。


 そしてオスカーは、自分の後輩がドラゴンを叩き起こした事件を知っていたため、彼らに無限の賛辞を送る。


(やっぱヤバいわ……あの流れをせき止めてる)


 ついでにオスカーは、炸裂している光の場所をちらりと確認して、飽きれ交じりの感情を抱く。その光がいるのは最前線も最前線。激戦区も激戦区。濁流の如き尖兵とぶち当たっている地獄の真っただ中だ。


 何とかなっているオスカーのいる地点ですら、どこを向いても面倒な尖兵がいるのに、その本流の真っ正面ともなれば、死の濁流そのものだろう。

 それをオスカーから見れば赤子のような人種がせき止め、更には押し返しつつあるなど、はっきり言って人間の行いではなかった。


 なにせドラゴンでも血迷って地面に着陸しようものなら、蟻の大軍に喰われる虫と化し、瞬く間に命を落とすだろうに、神でもない人がそれを防いでいるのは、今現在作られている伝説に他ならない。


「おんどりゃあああああああああ!」


(わ、わぁ……)


 かなり離れた地点にいるオスカーのところにまで、光の中心点から暴力的な叫びが響き、それに呼応するかのように放出された輝きが、尖兵を纏めて吹き飛ばす。

 吹き飛ぶ点々のひとつひとつが、オスカーでも手古摺る怪物だと考えると、なにかの冗談のような光景だ。


 しかし逆を言えば、後輩の足止めに成功しているのが魔軍の本流であり、最前線にいるオスカーですら想像できない激突が起きている証拠だった。


「なんだ⁉ 燃えたぞ!」


(なんかイヤーな予感……こういうのは当たるんだよねえ……)


 その時、ようやく地面に落ちた怪鳥が燃え上がり、不吉な煙が戦場に立ち昇ると、オスカーは背筋に刃を突きつけられた感覚に陥る。


 それもその筈。

 モンク殺しが炎の渦となって進撃を開始し、あちこちの戦線で突破を試み始めたのだ。


「来たぞおおおおおおおお!」


(溶岩の体を持ったモンク⁉ じょ、冗談じゃない!)


繰り広げられるモンク殺しの攻撃を見たオスカーは、この怪物達が溶岩の体にモンクの技術を詰め込まれた、恐ろしい存在だと知り戦慄する。


(見極めろよ俺! しくじったら確実に死ぬぞ!)


 その中の一体がオスカーに接近したため、彼は剣を振るったが容易く躱され、逆にモンク殺しの拳が迫ってきた。


 一人称も変わる程度に集中しているオスカーは、迫りくる拳がゆっくりに見え……。


(【騙せ】!)


 詐欺、ペテン、騙しの神に連なる末裔の力を後先考えず全開にした。


 その直後、モンク殺しの拳がオスカーの顔面に直撃。彼の頭は無残に粉砕され……。

 ることなく、爛々と瞳が輝いていた。


 瞬き程度の僅かな間しか発動できず、使えばもうその日は役立たずになる程の全力を要求される権能は現実を騙し、モンク殺しの一撃による衝撃を無かったことにしたのだ。

 しかし、それで終わる訳にはいかない。


「⁉」


 黒煙のような特異個体ではないものの、モンク達の経験があるせいで、尖兵にはない弱点が露呈した。

 確かに粉砕した筈のエルフが生きていることで、思考に歪みが発生したモンク殺しの動揺を見逃すオスカーではない。


「んんっ!」


 牽制なのか一本の枝を投げつけたオスカーは、そのままの勢いで剣を横に振り、モンク殺しの体を断ち切る構えを見せる。


 この行動にモンク殺しは、相手が理解不能な力を持ち、しかも溶岩の体を切断できるからこそ、剣を振るったのだと判断し、そちらにだけ意識を向けた。

 勿論、意味のない枝など完全に無視だ。溶岩の体に刺さる筈はないし……と思ったところでまた思考に乱れが生じた。

 そんなことは敵だって分かっている筈なのに、態々投げた意味を考えると、体で受けるのはリスクがある。そして剣で攻撃してきたのなら、やはりこれも危険だ。

 そのためモンク殺しは、一旦仕切り直すため枝と剣を避け、少しの距離を空けることにした。


 騙された。と表現できるのだろうか。


 最初にモンク殺しが見た太刀筋よりずっと早いオスカーの剣が、枝に気を取られていたモンク殺しの首に吸い込まれ、燃え尽きることなく断ち切った。


「はあっ……! はあっ……!」


 戦場の真っただ中でオスカーは膝をつきそうになる。

 仕留めきれるか分からないのに、最初から最速の剣を見せる馬鹿がどこにいる。


 しかし比武で己を高めることが多いモンクは、技量を隠さずに全力でぶつかる上に、相手の動きの一つ一つに意味を見出そうとするのだ。それ故に油断や計算違いを誘うために、敢えて力量を落とすという発想を持つ者が極少数派で、オスカーのように生き残るためならなんでもするという思想に触れる機会が乏しい。


 長い経験でそれを知っていたオスカーはそれに賭け、取り分を徴収することに成功した。


(駄目だ碌に動けねえ!)


 精根尽き果てるとはこのことか。

 途轍もない集中力で権能を行使し、すっからかんになっている状態で更に無理な動きをしたオスカーは、そこらの兵士と変わらないまでに能力が落ちており、尖兵に襲われればひとたまりもないだろう。


(こんなの量産するんじゃねえよ!)


 オスカーが悪態を吐くのは当然だ。

 古強者の彼が隠していた切り札を全開にして、ある意味相打ちに近い状態になっている相手が、無数に群れている光景など悪夢でしかない。


(ああっと……しゃあない生命力を全部使い潰したら、もう一体くらいは道連れに出来るだろ)


 奥からまだまだやって来ているモンク殺しに、オスカーは自分の死を悟るが、黙って殺されるほど性格はよくない。

 余力がないなら、使ってはいけない命を燃料にして、モンク殺しを道連れにする覚悟を決めた。


 最速を見せているのに見えない刃が戦場を斬り割いた。


 炎ではない赤が奔る。

 知人であるオスカーに声をかける暇もなく、酒が尽きている異常事態を放っておくしかない男が、モンク殺しという炎の濁流を防ぐため斬り捨てていく。


 何度も述べるが、物理攻撃に対する耐性が無ければ勝負が成立しない後の剣聖を阻める者など、この場にいなかったし、唯一可能性があるモンク殺し黒煙も、不世出の天才との一騎打ちに挑もうとしていた最中だ。


(まさしく希望だねえ。さて、後輩が頑張ってるんだから、先輩らしくやろうか)


 オスカーはなんとか前線を支えながら、敵の中枢にも打撃を与えている後輩達に年寄り扱いされないため、再び剣の柄をしっかり握る。


 英雄には英雄の。

 そして末端には末端の役割があるのだ。


 勇者パーティーが世界を救ったのは間違いない。

 しかし、生きるために死ぬ覚悟を持っていた者達もまた、救世のために尽力していた。

挿絵(By みてみん)

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モンク殺しをタイマンで倒せるとか思ったより天上人の一人なのでは?
パイセンはやっぱかっけぇです!
パイセンっ! マクシミリアン枢機卿(故人)に並ぶ、私の推しのオスカーパイセンじゃないですかっ! やっぱり、パイセン、格好いいなぁ。 これは80年後もフェアドたちが慕うのも無理はない。
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