老いようと憧れは憧れ
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勇者パーティーが食事を楽しんだ翌日。
世界有数の魔法使いアルドリックは、師からの預かり物を返すため、やはりフードを被った姿でララの書店を訪れていた。
(このゴーレム、爆発したりしませんよね師匠……)
おっかなびっくりといった様子で、ララから預かっていたゴーレム馬車から腰が引けており、彼が師をどう思っているかの一端が窺える。
尤も見た目は通常のゴーレム馬と変わらず、一見すると危険物には見えない。しかし、魔道の深淵に位置するララは時折常識が怪しく、弟子達は師をよく理解しているためこのような反応になるのだ。それはアルドリックが七十歳になっても変わらない。
「すまんね急に」
「いえ、滅相もありません」
書店から出てきたララに、背筋を伸ばしたアルドリックが応える。
相手がどんな高名な魔法使いだろうと、魔法評議会の議長だろうといつも通りのアルドリックだが、この皺だらけの老婆は例外なのである。
「サイン用の色紙は諦めたみたいだね」
「サイン用の……色紙ですか?」
「ひっひっ。私でいいなら書いてやってもいいよ」
「はははははは。なんのことか分かりませんなあ」
流石は年老いた大魔法使いにして賢者アルドリック。
ララからサイン用の色紙について聞かれても、特に反応らしい反応は見せなかった。
外見では。
(悩んでたのバレてる……)
この年老いた大魔法使いにして賢者から、勇者のファンと化しているアルドリックは、昨晩ずっとサイン用の色紙を持っていくかどうかを悩み続け、泣く泣く断念していた。
「一応……そう、一応お尋ねするのですが、他にサインを持っている方はいますかね?」
「さーて。あんたが初めてかもしれないよ?」
いや、なんなら今もサイン色紙を持ってきたいという欲が強まっているかもしれない。現にアルドリックの足が僅かに後ろに動いている。
「おお。あれがララの言っていたゴーレム馬か。外見は変わらんのう。外見は……」
「そうですねえお爺さん」
アルドリックは背後から聞こえた声を認識すると、ピンと背が伸びて両手は体にくっつき、ララはニヤニヤ笑いながら弟子を見ている。
「ララが言っていた荷物を預けていたお弟子さん……一度、そう。六十年だったか五十年前だったか……うちに来たことがありませんかな?」
「は、はい。師に連れられて一度お会いしたことが……」
「ほっほっ。それはそれは。では改めて。フェアドですじゃ」
「エルリカです」
「ア、アルドリックと申します」
ララの弟子で妙にキラキラとした目を向けてくる少年を覚えていたフェアドは、目の前の老人と面識があることに気が付いて、改めて自己紹介をした。
一方、覚えられていたアルドリックの感情にメーターが存在するなら容易く突き抜けていたことだろう。
「アルの声のほかに、フェアドとエルリカの声がしたな。ようアル、久しぶりだな。態々すまん」
「ご無沙汰しております。滅相もございません」
(あわ、あわわわわわわわ)
最後に書店から出てきたサザキを前にして、ついにアルドリックの感情は決壊した。それでも受け答えはちゃんとできているあたり、これが正気の淵に挑む魔法使いの必須スキルなのだろう。
「それじゃあ私も改めて言うとしよう。いつ帰ってくるか分からないけど、手に負えないことがあったら相談くらい乗ってやるよ。その時は魔法でメッセージを飛ばしな」
「はい。道中の天気がいいことを願っております」
「ふっ。分かってるじゃないか」
夫婦は似るというが、夫婦の弟子も似るのか。アルドリックはサザキの弟子であるクローヴィスと同じ言葉で、師の道中の幸運を祈った。
「それじゃあ行くとしようかね。爆発はしないから乗りな」
「ではお言葉に甘えて」
ララの促しで馬車に乗り込む元勇者達。それはまさに在りし日と同じ光景であった。
「行ってらっしゃいませ」
様々な薬品や魔法の道具が運び込まれる街であるため広い道を馬車がゆっくりと進む。
(ぐすん……勇気を持ってサイン色紙を持ってくるべきだった……)
勇気ある者にサインをねだる勇気を持ち合わせていなかったアルドリックは、七十にもなって子供のようなことを思いながら、去っていくジジババ達を見送るのであった。
◆
一方そのジジババ呑気だった。
「なんか、振動が少ないの」
「当り前さね。今更尻が痛いのはうんざりするから弄ってるのさ」
「なるほどのう。馬車の中で浮いてた女はすることが違うわい」
「だはははは!」
「私、危うく馬車は浮いて乗るものだと思い込むところでした」
馬車の振動が少ないことに気が付いたフェアドは、大昔に尻が痛いとぶつくさ言って浮いていたララのことを思い出し、サザキは爆笑、エルリカは当時にそれが常識だと思いかけたことを告白する。
「揺れで転がった酒瓶が割れて、嘆いたやつがなに笑ってるんだい」
「素晴らしい改良だ。うん。間違いない。歴史に名を残すと思うぞ」
ララは笑う夫に対し、馬車での旅の過酷さを思い出させて尊敬を勝ち取る。どうやら勇者パーティーにとって、馬車での旅も立ちはだかる試練だったらしい。
「それにしてもシュタインはなにをやっておるかのう。いや、いつも通りか」
「ですねえ」
フェアドとエルリカは夫婦のじゃれあいを放っておいて、会いに行こうとしている仲間を想う。
かつて自分と馬が馬車を引っ張れば三倍くらい早くなるのではと宣った男、シュタインという名の脳筋を。
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