アルベールの独白
漫画版の爺と婆、最新話でかっこよすぎて感涙しそう(*'ω'*)
(我ながらいい歳をしてそこらの若造か……)
煮え立つ山の神殿に座るモンク開祖の一人アルベールは、自分の精神が浮足立っていることを自覚して呆れる。
(およそ八十年前か……楽しかった。熱中したと言っていい)
エルフである彼にとっても八十年前の記憶はかなり怪しくなるのだが、それでも鮮明に覚えている光景があった。
若者達を指導しているモンクが、手に負えない程に才能に溢れる少年をどうにかしてほしいと訴えた時は、さてどれほどかと軽く考えていた。
しかし蓋を開けてみたら才能が溢れているどころか、アルベールですら金輪際現れないと断言するしかなかった天才が現れたのだ。
結果、教えれば吸収するどころか更に先へ進むシュタインとの師弟関係に熱中したアルベールは、いつしか彼を息子のように思い始め……そして道を違えた。
(間違っていただろうか……確かにシュタインならば死波をコントロールできるかもしれないとは思った……だが……私の立場では無理だ……)
昔の愉快な記憶を思い出していたアルベールの心に影が差し込む。
シュタインを指導している最中、この弟子ならば死波の力を制御できるかもしれないと思ったことはある。しかし力を求めて死の力に手を出し、堕ちたモンクは必ず破滅した。それは死が溢れた大戦中なら尚更のことで、当時のアルベールは平時よりも更に死波を危険視していた。
だからこそ、シュタインが知らないうちに自力で死波を習得していることには納得と驚愕が入り混じった。
(恐らく煮え立つ山の決戦時は私に分がある。だがシュタインが死波で暴走したとなると話が変わる……)
大戦初期のアルベールとシュタインの力関係なら、まだアルベールの勝率が高かっただろう。だが万が一シュタインが死波の力に呑まれて暴走した場合は全くその限りではない。
アルベールがシュタインの死波を禁じようとしたのは当然だった。
(まあ、私の懸念の先を飛び越えたが。無? 無波とはなんぞや? ふふ。当時の人間は誰も理解できなかったな)
心の中で自問自答していたアルベールは、思わず声を出して苦笑しそうになった。
彼を含めた開祖たちは、モンクの技術を作り上げている最中の早い段階から、生と死の力について理解していたが、それだけだと思っていた。
ある意味で開祖となったシュタインが、生と死を極めた先で新たな道を見つけるまでは。
(一撃必殺の力を持ちながら鍛錬を怠らず、心技体の全てを極め切った男が完成した。何も知らなければ命ある者達の中で最強の男だと、これ以上は絶対に存在しないと胸を張ってあらゆる神に誇っただろうが……比肩する男が武人としているとはな)
アルベールに驚嘆も混じる。
あらゆる防御を貫通する拳を持ちながら驕らず頼らず、肉弾戦において古今無双の技量を手にしたシュタインを、アルベールは最強だと断言したかった。
しかしアルベールが見たところ、サザキとシュタインは相打ちになる可能性が高く、人と言う種の可能性を再確認させられた。
(誰よりも早く切り捨てたなら最強……か。まあ、子供の時にそう思いはしたが)
アルベールもサザキの理屈は分かるが、定命の者どころか怪物達ですら反応出来ない速度など、目指したことはない。
恐らく最初の段階で全てを捨て去り、ただ速度だけを目指すなら近い場所に辿り着けたかもしれないが、代わりに他の要素が酷く低いアンバランスな存在になり果てるだろう。
それなのにサザキはあらゆる技術を身に着けているため、一芸に特化していると判断したかつての魔軍たちは、騙されて酷い目にあっていた。
(聖女エルリカ。恐らくマクシミリアン枢機卿の企みだな?)
ここでアルベールは、長年の疑問を思い浮かべる。
(あれは神への短刃だ)
アルベールは大戦中にちらりと見たエルリカを、か弱い少女ではないと見抜いていたが、忙し過ぎて深い考察はしなかった。しかし久しぶりに会ったことでかつての記憶が刺激され、あまり付き合いが無かった枢機卿の顔を思い出す。
(偉人ではあった……)
基本的にモンクが仕える戦神はかつての主流派の神々と疎遠で、大魔神王の激怒にも関わりがなく、頂の園にいた聖職者達とアルベールも交流が乏しかった。エルリカの製造者、マクシミリアン枢機卿が訪れるまでは。
そしてマクシミリアンは言える範囲のことをアルベールに伝え、命ある者達の同盟にモンクを加えることに成功した。あくまで、言える範囲だったが。
(しかしかなり際どいことはしていただろう。まあ……そういう時代か)
マクシミリアンの最期は有名だが、どのような手段で散ったかはあまり語られることがない。
と言うのもこの枢機卿、魂を完全燃焼させて敵将を道連れにしたのだが、生命力や魂を燃料にする術は限りなく邪法に近い。
それ故になぜ司祭がそんな術を知っていたのかという話になりかねないため、彼の自爆については敵将を道連れにしたという英雄譚だけが語られている。
(勇者フェアドと暗黒騎士エアハードの方は……表現に困るな。武人として見るとかなり下の方ではあるが……)
更にアルベールの心は呆れに近い感情を抱く。
以前に弟子のシュタインがフェアドの才能について語ったが、それと同じものをアルベールも感じていた。
そして煮え立つ山で数多くのモンクを指導してきたアルベールは、才能と修練の果てに強者へ至る……という一般的な持論を持っていたのに、大戦で木っ端微塵に吹き飛ばされた。
(とりあえず振るっている力を止める術がないのだ。魔の軍勢も途方に暮れただろう)
大戦中、シュタインと直接会うことはなかったアルベールだが、それでも大きな決戦の幾つかには参加して、全員が揃った勇者パーティーの力を見ている。
そのため、なにかしらの技術で束ねられたり、研鑽の果てに生み出された技ではなく、垂れ流しで放射された勇者の光と暗黒騎士の闇を止められず、殆ど半泣きになっていた魔軍の姿を知っていた。
(消却の魔女ララと龍滅騎士マックス……あそこまで行くと理解できない魔法だし、龍滅騎士に関しては止めておこうか)
最後にアルベールはララとマックスの顔を思い浮かべたが、達人級の魔法使いでもララのいる場所は理解できていないのだから、門外漢のアルベールには語る術を持たない。
そしてマックスについては、妄想と推測が入り混じったものを持っているが、万が一正解だった場合は大国の王家なんていう面倒なものが絡むため、必要以上に考えたくなかった。
「戻りました」
物思いに耽っていたアルベールは、どこか興奮している弟子のラオウルの声で現実に戻る。
「釣りが出せない宿泊料を貰ったか」
「はい」
僅かに微笑むアルベールに、ラオウルは大きく頷いた。
神殿の最奥で座っていたアルベールは、シュタインとサザキの宿泊料を直接見ていなかったが、開祖の実力の伊達ではなく、サザキの間合いの変化を感じ取り何が起こっていたかを察していた。
そしてサイラス少年の観察を終えたラオウルは、運よくその宿泊料を見ることが出来て興奮していたのだ。
「あの少年はどうだった?」
「それが……二年程は教えることが出来ると思います……そこから先は……」
「ほう」
アルベールは気になっていたサイラスについて尋ねると、歯切れの悪い返答があった。
「例の足跡を見せたのですが、彼はそれを見て兄弟子の動きを再現しました。これがまた……」
「記憶に似ていたか」
「はい」
ラオウルから何があったかを聞いたアルベールは思わず顎を擦る。
(やはり四人のうちの誰かの子か弟子か? 記憶の通りのオリスならば送ってくることはない筈だが……いや、誰もが死期を悟れば心の変化くらいは起こるな)
大戦よりももっと前を思い出すアルベールは、かなりの確率で自身を除いたモンクの開祖が関わっているのではと考えた。
しかし最有力の存在は、何かしらの心変わりが無ければ人が多い場所に弟子を送ることはないため、謎だけが深まった。
「シュタインも興味を持っていたな」
「はい」
「ならば会わせて意見を聞こう」
アルベールは自分よりも洞察力に優れた弟子の意見も参考にしようと考え、シュタインとサイラスのやり取りを確認することにした。
尤もこの判断、筋肉言語の翻訳を行う必要があるため、常人は参考に出来ないだろう。